11 昔の事は忘れたね

八咫烏ヤタガラスの黒い衣で、流れ落ちる涙を拭うと、天照アマテラスはハタと気が付いた。


「あれ?この黒い衣は…もしかして、八咫烏?」


そう言うと、顎を上げて、八咫烏の顔をまじまじと見る。先程、彼の名前を呼んで、その胸に飛び込んだ事は、忘れ去ってしまっている様だった。

天照は、パッと黒い衣から手を離すと、数歩、後ずさり、


「ちょ、なんであんたがここにいるのよ。勝手に出ていったからって、勝手に入っていいわけないでしょ」


泣き顔を見られた事が恥ずかしかったのだろうか。目を真っ赤に腫らしながらも、必要以上にキーッと喚く天照に対し、八咫烏はうずくまる様に膝を付き、頭を床にこすりつけ土下座をし、

「申し訳ございませんでしたーー」

と、大きな声で謝罪した。


八咫烏の土下座と謝罪に、そこにいた4人は皆キョトンとした。

勢夜陀多良セヤダタラを祟った張本人である天照も、首をかしげている。


神に寿命は無い。

だから些細な事を、いつまでも覚えてなどいられないのだ。

天照にとって、勢夜陀多良を祟った事など、些細な事以外の何物でもなかった。


「天照様。申し訳ございませんでした。私が勝手を致しましたる件につきましては、いかようにも罰を受ける所存でございます。ですが、どうか、娘の…勢夜陀多良にかけられました祟りを…祟りをどうか、どうかご勘弁下さいませ」


(ハテ?祟リトハ、ナンジャラホイ?)


天照は、首を傾げたまま固まっていたが、やがて、記憶の奥の奥のおくーーーの方から、ちょっと前に怒りにまかせて、八咫烏への嫌がらせの手紙を一言主に持たせた事を、どうにか思い出した。


「あ~。あれ~。そういや、そんな事も…」

「どうか“娘のホ……に矢が突き刺さって死ぬ”という祟りを解除して下さいませ」


それまで、ただひたすら、「自分の身がどうなってもかまわないから、娘に降りかかる祟りだけは勘弁して下さい」という事を、何度も何度も繰り返していた八咫烏が、天照がようやく、自分が八咫烏に対して愚痴の手紙を送った事を思い出した瞬間、自分の娘に課せられた祟りの内容を口にした。


「「「「え?」」」」


4人の神々は、口をそろえて言った。


ホ……とは、一体、何だ?

突き刺さって死ぬ。と、言っているんだから、身体の部位には違いない。


骨?どの?


黒子?どこの?


ほっぺ?・・・ああ、頬かぁ。

うわー。痛そう。あ~。確かに死んじゃうわ~。

女の子だもんね~。顔ぐっちゃぐちゃは、嫌よね~。

あー。それは、悪い事しちゃったかもね~。


四者四様、そう結論づけた様で、全員が、解りやすく自分の頬を撫でた。

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