第109話 ドレイク

「あー一応、確認だけさせて欲しいんだけど」


 と、シロが遠慮がちに声をかけてきた。

 私はベッドで眠るクロから視線を外し、目の動きで先を言うよう促す。


「仮にあんたの思惑が成ったとしたら、あんたはもう王女じゃなくなるけど、それはいいの?」

「愚問ね。もとから王女なんて肩書に興味ないわよ」

「ふーん? まあ、あんたがいいなら、あたしから言うことはもうないわ!」

「そう」

「それで? まずはなにをするわけ?」


 問われて、私は顎に手を当てて少し間を置く。


「仲間を集めましょう。今の体制に不満を持っている連中……例えば、ガスコインが連れていた反魔族国勢力とか」

「ええー? あいつらちょっと野蛮じゃない? いきなり戦争ふっかけてくるような連中なのよ?」

「いきなりテロ事件を起こしたお前が言えたぎりじゃないわね」

「うぐっ……と、というかまずは黄昏組のメンバーに声をかけてみたら? 望みは薄いと思うけど。あいつら癖強いし」

「それもお前が言うな案件よ……」


 とはいえ、シロの言う通り黄昏組のメンバーが革命運動に参加するというのは考えにくい。エドワードとレベッカが協力していたのは、飽くまでも再び貴族の位に返り咲くためだ。それを壊そうとする革命に参加するだろうか。


 ガスコインと彼に付いているヴィヴィアン、ヴァイオレットに関してはクロという個人を認めたからこそ黄昏組に入ったのだ。クロがいなくなった今、黄昏組に残るかどうかも不明である。


 グレイに至っては正直まったく読めない。彼女に関しては自称正義の味方を名乗り、不死教団と因縁があって戦っているということくらいしか情報がない。あとはかつて勇者が持っていたとされる三つある聖なる武器がひとつ――聖槍ロッゴミニアドを所有しているということが分かっているくらいで、あまりにも謎が多すぎる。


 腕が立つし、なにより不死教団と関わりがありそうだから、彼女を通じて人の不死化に関する情報を得ようと黄昏組に引き入れてみたものの――クロがいなくなった今ではあまり意味はないか。


 私はしばらく額に手を当ててからため息を吐いた。


「まあ、黄昏組については少し考えてみるわ」

「んー分かったわ。ひとまず、あたしの方からグレイに話だけ通しておきましょうか?」

「……そうね。任せるわ」

「りょーかい。それじゃあ、今日のところはもう帰るけど……あんたは?」

「私はもう少しここにいるわ」

「ん……そう。それじゃあまた」


 シロは苦笑を浮かべつつ部屋を後にする。

 残された私は再びクロに視線を向けた。

 さて、これからいろいろ忙しくなる。革命のために必要なものを揃えなければ……。

 と、私が今後の計画を練ろうとした折、コンコンと扉が叩かれた。


『お嬢様。私です。ゼディスです』

「ゼディス……? 入っていいわよ」


 私が許可を出すと、ゼディスが扉を開けて部屋の中へ入ってきた。


「失礼いたします」


 ゼディスはそう言って私に一礼する――その刹那、私はゼディスから魔法の気配を感じ取った。


「――お前、ゼディスではないわね。誰?」

「……」


 私がゼディスではない者に問いかけると、何者かはくつくつと笑を零した。


「まさかあたくしの擬態をこんなに早く見破るとは……いやはや、さすがは黄昏皇女様です。感服いたしました」

「御宅はいいわ。巧妙な変身魔法とはいえ、よくここまで入り込めたものね。褒めてあげるわ」

「変身魔法には少々自信がございましてね。魔王軍の幹部の方なら……全員とはいきませんが、騙せる自信があります」


「ふんっ。それで? お前は一体何者で、なぜ私の前に現れたのかしら?」

「これはこれは、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。あたくしの名前はドレイクと申します。以後、お見知り置きを」

「ドレイク……? シロとグレイの報告で聞いた名前ね。たしか、不死教団の」

「ええ、ええ、その通りでございます」


 ドレイクと名乗った人物はゼディスの顔で歪に笑った。


「へえ、まさか不死教団の一員が直に接触してくるなんてね。クロが生きていたら、お前をここで捕まえて拷問にかけて、不死化について吐かせているところだったけれど――運がよかったわね。ちょうど興味が失せたところよ」


 私はドレイクからクロへ視線を戻す。すると、ドレイクは「まさしく今日はその件でお訪ねしたのです」と声を張った。


「どういうことかしら」

「――そちらでお眠りになられている方は、我らがシキ様のご子息なのです。先日の戦いでご子息がご存命であることを知ったシキ様は、ご子息を教団に迎え入れる準備をなさっていましたが、つい昨日……密偵よりご子息が亡くなられたと聞き、こうして急遽あたくしが参ったのです」

「密偵……」


 私は頭痛がする思いだった。

 こうも簡単に侵入された挙句、不死教団の密偵とやらが身内に紛れ込んでいるとは――まあ、今は置いておくとして。


「クロが不死教団リーダーの息子とは聞いていたけど、事実なの……?」

「ええ、事実でございます」

「ふーん、それで今日来たのはそれだけなのかしら?」

「いえいえ、ここからが本題でして。実はシキ様が、黄昏皇女様にお会いしたいとのことで……」

「不死教団のリーダーが? なぜ?」

「黄昏皇女様と、とある取引をしたいと」

「――」

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