【2-5】最高の騎士
「キリエ様はこれまで王家の一員であらせられることが公になっておりませんでしたので、もう御一方、王子がいらっしゃったということを国民に知らせなければなりません」
コンラッドが硬い口調で語り始め、キリエはそれを真剣に聞く。他の兄弟たちはさほど興味が無いのか、もしくは今しがたのやり取りで少々気疲れしてしまったのか、ひとまず黙っているつもりらしい。
「御披露目の儀にあたり、キリエ様には色々とご準備いただかなくてはなりません。勿論、このコンラッドめもお手伝いいたしますが、宰相としてのお勤めが多岐に渡っておりまするがゆえ、私の手では全てには行き届かないでしょう」
「コンラッドさんもお忙しいでしょうし、どうぞお気遣いなくお願いします」
「お優しいご配慮、誠に恐縮でございます。しかしながら、キリエ様。貴方は先代国王陛下の血を受け継ぐ尊い御方。どうぞ下々の者は名を呼び捨ててくださいませ。私めのことも、コンラッドとお呼びください」
「……分かりました、コンラッド」
人生経験を多く積んでいる相手を呼び捨てるのには抵抗があるが、仕方がない。キリエは気まずさを噛みしめながらも、肯定の意を示した。すると、コンラッドも頷いて先を続ける。
「キリエ様には、側近騎士をお付けいただきたく……、つきましては、王国騎士団から誰かお選びいただければと。後ほど精鋭を何名かお連れすることも出来ますが、ここまで御供させていただいていたリアム=サリバンをお選びいただくことも可能です」
そのとき、小馬鹿にしたような笑い声が響いた。──声の主は、マデリンである。
「まぁ、呆れた! そんな落ちぶれた男を勧めるだなんて、コンラッド、貴方も意地が悪いですわね。父は殺人鬼、母は淫乱、そこから生まれた息子なんて、どうせろくでもない下劣に決まっているでしょうに、わざわざそんな没落者を勧めるだなんて、キリエったらなんて無様で可哀想なんでしょう!」
姫君から罵られても、リアムは表情ひとつ変えずキリエの横で黙って控えている。そんな友人の代わりに声を上げたのは、キリエだった。
「やめてください」
「……なんですって?」
「僕のことは、どれだけ馬鹿にしていただいても、蔑んでいただいても構いません。でも、彼を悪し様に言うことはやめてください」
先ほどまでの狼狽えていた様子が嘘のように、キリエは凛と言い放つ。向けられる悪意をしっかりと受け止め、決して視線を逸らさない。
「彼は、……リアムは、僕を危機から救ってくれた恩人であり英雄です。それも、一度ではなく二度までも」
「二度? 王都までの道中で、そんなに危険な状態に二度もなったというのか」
「なんと……、私めの監督不行き届きでございます。キリエ様、申し訳ございません」
キリエの危機を聞いて特に強く反応を示したのは、ライアンとコンラッドだった。
「治安が悪い道ではなさそうだから、そこまで厳重にしなくとも大丈夫だろうと試しに護衛を削ってみたのだが……、失策だったか」
顎に手を当てて考え込んでいる黒髪の青年は、キリエの安否というよりは、道中の治安を気にしているようだ。その態度に、コンラッドは再び溜息を零す。
「私が手配した護衛団が解散させられたと聞いたときには、本当に肝が冷えましたぞ。せめて、増援を出す許可をいただけていたらと思うと、悔しくてなりません。今後は皆様の長距離移動に際します警備・護衛の采配に関しましては、私に全てお任せくださいませ」
「な、なんですの、コンラッド。そんな目で見てきて、ワタクシに説教でもするつもり?」
「お説教ではなく、お願い申し上げているのです。マデリン様だけではなく、ライアン様にも、他の皆様にも等しくお願い申し上げておるのですよ。命に関わることもございます。悪戯感覚で弄ってよい人員配置ではないのだと、改めてご承知おきください」
不貞腐れた顔のマデリンが、不満そうにコンラッドを睨み付けるも、宰相は怯まない。ライアンは宰相の発言を無視しているようだ。段々と険悪な空気になってきているのを感じたキリエは、話を戻そうと言葉を挟んだ。
「あ、あの……ここまでの道中では、一度だけ盗賊に襲われました。あとのもう一度は、十年前です」
「……十年前?」
コンラッドが驚いたように聞き返し、他の皆もそれぞれに目を瞠っている。リアムは相変わらず、じっと黙ったままだ。
「十年前、生まれ育った教会近くの森で野犬に襲われているところを助けてくれたのも、彼でした」
「ということは、……リアムは十年前にキリエ様と出会っていた、と? それは私も存じ上げませんでした」
宰相は困惑したように夜霧の騎士を見下ろすが、その眼差しに叱責の色は無い。その代役と言わんばかりに責め立ててきたのは、やはりマデリンだった。
「どういうことかしら、リアム? 貴方、まさかこのウィスタリア王家を謀っていたとでも?」
話を振られた騎士は、それまでの沈黙を破って重い唇を開く。
「──恐れながら申し上げます。確かに、十年前に私がキリエ様を救出したことはございましたが、そちらはマルティヌス教会近郊にて迷子の孤児を野犬から助けた案件として騎士団に報告を上げております」
「でも、その孤児が銀髪銀眼であったとは言わなかったのでしょう? そこに何か裏切りの意図があったのでは? そんな
「私は当時すでにウィスタリア王国へ忠誠を捧げている騎士です。もし、キリエ様が先代国王陛下と繋がりがある御方だと知っていれば、必ずご報告申し上げたでしょう。しかしながら、恐れ多くも当時はただの孤児としか認識しておりませんでしたし、確かに珍しい色合いだとは思いましたが一介の孤児の毛髪や瞳の色を記録に残しておく必要性も感じませんでした。ましてや、妖精人は伝説上の架空の生き物でございますので」
淡々と言い返していたリアムだが、最後に申し訳なさそうにキリエを一瞥した。
おそらく、彼が十年前の出来事をぼかして報告していたのは、救出対象が孤児だから特徴詳細を省いたのではなく、キリエが自身の髪や瞳の色を気に病んでいたからだろう。銀髪銀眼の少年がいたなどと話題になれば、必要以上に騒がれる可能性もあり、キリエが傷ついてしまうかもしれない。それを懸念して伏せていてくれたのだ。
しかし、今この場でそれを明かすわけにはいかない。だからこそ、リアムはあのような言い方をしたのだろう。キリエは、分かっていますと視線だけで伝えた。
「お話を戻しましょう。……王都までの道中のこと、十年前のこと、それらでのリアムの活躍を評価なさった上で、キリエ様の側近としていかがでしょうか。彼の生家はとある事情から現在は名声を失ってはおりますが、リアム自身は非常に優れた騎士です。きっと、キリエ様の御力となるでしょう」
マデリンは嫌がらせのように捉えていたが、コンラッドはリアム自身を正当に評価した上でキリエの側近として勧めてくれているのだろう。大多数がどうであれ、こうしてリアム本人をきちんと認めている存在が王都にいてくれて良かったと、キリエは安心した。
「ぜひ、リアムに傍にいてほしいです。誰がどう言ったとしても、僕にとっては、彼こそが最高の騎士ですから」
満面の笑みでキリエが答えると、コンラッドも嬉しそうに微笑んで頷く。
「よかったな、リアム」
「はい。……ありがとうございます、キリエ様」
言葉は短いが、リアムの声音には深い感謝の念が沁み込んでいた。藍紫の瞳も雄弁に想いを語っている。キリエは彼と視線を合わせ、もう一度、最高の笑顔を見せた。
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