第110話 シキ

 ドレイクの転移魔法で連れてこられたのは森であった。


「ここは?」

「大陸の北東に広がる迷いの森と呼ばれる場所でございます」

「迷いの森……なるほど。この奥にアジトを構えておけば、不死教団の関係以外は特定できないという寸法ね」

「その通りでございます」

「通りでお前たちの居所が分からないわけだわ。ガスコインが引き連れていた不死身の兵隊の数を考えれば、すぐに見つけられるはずだったのに」

「さあ、こちらでございます」


 ドレイクは言って、迷いの森へと入っていく。私もドレイクに続いて迷いの森へ入る。

 森の中は霧が深く視界が悪い。そんな中をドレイクは悠然と進む。やがて、霧を抜けると小さな丘が見えた。その丘にはポツンと寂れた教会がひとつだけ建っている。


「あちらが我らの聖地でございます」

「……ずいぶんとこじんまりしているわね」

「教会はダミーで、地下に広げているのですよ」

「ふーん」

「さあ、シキ様がお待ちです」

「……」


 ドレイクに促されるまま教会まで足を運ぶ。教会へ入ると、外観と同様に寂れたようすである。

 その寂れた教会の奥。教壇の前に人間サイズの十字架が立っていた。十字架には人が磔にされており、よく見ると修道服を着た女性である。

 修道服から垣間見える綺麗な黒髪は地面を這うほどの長さで、病的なまでに真っ白な肌をしている。手足には枷が嵌められ、鎖によって十字架と繋げられている。顔は目隠しのように包帯が巻かれており、素顔を見ることはできない。

 私が彼女を見て首を傾げていると、おもむろにドレイクが彼女を指してこう言った。


「あのお方がシキ様でございます」

「え、あれが不死教団のリーダー?」

「そうです」

「……磔にされているけれど? そういう趣味かなにか?」

「いいえ、あれには海よりも深く山よりも高い訳がありまして……詳しいお話はシキ様より直接」

「ん……そう」


 私はドレイクから視線を切り、教壇の前で待つシキのもとへ足を進める。

 そして、私がシキの前まで近づくと、彼女は頭をあげた。


「お会いしできて光栄です。ルーシア・トワイライト・ロード」

「あなたがシキ?」

「ええ、そうです。私が不死教団のリーダー。正確には教祖といった類ですが」


 彼女は澄んだ声音で恭しく頭を垂れる。


「この度はご足労いただきありがたく存じます。本来であれば私からあなたのところに出向くべきなのでしょうが――見ての通り、このような身ですので」

「まあ、それは構わないのだけれど。なぜ磔にされているのかしら」

「封印なのです」

「封印?」

「はい。私はここに封印されているのです」

「……どういうこと?」

「ふふ。そのお話はあなたをここへお呼びした話とも関連しています。お茶でも飲みながらゆっくりお話しましょう」


「別にお茶はいらないわ。用件を言いなさい」

「そうですか……」

 シキはなぜかしょんぼりとした声音で言ってから続ける。

「ドレイクから話が通っていると思いますが、私はあなたと取引がしたいのです」

「それはどういう取引なのかしら?」

「単刀直入に言います。私の封印を解いていただけないでしょうか」

「封印を……?」

「そうです。その見返りとして――死んでしまったブラックを、いえ……クロの蘇生をいたします」

「え――」


 クロの蘇生と聞いて私は思わず言葉に詰まった。


「クロを蘇生……なにをバカなこと。クロはもう蘇生できないのよ? だから、私は……」

「知っていますよ。蘇生魔法は一度死んだ人間にしか効果を発揮しません。二度目はない――しかし、私の蘇生魔法は例外です。私ならば無制限に死んだ人間を甦られることが可能です」

「なっ……そんなことが可能なの……?」

「はい。私なら可能です。私は神ですから」

「は、はい? 神……? なにを言っているのかしら」

「私は事実を言っているだけです。神である私なら、クロを生き返らせることが可能です」


 私は目の前にいる自称神という女に頭痛がして、額に手を当てた。


「……証拠は?」

「ありません」

「話にならないわね」

「証拠はありませんが動機ならばあります」

「動機ですって?」

「ええ。私とて人の親ですから」


 相変わらず柔らかな声音でシキは言う。


「それはつまり、お前自身がクロを甦らせたいということかしら」

「もうお聞きになっているでしょう? 私がクロの親だと」

「ええ、聞いたわ。事実なの?」

「はい。クロは――私とレイヴン様の間に生まれた子です」

「レイヴンって勇者の?」


 尋ねると、シキはゆっくりと首肯する。

 そうかもしれないとは聞いていたけれど、本当にクロが勇者の息子だったなんて……いえ、今は後回しにしておきましょう。それよりも、この話が事実だとクロが勇者と神の子供ということになるわけで――頭がこんがらがってきたわ。


