19 注:シンデレラではありません


「八咫烏。天之御中主アメノミナカヌシ達に季節の挨拶文を持っていきなさい!」

「八咫烏。天岩戸屋を浄めておきなさい」

「八咫烏。稲の脱穀をしておきなさい」


高天原に戻った八咫烏は、馬車馬の如く酷使されていた。

八咫烏の署名した起請文の内容は、

『甲は、天孫が葦原中国あしはらのなかつくにの大王になるまで、乙の下働き下僕?奴隷?になります』

というものだった。

言わずもがなだが、甲とは八咫烏、乙とは高木のことである。

天孫が日本の大王になるまでという期限を切ってくれているところは、非情になりきれない神ゆえの優しさなのかもしれない。


特に、高木の外曾孫で山幸彦と呼ばれている火遠理ホオリが、釣針探索の為、海神わだつみの宮殿に行っていた為、“葦原中国実況鏡”に映らなかったので、高木は、仕方なく実業務に精を出していたのである。もちろんそれは、火遠理が宮殿から地上に戻ってきた時に、“葦原中国実況鏡”の前を陣取る為である。


酷使される事は、八咫烏にとっても、ある意味、救いになっていた。


一言主が、善言よごとを読み上げた瞬間、人のように暮らしていた弊害で、疲労のピークを越え、ぶっ倒れてしまった。目を覚ました時、彼の目の前にいたのは、大人の姿への成長を遂げた一言主の姿だった。


八咫烏が年単位でぶっ倒れていたわけではない。一言主が善言を口にし終えた後、神となり大人の姿へと変化したのである。


別れの挨拶もそこそこに、懐かしの集落に飛んでいくと、そこは茨に覆われていた。


勢夜陀多良にかけられた祟りが“死ぬ”から“寝る”に変わった事で、八咫烏の心に安堵があったのは確かだ。矢に突かれる場所はともかく、娘は取り合えず生きている。娘は寝ているだけなのだから、起こしてやればすむ事だ。何も自分が起こさなくとも、妻や集落の女性達が娘を揺り起こすだろう。と、安気に思っていたのだ。


まさか、妻や娘を含む集落ごと、茨に覆われるなど思ってもみなかったのだ。


茨の枝は、まるで生き物のようだった。八咫烏を排斥するように、次々と枝を伸ばし、棘を鋭くしていった。八咫烏は、中の様子を垣間見る術もなく、高天原に向かったのだった。


妻は?

娘は?

近所の人達は?


ともすれば、それを考えずにはいられなかったが、次々と言いつけられる命令のお陰で、その暇は無かった。あまりに忙しすぎたので、鴉を配下に持つ事を許された。








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