17 禍者退散!

高木タカギの不穏に一抹の不安を感じながらも、今は時間が惜しい。


八咫烏ヤタガラスは、一言主ヒトコトヌシの住む葛城山へと急降下していった。

あれから何年経ったのだろう。高天原についた時に生まれた三つ子が、誓約が終わった頃には、10歳くらいになっていた。

となると、勢夜陀多良セヤダタラは13、4にはなっているのか?

いや、もしかしたら、もっと経っている可能性もある。


急げ!

急げ!

急げーーーー!


葛城山に近づくと、直ぐに一言主の気配を探った。



一言主は、ツツジの木の下で、うずくまって泣いていた。


彼は、天照から頼まれたおつかいを終えた後、瓊瓊杵サポート部隊に合流したが、他のメンバーから仲間外れにされていた。

理由は、彼の口から紡がれるネガティブな一言が、その通りになったからである。

「悪い事はその通りになるが、善い事はその通りにならない。逆さであれば、これほどめでたき者はおるまいが、悲しいかな。其方は“悪言為神あごとなすかみ”である」

と、レッテル貼りをされてしまったのである。

子供相手に大人げない。と、お叱りを受けるかもしれないが、彼等としてもお役目を果たさなければならないのだから仕方ない。


独りぼっちの一言主の持つ、“悪言為”能力に魅かれ、様々な禍々しきモノが、彼を取り込もうとしたが、神の眷属としてのプライドが、それらからの誘惑をギリギリのところで跳ね返していた。

しかし、やはり一人でいるのは寂しくて泣いていたのである。



八咫烏は、葛城山に降り立つと人型をとり、すぐに、一言主の肩にポンっと手を乗せ、

「探したぜ。一言主」

と、本人的には極めてフレンドリーに声をかけた。


だが、黒衣を纏い、急な気圧変化と、長く逆立ちをしていたのと同じように、身体中の血液が顔面に落ちていた為、膨張した顔を真っ赤に染め、目も血走っている八咫烏の姿は、一言主を取り込もうとする禍々しきモノの中にいる赤鬼そのものであった。


「んぎゃーーーーーーっ!!!」


一言主は、大声で叫ぶと、目を閉じて両手を合わせ

「禍者退散!禍者退散!」

と、何度も念じた。


一言主が、禍々しきモノに取り込まれなかったのは、それらが怖かったせいもあるかもしれない。


禍々しきモノ達にとって「禍者退散」という言葉は悪言だったので、一言主の元からそれらは去っていった。しかし、八咫烏は、禍々しきモノではないし、善言だったので、何も起こらなかった。


一言主は、しばらくは唱えていたが、いつまでも残る気配に「あれ?」と、目を開けて、首を上げた。その頃には、八咫烏の顔色は正常に戻り、目の前で「禍者退散」を一心不乱に唱え続ける一言主を見て、平常心を取り戻したのか、血走っていた目も元に戻っていた。


「…八咫烏…さん?」


おずおずと自分の名前を呼ぶ一言主に「おうよ」と答えて、にっこりと微笑む。

一言主が、自分を認識したのを見届けると、八咫烏は、

「頼む!一言主。時間がねーんだ。この手紙を読んでくれ!」

と、誓約うけいによって文言の変わった手紙を差し出した。

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