03 遠い日の思い出

ふと、天照アマテラスは、最後に八咫烏ヤタガラスの姿を見たのは、いつだったかを考える。そして、はたと思い出した。


忍穂耳オシホミミー!忍穂耳はいるのーー」


八咫烏に出てきてもらう事を諦め、長男を呼ぶ。

しかし、瓊瓊杵ニニギとの今生の別れをしていた忍穂耳に、天照の呼ぶ声は聞こえなかった。


「いいかぁ。瓊瓊杵ぃ。思金オモイカネ伯父さんの言う事をよく聞いて、いい子にするんだぞぉ。お前に悪さをする奴がいたら、すぐに手力男タヂカラオにぶっ飛ばして貰うんだぞぉ。天石門別アマノイワトワケにも、ちゃんと守ってもらうんだぞぉ。神器を壊しちゃっても気にするなぁ。すぐに、玉祖タマノオヤ伊斯許理度売イシコリドメが直してくれるからなぁ。

それから、伯父さんにも、どうしようも出来ない様な事があったら、天児屋アマノコヤネに言って、すぐに婆ちゃんアマテラスに連絡を入れろよ。婆ちゃんが、すぐに布刀玉フトダマに答えを教えてくれるからなぁ」


あくまで天照に連絡を入れろ。と言い、決して、自分を頼れ。と言わないところは、誠実と言えるかもしれない。


「あ~。天宇受売アメノウズメは…、お前にはまだ、ちょ~っと早いかなぁ」

と、テヘヘと笑いながら言ったところで、天照は、忍穂耳の頭頂部に、いつ握ったのか天叢雲剣あめのむらくものつるぎの兜金を思い切りよく、ぶち当てた。


「!!!!!!!」


と、声にならない叫び声をあげる忍穂耳に対し、


「孫に何を吹き込んでるのよ。馬鹿息子。…ちょっと、あんたに聞きたい事があるんだけど」


ジンジンと痛む頭を両手で押さえる忍穂耳に、天照は、仁王立ちで問いかける。


最高神としていかがなものか?という態度ではあるが、自分の母アマテラスが引きこもっていた事も知らず、常世長鳴鳥とこよのながなきどりの鳴き声のファンファーレを合図に、暗闇の中で始まった天宇受売アメノウズメのダンス。それを肴に、八百万の神々が、自分達を天照以上の神が現れたなどと誉めそやし、飲めや食えやの大騒ぎの中、メインイベントの煌々と眩い母登場という最高の結婚式を挙げさせてくれた。などと勘違いしてる息子には、正しい態度かもしれない。


「何?」


「前にさぁ、あんたをここ天浮橋から送り出した事…あったわよね」


天叢雲剣で、自分の肩をトントンと叩きながら問いかける天照に、忍穂耳は、「ん~~~~っとぉ」と、考えこんだ後、


「あー。あったあった。行ったねー。なんか人が集まっていたからさぁ。『今日から僕が大王だ!君達を支配しちゃうよ。だから僕に尽くしてネ』って言ったら、すっごいブーイングにあったんだよねぇ。あれは怖かったなぁ」


忍穂耳は、当時の事をしみじみと思い出し、更に、家に帰った後、妻の万幡豊秋津師ヨロヅハタトヨアキツシ に膝枕をしてもらって、慰めてもらった事まで、つらつらと話した。


「ちょっ。あんた、そんな事言ってたの!って、…はぁ…まぁ、もういいわ。兎に角、行った事は思い出したわね」


「うん」


「その時、道先案内役に八咫烏をつけたと思うんだけど、覚えてない?」


「覚えてるよ~。僕、い~~~~っぱい、のろけ話を聞いて貰ったもん。………あっ!」


忍穂耳は、わざとらしい程に大きく口を開けて、その口に大きく広げた掌を重ねた。


「母さん。ごめん。僕、八咫烏君からの伝言を伝えるのを忘れてた。あのね~。『退職します。今迄、お世話になりました』だって」

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