14 では、この起請文にサインを

「例え、一言主ヒトコトヌシが幼いとはいえ、神の口から発せられた言霊です。しかも、それは高天原たかまがはらの最高神たる貴方様の名代として発せられたのでございます。もし、これが、貴方様自身の口からもたらされた言霊でございましたならば、解呪する事も可能であったかもしれません。しかし、一言主を介してしまった事で、容易い事ではなくなってしまったのでございます」


高木タカギは、思金オモイカネ瓊瓊杵ニニギと共に地上に降りてしまった後、彼の代わりに高天原の威厳キーパー及び、葦原中国あしはらのなかつくににいる天照御血統様全面サポート係を、一手に引き受けており、今回の天照の所業については、唾棄すべき所業と思いながらも、高天原名義で出された言霊を、何の手続きも踏まずに無かった事にしてしまう事のデメリットと、その事から生じた後始末を全て自分に丸投げされる未来が、手に取る様に解ってしまったのである。


万幡豊秋津師ヨロズバタアキツシの説得(?)と、天照の慈悲(??)のお陰で娘への不条理な祟りが解呪される。と、喜び立ち上がっていた八咫烏は、高木に食ってかかった。


「おいおいおいっ!そんじゃ何か?俺の娘は、この手紙どおり死んじまってもしかたねーってのかっ?」


先程までの、高天原勤め仕様の言葉遣いは、息をひそめ、三嶋湟咋ミシマノミゾクイの話口調に戻っていた。


「では貴方は、貴方の娘の為に、それこそ何一つ咎を受けるべきでない一言主が、“虚言宣神きょげんのたまうかみ”のそしりを受けても良いとおっしゃいますか?大体、元を正せば、貴方が無断で職務を放棄した事が発端でしょう」


高木の言葉は、八咫烏にグサリを刺さり反論の言葉を奪った。

そうなのだ。一言主は、ただ天照から頼まれた“おつかい”をしただけなのだ。幼い彼に、ホ……が、人体のどこを指す言葉なのかも、よくは解ってはいなかっただろう。


八咫烏は、崩れる様に膝を折り、へたり込んだ。

(ちくしょう。こうしてる間にも葦原中国は時を刻み、娘を育み、妻を衰えさせているってーのに…一体、俺は、何をやってるんだ)


八咫烏は神である為、時間軸は高天原の住人達と同じだ。天孫である瓊瓊杵に寿命が刻まれた事で、その影響下に置かれるかもしれないが、それでも長寿だろう。

しかし、彼の妻の伊賀古夜イカコヤは人間である。人間である以上、それこそ自分がここ高天原にいる間に、老いて儚くなってしまうかもしれないのだ。


(こんな結果になるのなら、一秒でも長く娘の側にいれば良かった。妻と一緒に遊んでやれば良かった)

そんな後悔が、八咫烏の脳裏をぐるぐると駆け巡っていた。


「しかし、八咫烏。娘さんには罪が無い。という、貴方の主張も最もな事です。そうですよねぇ。罪を贖うのは娘さんではなく、貴方でなくてはいけません」


高木は、先ほどまでとはうって変わって、八咫烏の発言を肯定した。一言主の擁護をしていた時の厳しい表情をがらりと変えて、今は、穏やかな優しい顔をしている。


「そんな貴方に一つだけ、娘さんを救う方法があります。ああ、もちろん。それが上手くいくかどうかの保証はありません。ですが、まぁ。やってみる価値はあると思いますが、どうでしょう?」


どうでしょう?も、何も、無かった。ほんの僅かでも娘の厄災を除く事ができるのであれば、八咫烏が拒否する理由など、一切、無かった。


「高木様。俺は、何をすりゃぁ、いいんですか?」


怖いのは時間である。いくら、その方法が正しかったとしても、娘の身に祟りが実行された後であったなら、目もあてられないのである。


「まぁまぁ。落ち着いて」


高木は、焦る八咫烏をなだめると、文机と椅子を用意し、木板ではなく一枚の紙を取り出した。


「では、八咫烏。先ずは、この起請文に署名をお願いします」


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