07 一言主の誕生秘話?

もし天照アマテラスが男神であったなら、速攻、八咫烏ヤタガラスを妻子共々、切り殺していただろう。実際、彼女の弟達は、そういう性格だった。彼等と同じDNAである以上、太陽から地上に降り注ぐ暖気が、あらゆる恵の根源の一つであったとしても、その正体は表面温度6000度、核に至っては1500万度とも言われる熱量を誇る、苛烈な猛女なのである。


彼女は、今までそれを“神”というオブラートで包み、自制してきたのだ。


「うっふっふ~。まったくねー。どいつもこいつも色気づきやがってからに…私を何だと思ってんのかしらねー。いいのよ~別に。順番とか、礼儀とか、節度とか、恩義とか、そういう事を蔑ろにしない範囲なら、私だって別に…嫉妬してるわけじゃないしー。羨ましいなんて微塵も思ってないしー」


この場合、“どいつ”は忍穂耳オシホミミを、“こいつ”は八咫烏を指している。


天照は、部屋の隅に設えられた神棚の上に、三方を置き、その上に細長い木の板を積み上げていた。今でいうところの手紙である。

三方は二つあった。


「僕の事、呼んだ?天照様」


やって来たのは5歳程に見える少年であった。小さな歩幅でてこてこと歩く姿は、なかなか庇護欲を刺激する。彼は、まだ神ではない。ふよふよと漂うモノが、なんとなく象られ、神気を浴びた末に、人の様な姿を取り、いずれかの神よってに名前を与えられた瞬間から、神の眷属となった。


瓊瓊杵ニニギ達が葦原中国の端の国である日向に降り立ってしまった為、天照は、高天原緊急会議を開き、瓊瓊杵を安全に中央に進出させる為に、防衛ふさぎのもり達を大倭豊秋津島おおやまとあきつしまに派遣させる事が決まり、彼は、瓊瓊杵サポート部隊の一員として、急遽、降り立つ事が決まったのである。


「うん。呼んだよー。待ってたよー。一言主ヒトコトヌシぃ」


一言主と呼ばれた少年は、天照の傍まで駆けよると、ぺこりとお辞儀をして、えへへっ。と笑った。天照は、その愛らしい様子に、胸をキュンキュンさせた。


「あのね。おつかいを頼まれてほしいの」


まだ、彼には後の世で語られる能力は無い。彼が能力を身に着けるのは、まさにこの“おつかい”からである。


「おつかい~?」


「うん。あのね。手紙をね。摂津国せっつのくににいる八咫烏に届けて欲しいの」


「手紙~?」


「そう。お手紙。大事な事を書いてるから、八咫烏本人に直接手渡してほしいの」


「…うん。わかったー」


一言主から了解を得ると、天照は彼のウエストポーチの中に、三方の上に置いていた手紙をせっせと詰め込んだ。思った以上に嵩張ったようで、天照は、少し考え込んだ。


「どうしたの?天照様」


一言主が、少し心配そうな表情で天照を見上げる。


「ん~。あのね。もし、八咫烏が手紙を受け取ってくれなかったら、一言主に読み上げて欲しい手紙もあったんだけど、これを、持って行ってもらうのは無理かなーって思ったんだよ」


それを聞いた一言主も、自分の、ギュウギュウに詰められ、もう一枚の手紙も入らないポーチと2つ目の三方の上に置かれた手紙の量を見比べ、確かに、これを持っていく事は無理だ。と、思った。


しかし、彼はまだ神の眷属になりたてで、精いっぱい、他の神様の役に立ちたいお年頃だった。しかも、自分に用事を言いつけてくれているのは、この高天原で一番偉い人なのだ。


「ねぇ。ねぇ。天照様。僕ねぇ。あと一枚だったら無くさないで持っていけるよ。八咫烏様が受け取ってくれるように、一言だったら伝える事ができると思うんだけど、どうかなぁ」


一言主の、いかにも一生懸命な頑張ってる感満載の提案に、天照はキュンと胸を高鳴らせ、「うん。採用」と、2つ目の三方の上に置かれた手紙の内、一番上の木板を取り上げると、一言主の手を握り、

「じゃぁ。お願いね。一言主」

と、彼の小さな掌に、手紙を握らせた。

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