21 回想と帰郷

永遠とも思える長い時間だった。


茨のドーム化した第二の故郷の姿を見た時は絶望した。

天孫の後胤達が、結婚したり、新たな後胤が生まれる度に行われる大宴会を、八咫烏は、複雑な心境で祝っていた。


葺不合フキアエズ様が生まれた時も、俺はドームの中の様子が気になって気になって仕方がなかった。


そんな俺を慮ってか、忍穂耳オシホミミ様が教えてくれた。


「あのね~。僕もよくは知らないんだけど、母さんと高木の話からして、伊賀古夜イカコヤちゃんも、勢夜陀多良セヤダタラちゃんも、大丈夫だと思うよ。なんか、難しい事を言ってたけど、伊邪那岐イザナギ爺ちゃんが、いい感じにコントロールしてるんだって。瓊瓊杵ニニギを日向に降ろしたのも、爺ちゃんの指示だったみたいだよ」


忍穂耳は、にこにこと八咫烏に語った。


「なんでかは良く解らないんだけど、茨のドームはある種の結界なんだって。中では物凄いエネルギーが渦巻いているんだってさ。だけど、中の物質や生命体の時間を止める事で、それを緩和しているとかなんとか言ってたよ」


八咫烏は、およそ百年に一度ぐらいのペースで、伊邪那岐の元へおつかいを命令されていたが、ドームの中の様子を伊邪那岐様から天照様へ知らせる為のものだったのだ。と、この時の話で理解した。


「それにね~。勢夜陀多良ちゃんは、八咫烏君の娘だから、神の血が流れてるしー。伊賀古夜ちゃんは、八咫烏君が生きている限り、大丈夫だと思うなー。なんたって、八咫烏君と伊賀古夜ちゃんの仲人は、この僕なんだからね」


八咫烏は、忍穂耳の言葉を聞いて「あっ!」と声をあげた。

この時まで、八咫烏はすっかり失念していた事だった。


いかに伊賀古夜が唯の人間だといえど、八咫烏と結婚した瞬間、彼女の肉体は、八咫烏と同調シンクロしたのだ。つまり、八咫烏が生きている限り、伊賀古夜が死ぬ事は無いのだ。そして、勢夜陀多良もまた、身の半分が神の眷属の血を受けている以上、丈夫であるに違いなかった。


かつて、瓊瓊杵に寿命という宿命が降りかかった時、天照達は、

「瓊瓊杵が死んじゃう」

と、大騒ぎしていたが、神の目からすれば恐ろしい事であったが、彼は人間とは比べ物にならない程、長く生きた。

それと同じ事だったのだ。




「有難うございました。八咫烏殿」

御毛沼ミケヌは、八咫烏に深々と頭を下げた。


熊野から山を越えて宇陀まで行き、瓊瓊杵サポート部隊とも合流した。長髄彦ナガスネヒコが、瓊瓊杵サポート部隊の一人である邇藝速日ニギハヤヒが天孫だと思い込んでいたという、ちょっとした間違いはあったものの、御毛沼は、大和と平定し、奈良の橿原に宮を置いた。


「貴方様の道案内がなければ、こうしてここに居る事は叶いませんでした。高木神様からの夢のお告げによれば、貴方様は摂津国に御家族がいらっしゃるとか。即位式こそまだですが、もう私は天皇となりました。どうか、御家族の元にお帰り下さいませ」


にこにこと話す御毛沼は、忍穂耳によく似ていた。

八咫烏は、優しくて、腰が低く、文武に長けた御毛沼と旅をして、

(勢夜陀多良の夫は、こういう男がいいな)

と、漠然と思いながら、難波の方角へと飛び去った。


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