【2-11】剣の師

 食堂には十名が着席できる大きなテーブルが置かれていて、空間にゆとりを持ちつつもある程度の装飾品が控えめに飾られていた。やはり清潔感があって、どこか温かみのある雰囲気だ。

 はじめはキリエだけが着席していたのだが、自分だけが座っている状況では落ち着いて話せないと訴えたところ、今回だけは皆で着席してもよいという許可をリアムが出してくれた。


「しかし、キリエ様。基本的に、主と使用人が同じ卓に着くことはございません。今回は初めての顔合わせということもありますし、キリエ様も慣れていらっしゃらない環境ですので、それを考慮した特別な事例であるということはご理解ください」


 リアムが堅苦しく言うのに対して頷きながらも、キリエは更にねだってみる。


「はい、分かりました。……ところで、リアム。もうひとつ、お願いしたいことがあるのですが」

「……何でしょう?」

「せっかく大きなポットでお茶を淹れてくださったみたいですし、みんなでいただきませんか? リアムもエドも喉が渇いているはずですし、他の皆さんだってお仕事で疲れているでしょうし、みんなで休憩ということで……駄目でしょうか?」


 お願いします、と両手を合わせるキリエを見下ろしながら、リアムは一瞬だけ「やはりそうきたか」という表情を浮かべたが、すぐに溜息と共に真顔へと戻った。


「承知しました。ですが、今回だけです」

「はい! ありがとうございます、リアム」

「いえ、礼を言っていただくようなことではございませんので。……というわけだ、お前たち。キリエ様のお言葉に甘えて、今回は一緒にいただこう」


 リアムの言葉を受け、使用人たちは一斉に「ありがとうございます」と一礼する。エドワードも、こういった場面ではきちんとした態度を見せていた。

 キリエの隣にリアムが座り、五人の使用人たちは向かい側へ座る。随分と人数差があるような気もしたが、リアムがキリエに使用人たちを紹介するには、こういった向かい合わせの方がいいようにも思えた。

 茶が注がれたカップが全員に行き渡ったところで、リアムが改めてキリエを紹介する。


「さて。──改めて、こちらは次期国王候補のお一人であらせられるキリエ様だ。先代国王陛下の御子息であると王家からお認めが下りたため、正式な御名前はキリエ=フォン=ウィスタリア様となる」


 フォン=ウィスタリア。王家のみが名乗ることを許されている家名だ。確かに、今後はキリエの正式な名前は家名付きになる。しかし、ウィスタリア王国民の大多数は家名を持たない。家名を名乗っているのは王族・貴族のみで、それ以外の民は親につけられた名前だけで生きている。キリエ自身、一生「ただのキリエ」でいるつもりだったので、急に家名を得ても、その実感はまるで無かった。


「キリエ様は、ルース地方のマルティヌス教会でお育ちになっていて、元々は孤児として生きていらっしゃった。よって、上流階級での生活の仕方は、まだ把握されていらっしゃらない。我がサリバン家は既に没落してはいるが、俺たちに出来る最大限の力でキリエ様をお支えしていくつもりだ。お前たちにも、色々と協力してもらうことになる。よろしく頼む」


 キリエが孤児であったことを変に隠そうとはせず、リアムはごく普通の伝達事項のように言う。それに対し、使用人たちも変に構えることなく、顔色ひとつ変えず口々に了承の意を述べていた。そんな様子を見届けてから、キリエからも挨拶をする。


「ご紹介いただきました、キリエです。僕は本当に、学も常識も無く……上位文字の読み書きも出来ないほどなのです。しかし、それでも、次期国王選抜の場において成さねばならないことがあります。それに協力していただけるというリアムの厚意に甘えて、こちらでお世話になることになりました。何かと至らない不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 きっと沢山の迷惑をかけてしまうだろうことは、分かっている。その申し訳なさを込めてキリエが頭を下げると、渋さと深みのある柔らかな声が語り掛けてきた。


「お顔を上げてください、キリエ様。初めまして。私はジョセフと申しまして、当屋敷のバトラーでございます」


 向かい側の中央に座っている白髪交じりの中年紳士──ジョセフは、穏やかな口調で自己紹介をして、丁寧に頭を下げる。見るからに優しそうで、どことなくマルティヌス教会の神父に雰囲気が近い。


「キリエ様、ジョセフはこの屋敷内の様々なことを取り仕切ってくれている統括役です。そして、私の剣の師でもあります」

「ジョセフさ……、いえ、ジョセフが、剣のお師匠さんなのですか?」


 無意識に敬称をつけようとしていたところリアムが横目で見てきたため、キリエは慌てて言い直す。よく出来ましたと言わんばかりの顔で頷いたリアムは、キリエの問いに答えてくれた。


「はい。ジョセフは、生まれが違えば間違いなく名誉称号騎士となっていた男です。幼心に最強の騎士を目指していた私は、国内で一番強いという噂の傭兵だったジョセフに頼み込んで剣術を教えてもらいました」

「ふふ、懐かしいですね。ゴロツキばかりの傭兵所へ果敢に乗り込んできた幼いリアム様の姿を、私は今でも忘れられません」

「ははっ、あれは流石に怖かった。しかし、強くなるための試練だと己に言い聞かせたんだ」

「お小さい頃から真面目でひたむきでしたからね、リアム様は。こんなに立派な騎士になられて、僭越ながら私も鼻が高いです」


 ジョセフは見るからに優男で、剣を握るようには、しかも傭兵をしていたとは思えない。だが、彼らの会話から察するに、リアムの剣の師であることは事実なのだろう。キリエは驚いて瞬きを繰り返した。


「ジョセフは剣の腕だけではなく、様々な知識を持っています。勉学は私もお教えする所存ですが、時にはジョセフに頼むこともあるでしょう。護身術を習われるのも、良いかもしれません」

「優秀なリアム様の足元にも及びませんが、私の持っているものは何でもお伝えする所存です。キリエ様、よろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ、よろしくお願いします……!」


 ジョセフの一礼に対し、キリエもペコリと頭を下げる。すると、ジョセフの左隣に座っている金髪シニヨンの美女が微笑んだ。どことなく妖艶な印象の彼女は、おっとりとした口調で話し始める。


「次は、わたくしがご紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」

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