「えーっと、つまりクロの母親だからクロを助けたい……ということ?」

「その通りです。母親として当然でしょう?」


 シキはまたくすりと笑いながら口にする。

 その仕草や声音、どれをとっても彼女からはおよそ感情というものを感じない。

 本気で言っているのか、はたまた私を騙そうとしているのか、判断しかねる。

 私は再び額に手を当ててため息を吐いた。


「はあ……神様とか急に言われて混乱してきたのだわ。一度、整理をしましょう」

「はい」

「お前は私に封印を解く代わりにクロを生き返らせるという取引を持ちかけてきたのよね」

「そうですね」

「そして、お前は神様でクロの母親と」

「はい」

「頭がおかしくなりそうだわ」

「大丈夫ですか?」

「誰のせいだと思っているかしら……」


 私は頭を振って口を開く。


「くだらないわね。そんな話、信じるわけがないでしょう? 取引云々の前に、まずは私を信用させる証拠を出すことね」

「ふむ、その通りですね。では、私の顔をお見せいたしましょう」

「顔を?」

「ええ。聞けば、クロは私に似ているとか。顔を見れば一発で親子だと分かるかと」

「なら、最初から見せておきなさい」

「そうですね。では――」


 直後、なにかの力でシキの目を覆っていた包帯がしゅるしゅると音を立てて解かれる。露わとなったシキの顔を見て、ルーシアは驚愕した。


「これは――驚いたわ。本当にクロそっくりだわ」


 そこにいたのは紛れもなくクロと瓜二つの顔をした美しい女性である。

 もともと、クロは中性的な顔立ちであったためか、クロを女性に寄らせたらシキのようになるだろう。


「これで分かっていただけましたか?」

「え、ええ……少しは信用できるわ」

 私が答えると、シキは見えない力で再び包帯で目を覆い隠した。

「なぜわざわざ包帯で顔を隠しているのかしら」

「それは私の目が魔眼だからです」

「魔眼……?」

「はい。私は見たもの全てを石にする魔眼を持っているので、こうして包帯を巻いているのです」

「私は石になっていないけれど?」

「少しなら大丈夫なのです。数秒見れば石になりますが」

「ふーん?」


 魔眼か。なかなか面白いものを持っている。


「それで? いかがでしょうか? 取引に応じてはもらえないでしょうか?」

「さすがにまだ信用しきれないけれど、顔はたしかにクロと同じだし……変身魔法を使った感じもなかった」

「それでも信用はできないと?」

「当たり前でしょう? ただでさえ、得体の知れない組織のリーダーな上に封印なんかされているんだもの。お前、なぜ封印されているの?」


 尋ねると、シキは拘束されながらも姿勢を正し、改まったようすで語り出す。


「ふふ、取るに足らない話ですよ。レイヴン――勇者は過去にあった魔族国と人間国との戦争の最中、勇者の力を恐れた人間国の人間たちに騙されて殺されました。ご存知ですか?」

「ええ、聞いてことはあるわ。それとなにか関係が?」

「簡単な話です。私は、私の想い人を殺されたことで怒り狂い世界を滅ぼそうとしたのです」

「……」


 そう言ったシキは口元に微笑を浮かべているが、ルーシアは先日クロを殺されたばかり。さすがに笑い話ではないと、表情を曇らせる。


「そして、世界を滅ぼそうとした私の前に現れたのは、私の恋敵たちです」

「恋敵?」

「ふふ。レイヴン様は無類の女好きですから。私以外にも契りを交わした女性が三人ほど」

「なかなかゴミみたいな男ね」

「そう言わないでください。とってもお優しい方なのですよ?」


 シキは苦笑いをしつつ続ける。


「彼女たちはそれぞれ、レイヴン様が持っていた聖なる武器を使い、私の力を封印したのです」

「聖なる武器って……聖剣とかかしら」

「ええ。聖剣エックスガリバー。聖槍ロッゴミニアド。聖竜ウェールズ。三種の神器と呼ばれる伝説の武器です」

「え」


 私はそれらの名前を聞いて思わず声が詰まった。

 聖剣と聖槍は知っていたが、最後のひとつ――聖竜ウェールズ。グレイが飼っている真っ白なドラゴンの名前がここで出てくるとは思わなかったのだ。

 シキはそんな私の胸中を見透かしたようすで口を開く。


「知っていますよ。今、あなたの手元にこの三つが揃っていることを」

「……」


 私は頭の中でシキの狙いをあれやこれやと考えてひとつの答えに辿り着く。


「つまり、お前を封印したこの三つを使えば、お前の封印が解けるということかしら」

「お察しの通りです」

「なるほどね……」


 しかし、そうなるとかつて勇者が持っていた武器のうち二つを持っているグレイは、はたして何者なのだろうか。


「そうそう。あの正義の味方を自称するグレイという者ですが」

「……」

「あら、黙り込んでどうかしましたか?」

「いえ、まるで私の考えを読んでいるかのようにグレイの話題を出すものだから」

「ふふ。私がこの話をした後に、レイヴン様の武器を二つも持っている人物のことが気にならないはずないでしょうから」

「……」


 私は自分の考えを簡単に読まれたことが面白くなく、とても不愉快な気分になった。


「それで、お前はグレイについてなにか知っているの?」

「ええ、もちろん。彼女は私を封印した恋敵のひとり。クシャナという女性の娘です」

「クシャナ?」

「グレイはクシャナから私の封印が解かれないように、聖竜と聖槍を守る役目を与えられている……いわば門番のような存在なのです」

「そうなの……あいつが」


 なにかを隠しているとは思っていたけれど。なるほど、グレイが隠していたのはこのことだったのかと頷く。


「それで、取引の方はいかがいたしますか?」

「ん、そうね。一度戻って、グレイから意見を聞きたいところね」

「あの子が私の封印を解くことに賛成するとは思えませんけれど」

「でしょうね。けれど、お前の話だけを聞いて、それを鵜呑みにするわけにもいかないでしょう?」

「……そうですね。分かりました」


 シキはこの場での説得は諦めたらしく、ため息混じりにドレイクを呼ぶ。


「黄昏皇女様がお帰りです。お見送りを」

「かしこまりました」


 ドレイクはシキに頭を下げると、私を先導して歩き出す。

 私も大人しくドレイクについて歩き出そうとしたところ、シキがぽつりとこんなことを呟いた。


「お返事は早めにしてくださいね。今、あの子は冥界でとても危険な目に遭っていますから」

「……?」


 それがどういう意味か分からなかったが、きっと私を焦らせるための虚言だろうと考え、聞き返すことなく帰路に立つのだった。

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