13 私、おばあちゃんになりました

高天原の大広間で、3人の神々が覗いていた大きな鏡は、【国譲り】の前、天若日子アメノワカヒコの裏切りと死をきっかけに、葦原中国あしはらのなかつくにの様子を、誰かを派遣せずとも覗き見れる様にと、伊斯許理度売イシコリドメが造った“葦原中国実況鏡”である。


本来は、天照の使者として派遣された者を監視する目的で造られた物であるが、【天孫降臨】以降、“今日の瓊瓊杵ニニギ”以外、映していない。


八咫烏が高天原に来る直前までは、この大広間には3人の神々だけでなく、天津神や、手の空いている女官達も集まって、賑やかに“今日の瓊瓊杵”を見ていた。しかし、彼が岩長イワナガを、大山祇オオヤマヅミの元に返した辺りから、察しの良い者から順番に、用事を思い出したり、急に腹痛を覚えたり等して、席を立ち、瓊瓊杵が大山祇から、木花之佐久夜コノハナサクヤと岩長をセット結婚させた理由を聞かされている時には3人しか残っていなかっただけであった。


八咫烏の登場と謝罪により、万幡豊秋津師ヨロズバタアキツシは、空気を読んで“葦原中国実況鏡”のボリュームをミュートにし、ショッキングな勢夜陀多良セヤダタラへの祟りの内容に眩暈を覚えたものの、彼女は母で、今まさに息子の一大事の最中でもあったのである。


一時は、鏡から目を離したものの、不意に目の端に、お腹の膨らんだ木花之佐久夜の姿が映り込み、それから、何やら言い争いをしている息子夫婦。産屋を建て始める木花之佐久夜とそれをオロオロしながら止めようとする息子。そして、ついに産気づいた木花之佐久夜が、息子の手を振りほどき産屋の中に閉じこもると、最後の板を張って扉を無くし、やがて、中から火をつけたのか産屋は炎に包まれ、モンクの“叫び”の表情をしている息子。


平素であれば、彼女とて、夫と共に義母を批難したかもしれない。しかし、情が薄い言い方になるが、所詮、勢夜陀多良は他人の子供である。我が子の困難が映し出されれば、そちらに目がいってしまうのは仕方の無い事である。


緊迫した空気の中、奇声をあげて彼女が指さした“葦原中国実況鏡”の先には、燃え盛る産屋から、木花之佐久夜コノハナサクヤが、生まれたての三つ子の赤ちゃんを抱えて出て来たところだった。


万幡豊秋津師は、ついに我慢の限界に達し、鏡にしがみついてミュートを解除する。


鏡からは、オギャー。オギャー。と、赤ちゃんの泣き声の大合唱が聞こえてきた。

バイオレンスな出産であったにも関わらず、4人とも元気そうだ。赤ちゃんの声にかき消されてしまっているが、瓊瓊杵が木花之佐久夜に謝り、許してもらっていたようだ。


「お義母さま~。私、おばあちゃんになっちゃいましたぁ~」

涙をポロポロと零しながら、にへ~っと笑って鏡から天照に視線を移す。

そして、

「お義母さま~。やっぱり、子供を祟っちゃダメですわ~。ほら~。こんなに可愛いんですもの~」

と、天照に鏡の映像がよく見える様に、横にそれた。


子供が可愛い事ぐらい天照にも解っている。そして、一時の激情で勢夜陀多良を祟ってしまった事は、神として恥ずべき行動であったと反省もしている。万幡豊秋津師の言葉に、天照は乗っかった。


「そ、そうよね~。ダメよね~。や~ね~。私ったら、こんなの無し無し。こんな祟り、さっさと解呪しちゃいましょー。高木。手紙を返して」


「なりません!」


高木は、彼の手に握られた手紙の返還を求める天照マテラスに、ぴしゃりと言った。

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