【2-3】王家との対面
大広間の中は、キリエにとってはとことん広い空間でしかなく、こんなに空き場所があるのに物が少なすぎてなんだか勿体ないというのが第一印象だった。敷き詰められている深紅の絨毯には金糸で優雅な模様が織り込まれており、天井からぶら下がっているシャンデリアも今は火が灯されていないが十分に眩しく、大きな窓がずらりと並び日の光がたっぷりと射し込んでいる。何もかもが豪華絢爛としか言いようのない場所だった。
その中央に、随分と仰々しい大きな椅子が四つ並んでおり、それぞれにキリエと同じ年頃の男女が座っていた。──おそらく、彼らが次期国王候補なのだろう。その横には、各々の騎士と思われる側近が立っていた。
「ようこそ、キリエ。どうぞこちらへ。もっと近くで顔が見たいですわ」
向かって左端に座っている女性が、声を掛けてきた。絨毯よりも鮮やかな色味の赤いドレスを身に纏っている彼女は、濃い茶色の巻き髪を指先で弄びながらキリエをじっと見つめてくる。その視線には、はっきりと悪意が滲み出ていた。キリエは、今まで他人から差別視されたことはあっても、個人的かつ明確な悪意を向けられた経験は不思議と無かった。しかし、今は彼女からの悪意が、キリエを気に食わないという負の意思が、はっきりと伝わってくる。
「キリエ様、どうぞ前へ。皆様と向き合っている椅子が、貴方の御席です」
急にたじろぐキリエを心配してか、リアムが小声で話しかけてきた。それに対し気丈に頷き、キリエは四人と向かい合う形で設置されている椅子の横まで歩き進んだ。
「……お初にお目にかかります。僕は、キリエと申します」
「いやいや、畏まる必要など無いだろう。僕たちは兄弟らしいからな」
キリエが挨拶と共に一礼すると、右から二番目の椅子に座っている青年が茶々を入れてきた。長い金髪を高い位置で一本に束ねている彼には悪意は皆無で、ただひたすら興味深そうにキリエを眺めてくる。
「兄弟? 確かに、そうらしいと話は聞いておりますけれど。嫌ですわ、こんな貧乏くさい田舎者がワタクシの兄弟かもしれないなんて。全く笑えない冗談でしてよ」
金髪の青年の言葉を受け、巻き髪の姫君が煽るような発言をしてくる。一番右端に座っている、水色の長いウェーブ髪が印象的でたいそう小柄な少女は、つまらなそうに溜息をついた。
「お着替えをする時間をあげないっていう意地悪をしたのは、マデリンのくせに」
「な、何を言っているのかしら、お黙りなさいなジャスミン!」
「なんだ、妙に来るのが早いと思ったら、我らが姉上がまたそんなしょうもないうえに陰気くさい嫌がらせに精を出していたのか」
「うるさいですわよ、ジェイデン!」
「一番うるさいのはマデリンだ」
騒がしくなってきたところで、左から二番目に座っている青年が静かに口を挟む。漆黒の髪をきっちりと分け固め、眼鏡をかけている理知的な彼は、じっとキリエを見つめてきた。
「長旅で疲れているところ、姉上が無茶をさせてしまったようだな。すまない」
「い、いえ、そんなことは……」
「とりあえず、座るといい。私たちが支離滅裂に話すより、後はコンラッドに任せよう」
黒髪の青年に手で勧められるまま、キリエは椅子へ座る。今までに腰を下ろしたことがない、大層ふわふわな感触だ。キリエが座ると、その横でリアムが片膝を立てて腰を下ろし、頭を垂れた。すると、一人の男が歩み寄ってくる。白髪の男は、齢七十ほどだろうか。厳しさと温厚さを兼ね備えた面持ちの彼は、四人の次期候補者たちに一礼した後、キリエの正面にやって来て丁寧に頭を下げた。
「キリエ様、お初にお目にかかりまする。私はコンラッド=ヘイソーンスウェイトと申しまして、ウィスタリア王国の宰相を務めさせていただいている者です。この度は、長旅お疲れ様でございました」
「いえ……、ご丁寧にありがとうございます」
「勿体ないお言葉、恐縮です。リアムも、お主ひとりの腕でよくぞ無事にキリエ様をお連れしてくれた。流石は夜霧の騎士の称号を持つ男だ」
「ありがとうございます」
キリエとリアムへ労いの言葉をかけたコンラッドは跪き、胸元から取り出した包みを恭しく差し出してくる。皺だらけの指が赤いビロード布を解き、そこに現れたのは王家の金ボタンだった。
「何度も同じお手間をいただきまして恐縮でございますが、今一度、御血筋の証明をお願いいたします」
「……触ればいいのですよね?」
「左様でございます」
チラリと横目でリアムを見ると、彼は励ますように軽く頷いてくれる。キリエは短い深呼吸をしてから、緊張でわずかに震える指先をボタンへと伸ばした。その瞬間、眩い光が広間内を満たしてゆく。一同はその光景に息を呑んだ。
「すごい。キリエが触ったときが一番、光が強いわ」
水色髪の少女……いや、キリエと同じ生まれ年ならば十八歳になるということで、成人女性と同じなのだが、彼女が纏う雰囲気の無垢な幼さは少女としか言いようがない。ともあれ、水色髪の彼女がそう言うと、巻き髪の姫君が眦を吊り上げる。
「なんですの、ジャスミン? この子の母親が一番の寵愛を受けていたとでも言いたいのかしら」
「だって、そうでしょ? ボタンに触れたときの輝きが一番強いのは現国王、その次に強いのが次期国王候補の中で最も寵愛を受けた母親から生まれた者。そう言っていたのは、マデリンだよ?」
「だまらっしゃい!」
言い合う声を聞きながら、キリエはおずおずとボタンから手を離す。すると、コンラッドが、布で包みなおした金ボタンを手渡してきた。
「おめでとうございます、キリエ様。貴方は正式な次期国王候補の御一人であることを、改めて御証明なさいました。つきましては、こちらは貴方の物でございます。これから御仕立てになる正装にこちらをお使いください」
「はい……、ありがとうございます」
正装を仕立てる云々はよく分からないが、とりあえずは受け取っておく。たったひとつのボタンだというのに、ずっしりと重みを感じてしまうのは、これが持ち合わせる意味が身に余りそうなほど重たいからだ。
神妙な表情のキリエを温かく見つめながら、コンラッドは微笑した。
「それでは、僭越ながら私から、キリエ様の御兄弟を紹介させていただきましょう」
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