第108話 誕生、民主主義

「……」


 私が言った瞬間、シロが数秒ほど固まる。それから頭痛でもするのか額に手を当てた。


「えっとー私、疲れてるのかしら。今、とても頭の悪い言葉を聞いたような気がするの」

「クロが死んですぐだもの。精神的な疲れが溜まっているのかもしれないわ」

「そうかもね。とりあえず、聞き間違えたかもしれないから、もう一回言ってもらえるかしら?」

「私はこの国をぶっ壊したいのよ」


 シロはため息を吐いた。


「はあ……聞き間違えじゃなかったわぁ。あんたそれ本気で言ってるわけ?」

「冗談でこんなこと言うわけないじゃない」

「まだ冗談の方が幾分かマシだったわよ!」


 シロはそう言って、なぜか椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がって声を荒げた。


「破天荒な女だとは思ってたけど、まさか自分の国をぶっ壊したいなんて言うとは思わなかったわ! 国を壊したいとかバカじゃないの?」

「以前にテロを起こしたお前には言われたくないわけだけれど」

「う、うっさい! というか、どんな思考に至ったら国を壊すなんて発想が出てくるわけ?」


 シロの問いに対し、私は目を瞑る。


「さっき話したでしょう? 私が王女でなければ、クロが茨の道を進むことはなかったし、魔王の座をかけた争いに巻き込まれることもなかった」

「それが国を壊したいってのとなんの関係が……?」

「言ったでしょう? 今の国は最高でも最善でもないと」


 私は目を開いて立ち上がり、部屋の窓辺に立って外の景色に目を配る。窓の外には城下町が広がり、大通りを忙しなく移動する民の姿が目に入る。


「この国を見てみなさい。貴族は権力を振りかざして好き放題。民は政治をこっちに丸投げしてる癖に気に食わなければ一丁前に抗議だけはしてくる」

「そりゃあ抗議はするでしょうよ……」

「もちろん構わないわ。けれど、腹が立つでしょう?」

「あんた絶対に王とか向いてなさそう」


「黙らっしゃい。とにかく、私は全てが気に食わないのよ。なにもしない癖に責任だけは押し付けてくる国民と、くだらない派閥争いばかりしている貴族。あとお父様」

「あんた魔王のこと嫌いすぎでしょ」

「嫌っているわけではないわ。むしろ、すごいと思っているもの。民のためにあそこまで身を粉にして、平和な世界を作ろうとしているのだから。でも、同時に気に食わないとも思っているけれど」


「なにが?」

「考え方かしら」

「どういうこと?」

「お父様は平和な世界を作るために、世の中から争いをなくそうとしているわ。面倒事は全部自分で背負って――それが気に食わないのよ」

「それのどこが気に食わないのよ? あたしはいいことのように思うけど?」

「私はそう思わないわ」


 外の景色からシロに目を向ける。


「世の中から争いがなくなれば平和だなんて浅はかじゃないかしら。人は十人いれば、十人とも違う考え方で違う価値観を持っているわ。そして、お互いの価値観を主張し合えば必ず争いは起こるでしょう?」

「まあ……そうだけど」

「端から争いをなくすのは無理な話なのよ。お父様はそれを全部、自分の力で、力づくで消そうとしているの。お父様が死ぬほど忙しいのはそのせいね」

「だからって、戦争を許容するのは違うでしょ?」


「そうね。その通りよ。でも、争いの場は必要なはずよ」

「争いの場……?」

「ええ。なにも戦うことだけが争いではないわ。私たちに口があるのはなぜか知っている? それは話し合うためにあるのよ?」

「なにそのあんたが言わなそうな言葉」

「失礼ね……まあ、クロの受け売りではあるけれど」

「やっぱりね」


 私は咳払いして誤魔化す。


「とにかく……私は今の国を壊して、新しい国を作りたいのよ。貴族とかそういう身分をなくして、誰もが平等な場所で言い争えるような国」

「誰もが平等に――」

「そうよ。権力とか、財力とか、腕力とか。そういうの関係なしに」

「ふーん? 平等な国かぁ。悪くないもね」

「そうでしょう?」


「でも、その国は誰が導くわけ? 身分がないなら王がいないってことでしょう?」

「そんなもの国民が全員で話し合って決めなさい。誰かに押し付けるなんて無責任じゃない」

「国民全員って……あんたらしいわねぇ」

「言うなれば、国民による国民のための国家ね」

「ものは言いようよねー」


 シロはそう言って笑った。


「うん、まあでも……面白いじゃないの平等な国。魔王の作る平和な世界ってやつよりは楽しいかもね」

「そうでしょう? 協力してくれると嬉しいのだけれど」

「いいわよ。協力してあげる」


 シロはニヤリと笑って頷いた。


「思ったよりもあっさり頷くのね。驚いたわ」

「いやぁ、だってあんたが作ろうとする平等な国ってクロのためでしょう? クロみたいな力が弱い者でも、力が強い者と対等に争えるようにって」

「……もう意味はないけれどね」

「そんなことないわよ」

「そうかしら」


「そうよ。なにも遅いことなんてないわ。あたしはあんたの考え方に共感した。だから、あたしはあんたに協力してあげるの。それに平等な国ってのができたら――天国にいるクロも浮かばれるってもんでしょ?」

「――そう。ありがとう」

「あはは。あんたにお礼を言われると背中がむず痒くなるわね」

「なっ……本当に失礼な女ね」


「そんなことよりさ。あんた、名前はどうするのよ?」

「名前? なんの話よ」

「名前は名前よ。自分の主義主張があるなら、それに見合った名称って重要だと思わない? 魔王の平和主義みたいなやつ」

「なるほど、一理あるわね」


 私は顎に手を当ててしばし熟考する。


「……平和反対とか?」

「それ戦争したがりっぽく聞こえない?」

「あながち間違ってもいないでしょう?」

「そうなんだけどー! 外聞というか、聞こえが悪いでしょ!」

「わがままな女ね。そう言うなら、お前も考えなさい」

「ええー? えっと、平等主義?」

「普通すぎるわ。却下」


「なんでよー! いいじゃない無難で!」

「いやよ。もしかしたら、歴史の本に載るような革命を起こそうとしているのよ? 平等主義なんて安直な名称を載せたくないわ」

「平和反対も安直でしょうが!」

「そうね……そもそも平和に対するカウンターを狙おうとすると、どれも弱くなると思うのよ」

「まあ、平和っていいイメージあるものねぇ」


「カウンター狙いなら悪いイメージの言葉にするべきだと思うの」

「例えば?」

「例えば――私たちの主義主張に反する意味だと、絶対王政かしら」

「ああ、身分制度の根源っぽい感じはするわね! それに対するカウンターならなにがいいかしら?」

「王による政治に対して、国民による政治なのだから……民主政ってところかしら」


「それっぽいわね」

「なら、私たちは差し詰め民主主義ね」

「民主主義ねぇ。まあ、いいんじゃない? 絶対王政に対する民主主義ってことで、悪くないと思うわ」

「それじゃあ決まりね」

「これから楽しくなりそうね!」

「遊びじゃないわよ」


 私は言って、ベッドで眠り続けるクロに目を向ける。


 クロ――もしも、お前が生まれ変わった時に、少しでもお前が過ごしやすい国を作っておいてあげるわ。


 私は心の中でそうクロに語りかけた。

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