15 高木にまかせとけ

起請文きしょうもん

それは、人と人が契約を交わす時、それを破らない事を神仏に誓う文書である。

(出典:Wikipedia)


本来は、契約内容や神の名を綴り、契約内容を違えれば、綴られた神の名において神罰が下る。という事が明記された文書である。

最もこの場合、契約を交わし合うのが神同士なので、神罰は下らないが、破る事もできない。


高木タカギ八咫烏ヤタガラスに署名する事を迫った起請文には、神罰を与える神の名前欄には、天照アマテラスではなく、ちゃっかり高木の名前が記されていた。


だが、これはいい。まだ許容範囲である。なんといっても知恵を授けてくれるのは高木であるのだから、高木の言う事を聞く事はやぶさかではない。


しかし、問題なのは契約内容だ。

何も書かれていない。

白紙起請文なのである。


もし、八咫烏が署名した後、高木が、【妻子を殺害せよ】と書いてしまえば、八咫烏は、殺害するしか術は無いのである。


「な、なんじゃこら~~~」


八咫烏が、そう叫んでも仕方の無い事であった。


「高木様。これ、契約内容が何も書かれてないんっすけど、どーゆー事っすか!?」


「そうなんですよ。私、貴方に何をさせるべきか、まだ、思いついていないんですよ。ですけど、貴方、急いでるんでしょう。私が、貴方に何をさせるべきか思いつくまで待てますか?」


実際問題、待てる訳がない。

こうしている間にも、万幡豊秋津師ヨロズバタアキツシ忍穂耳オシホミミ。そして、いつの間にか天照まで、“葦原中国実況鏡”の前で、瓊瓊杵ニニギ木花之佐久夜コノハナサクヤが、三つ子の子育て奮闘している姿を、温かい目で見つめ、やれ「火照ホデリの泣き声は大きくて立派。王者の風格」とか「火須勢理ホスセリは、あまり泣かず、落ち着いている。思慮深い」とか「火遠理ホオリは、ウロチョロと動き回り、探求心が旺盛」などと、楽しく言い合っている。


彼等の中では、勢夜陀多良セヤダタラ問題が、天照から高木にバトンタッチされた時点で、解決済の事柄となっていた。


「私も早く曾孫の成長を見たいんですよね。契約内容云々を仰るなら、しばらく待ってもらう事になりますが、どうします?……まぁ、そんなに心配しなくても、悪い事は書きませんよ。最も、貴方は一度、職務放棄をした前科がありますので、これに署名してもらわないと、次の作業に進めないんですけどね」


高木から、ちろ~っと伏目がちの視線を送られ、八咫烏は腹を決めると、


「ちくしょー、どうにでもなりやがれー!」

と、叫び、起請文に署名した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る