【2-4】姉上と兄上
コンラッドは、揃えた指先でまずは一番左端の姫君を指し示し、ゆったりとした語り口で紹介し始めた。
「まず、あちらにおわす御方がマデリン様です。御兄弟からは『姉上』と慕われていらっしゃいますな」
「おい、コンラッド。僕はマデリンを慕ってなどいないぞ。姉上と呼んでいるのは単に馬鹿にして遊んでいるだけなのだよ。それだけは訂正させてもらおう」
「なんですって!? 聞き捨てなりませんわよ、ジェイデン!」
隙あらば小競り合いが始まってしまうのは、仲が良いからなのか、それとも悪いからなのか。いまいち判断出来かねて引いているキリエを、マデリンが勢いよく指差してきた。
「ちょっと、貴方、キリエ」
「は、はいっ」
「お父様から認知されていなかったうえに、田舎の教会育ちの孤児で、なんとも貧乏くさい空気の貴方なんて、兄弟として認めたくはないんですけれど、血筋の証明が為されたからには致し方ありませんわね。ワタクシを姉上と慕ってもよろしくてよ? もっとも、ワタクシは貴方のような弟なんて必要ありませんから、可愛がるつもりなんてありませんけれど」
「は、はぁ……」
やはり、マデリンからは強い悪意を感じる。剥き出しの嫌悪感を突き付けられたのは初めてで、キリエは戸惑うばかりだ。リアムが気遣う視線を向けてくれているのは分かっているが、今は彼に頼っていい場面ではないことも理解している。
「ところで、キリエ。貴方はいつ頃生まれたのかしら? 生まれ年が同じことは分かっているから、年齢のことなんて聞いておりませんわよ」
「あ、あの……、僕は孤児でしたから、詳しい日付は分かりませんが。生後間もなく教会に拾われているので、おそらく春の第一月の第一週だと思われます」
──その瞬間、大広間内の空気が一気に冷えた。
いや、正確には、マデリンの周囲が凍りついている。顔面蒼白になっている彼女の横でオロオロしている間抜け面の騎士がいるが、彼がおそらくランドルフ=ランドルフだろう。
沈黙を打ち破ったのは、金髪の青年の高らかな笑い声だった。
「あははっ! これは傑作なのだよ! 姉上はしきりに自分が長子であると主張しておいでだったが、あちらの銀の兄上が長子だったというわけだ」
「な、そ、そんな……っ、許しがたいですわ!」
「え? えっ?」
マデリンが混乱しながらも憤怒の目を向けてきて、キリエは動揺するばかりだ。そんなキリエへ、金髪の青年は朗らかに笑いかけてくる。
「兄上! 僕たち四人は、皆が揃いも揃って秋生まれなのだ。マデリンとライアンは一週違い、そこからひと月遅れて僕、さらにひと月遅れてジャスミンが生まれた。よって、キリエ。君が圧倒的に兄上なのだよ!」
「な、なるほど……?」
「ちなみに、こちらのムッツリ眼鏡がライアン、僕がジェイデン、こちらの可愛らしい姫がジャスミンだ。よろしく頼む、圧倒的兄上!」
「圧倒的兄上~!」
意味不明な決めポーズを取るジェイデンの隣で、ジャスミンが無邪気に握り拳を振り上げる。マデリンは言葉を発せないほど激しい怒りを沸き立たせており、ライアンはひたすら無表情で沈黙を貫いていた。それぞれの名前紹介の任を奪われたコンラッドは、額を押さえながら溜息を零している。この兄弟を取りまとめるのは、日頃から大変なのだろう。キリエは宰相が気の毒になった。
「あの……、僕は別に末っ子でも構わないのですが」
マデリンの怒りを鎮めようとキリエが進言するも、彼女の眉の角度は更に吊り上がってしまう。
「そのような情けなど不要ですわ! 事実を捻じ曲げるだなどと、はしたない上に情けない!」
「は、はしたない? いえ、マデリンさんがそれでいいのならいいのですが……」
「長兄のくせに敬称を付けてくるなんて、ワタクシを馬鹿にしているのかしら!?」
「いや、あの、流石に無茶苦茶すぎるのでは……っ」
口を開けば開くほど火に油を注いでいるように思えるが、キリエとしては自分が間違ったことを言っているとは感じていないため、謝ることも出来ない。
困り果てているキリエを見かねてか、それまで黙り込んでいたライアンが眼鏡を押し上げながら言った。
「そもそも、生まれた年が同じなのだから、兄だの姉だのを気にする必要性を感じないのだが」
「そうですわね! 春に生まれたって、秋に生まれたって、特に関係ありませんわ。ワタクシたちの中に兄も姉もない。それでよろしくて?」
「それを言っているのがマデリンというのが面白すぎるのだよ。まぁ、僕に異論は無いぞ」
「わたしも、別にどうでもいい」
「キリエもよろしいですわね?」
「……はい、それで構いません」
余計なことを言わない方が賢明だと学んだキリエはおとなしく頷き、そんな青年へリアムが密かに同情的な目を向けていた。
一区切りついたところで、再びコンラッドが話し始める。
「えー……、では、キリエ様。御兄弟の御名前は把握していただけましたでしょうか」
「あっ、はい。マデリン、ライアン、ジェイデン、ジャスミンですね」
「左様でございます。お互いに御名前を分かち合ったところで、御兄弟の皆様にも関係がございますので、キリエ様の御披露目の儀について話を進めさせていただこうと存じます」
真面目な話題へ方向転換されたのを感じ、キリエはお願いしますと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます