閑話 大物主のはつ戀

短き眠りではあったが、出雲に過剰に排出した分のエネルギーの回収はできたようだ。


圧縮され過ぎた大地の密度も、余が夢現ゆめうつつで眷属にしたモノが、良い仕事をした様だ。

余の抜け殻を食み、大地に僅かばかりではあるが隙間ができている。


しかし、これから、どうしたものか。

まだ、大地の密度は堅い。

これでは、草は生えても、根を地中深くにおろす事ができぬ。

根をおろせねば、大樹は育たぬ。


余が脱皮を行えば、エネルギーを送る事ができるやもしれないが、

脱皮を行えば、大地の密度が増す。


今しばらく、時が過ぎるのを待つしかないか…。


ふむ。

あれから人間共の暮らしぶりは、どうなっているのだろうか?

どれ、どうせ余を縛るものは無く、時が過ぎるのを待つしかないのだ。龍を象る事はできずとも、他のモノに変化する事はできるだろう。しばし、人間見物と洒落込むのも悪くないだろう。




誰だ?あれは。


卵の様な顔立ちと白さ。

夜を被った様な漆黒の髪。

山葡萄の様な黒目勝ちな瞳。

山桜が映った様な薄桃の頬。

桜桃の様に紅く艶やかな唇。

高いが小さい鼻。

伸びやかな肢体。



……眩しい。


…………美しい。


……………………愛しい。


…………………………………………欲しい。




ゴクリと生唾を飲み込んだ瞬間、大物主の核の中の“雌”が消えた。


元より、“雄”としての性質が強かったかもしれないが、大地を育むという使命の一点でのみ、彼の核には“雌”があった。

しかし、人間の女に対して覚えた劣情が、彼の中の“雌”を消滅させてしまったのである。


完全な男神となった彼は、自分が人間の“男”を象る能力を得た事も理解した。


そして、彼の核に、自分を男にした人間の女を、伴侶とする為の方法を、語り掛ける微かな声がした。


「…」


む…丹塗矢に化けよと?


「…」


川の上流………そこで待てと?


「…」


ん?

んん?


「…」


んーーーーー???


んな?

突け…とな?


「…」


む。

うむ。


よ、良いのか?


「…」


良い…のか。

よし、やる。

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