08 ハジメテの悪言

一言主ヒトコトヌシが、八咫烏ヤタガラスの家を探してウロウロしていると、やけに日焼けした村人に声をかけられた。


「おう坊主。どうした?」


「あ。えーっと。そのー。行きたい所があるんですけど、どこか解んなくて…」


「なんだ。道に迷ってるのか。いいぜ。連れてってやるよ。どこに行きたいんだ?」


気の良さそうな村人で、一言主の頭に手を乗せて、彼の目線の高さに合わせる様に屈んでくれ、一言主の頭を、わしゃわしゃと撫でまわした。


「ありがとうございます。僕は、八咫烏さんの集落に行きたいです」


目的地を聞いて、村人はピタリと動きを止めた。


「八咫烏の集落…だと」


村人は、目に見えて動揺していた。すっ、と立ち上がると、


「し、知らねえな。この辺りに八咫烏なんて奴の住んでいる集落があるなんて、聞いた事もねえや」


そう言うと、彼は、そそくさと行ってしまった。

いくら一言主が子供だといっても、彼が八咫烏だと解らないわけはなかった。一言主は、こっそりと村人の後をつけていった。

子供の足で、ちまちまとついていったにも関わらず、村人を見失う事は無かった。


とある集落の環濠前で、彼の足が止まる。

ここが、八咫烏の住む集落の玄関にあたる場所なのだろう。

我知らず、道案内をしてしまう。悲しい性質である。


一言主は、ぽこぽこと村人に追いついた。


「流石、八咫烏さんですね。全く、迷いませんでした」


村人は、自分の後を追ってきた一言主にギョッとして

「ち、違う。俺は、八咫烏じゃねぇ。俺は、三嶋湟咋ミシマノミゾクイって言うケチな村人だ。そんな、天照アマテラス様や忍穂耳オシホミミの若旦那とは、何の関係もねぇ」


語るに落ちるとは、まさにこの事である。

一言主は、そんな事は気にせず、天照から頼まれた“おつかい”を実行しようとした。


「あのですね。僕、天照様から貴方宛のお手紙を預かってきてるんですよ。受け取って下さい」


ニコニコとウエストポーチごと八咫烏だった湟咋に渡そうとする一言主に、彼は顔を蒼白させ、ふるふると首を横に振る。


「い、嫌だ。俺は、高天原たかまがはら葦原中国あしはらのなかつくにを往復するだけの仕事なんかしたくないんだ。俺にはもう、妻も子もいて、毎日、家に帰りたいんだ。長期単身赴任なんて、絶対に、嫌だーーーーー!!!」


最後に絶叫して、環濠の上に架けられた橋を渡ろうとした時に、一言主は、天照から預かった【もし、八咫烏が手紙を受け取ってくれなかったら】用に用意された手紙を読み上げた。





勢夜陀多良セヤダタラ(18)は、ホトを矢に突かれて死ぬ」





一言主が、初めて発した悪言である。

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