第105話 閻魔大王
そして、今に至る。
「おい、読み終わったか」
「……」
尋ねると、プラチナがそっと僕から目を逸らした。
「これは明らかな冤罪だよな。おい、そこら辺どう説明してくれるんだ?」
「ぷ、プラチナちゃんは閻魔大王様の命令に従っただけだしなー……」
「そんな理屈が通るとでも思ってんのか」
「うーうー。分かったよー。冥界監獄から出せばいいんだろー。もうそれでいいだろー」
「そうじゃない! 謝って! 杜撰な調査で僕に冤罪を吹っかけた挙句、拷問までしようとしたこと謝って!」
「わーわー! プラチナちゃんが悪かったからお大声で怒鳴るなよー!」
閑話休題。
「うーうー。プラチナちゃんは閻魔大王様の命令に従っただけなのにー。なんでプラチナちゃんが怒られないといけないんだよー」
ちょっと責め立てすぎたみたいで、僕の目の前でプラチナちゃんがシクシクと泣いていた。
「はあ……命令に従っただけだから自分は悪くないなんて、思考を放棄して、責任を他人に押し付けているだけじゃないか。なにが冥界監獄の門番だ。ふざけんな」
「ぐすんっ」
つい追い討ちをかけてしまったが――ともかく、これで僕の無実は証明できたはずだ。
僕はひと安心と、椅子に深く座る。
「シクシク……とりあえず、閻魔大王様に聞いてみるから、ちょっと待って欲しいのなー」
「分かった」
プラチナは尋問室に鬼を呼ぶと、ことの経緯を説明して、鬼を閻魔大王とやらのところへ遣わせる。
その間、尋問室でシクシク泣いているプラチナちゃんと二人きりになり、手持ち無沙汰になった僕は気になったことを尋ねた。
「そういえばお前、僕の記憶を取る時に気になること言ってたよな」
「……? なんの話だー?」
「ほら、僕が冥界に来たことがあるとか。だから蘇生魔法が効かなかったとか」
「ああ、それなー。お前を現世から冥界に連れてくる時になー。死神たちが、お前の周りで必死にリザレクションを使ってる金髪の女がいたって言ってたんだよなー。まあ、お前はもう二回死んでることになってるから意味なんだけどなー」
「僕が二回死んでいる……?」
「おーおー。お前、子供の頃に迷いの墓地に迷い込んだろー。あそこなー、冥界と現世を繋ぐ唯一の場所なのなー。お前、そこでケルベロスの尻尾を踏んだだろー?」
「ケルベロスの尻尾――」
ルーシアと初めて出会った時、僕は彼女を魔王城まで送り届けようとして――その道中、僕とルーシアは迷いの墓地に迷い込んだ。
そこで僕たちはプラチナの言う通り、冥界と現世の間を一歩だけとはいえ踏み越えたのだ。
「お前に蘇生魔法が効かないのは、そこで一回死んだ判定が出てるからだなー」
「は、はい? そんなことってあるのか……?」
「あるもなにもそれが事実なんだよなー。実際、あの時ケルベロスに襲われてるだろー? ケルベロスは死者を冥界から逃さないための番人なのなー。そのケルベロスに襲われたってことは、あの時点でお前が、世界から死んだ者として認識されていたってことになるのなー」
「……」
「ん? どうしたー? あまりにも衝撃的すぎて言葉もないかー?」
「いや、話が難しくてよく分からなかったから、どう反応したらいいかと」
「お前……結構、バカなのなー」
「よく言われる」
理解はできなかったが、ようやく僕が蘇生されなかった理由が分かった。
僕は肩を竦めてため息を吐く。
「まったく冥界ってのはロクでもないところだな。生前調査なしで有罪判決されるし、ちょっと冥界に足を踏み入れただけで死んだ判定とか」
「プラチナちゃんに言われてもそれが冥界のルールだからなー」
「冥界の主――閻魔大王だったか。一体どんなやつなのやら」
「……本当の閻魔大王様はとても素晴らしいお方なのなー。閻魔大王様を悪く言うのは許さないからなー」
「?」
プラチナは本気でそう思っているのか、先ほどまでシクシクしていたようすが一変。
鋭い眼力で僕を睨んできた。
「そう言われても、僕からしたら言われのない罪を被せてきたド畜生なわけだけれど」
「うーうー」
言い返せないのかプラチナが不満げに喉を鳴らす。
僕とプラチナが会話している折、尋問室に鬼がやってきた。
「プラチナ様。閻魔大王様がお呼びです」
「ん、分かったー」
「そこの男も連れて来るようにとのことです」
と、鬼は僕に目を向けて言った。
プラチナは頷き、僕の腕を掴んで椅子から立ち上がらせて、そのまま僕の腕を引っ張って連行する。
ついに噂の閻魔大王とご対面か。
一体、どんなやつなのかと少し緊張した面持ちの僕が連れて来られたのは、厳かな空気が支配している大きな部屋であった。
僕は部屋の中央にある椅子に座らされる。
僕は周囲に目を配りながら、隣に立っているプラチナに尋ねる。
「なあ、ここはなんだ?」
「ここは法廷なー」
「法廷?」
「閻魔大王様による審判が行われる場所なー」
「ふーん?」
右と左にも長いテーブルと椅子が用意されており、僕の正面には壇上があって、その上に魔王が座っている玉座に似た華美な装飾の椅子が鎮座している。
しかも、その椅子が大きい。
どんな巨人が座る椅子なのだろうかと首を傾げていると、その答えが向こうからやってきた。
ドシンドシンと地鳴りが如き足音とともに現れたのは、十メートルはあろうかという巨人であった。
ヒラヒラとした羽衣を靡かせて、無精髭を生やした中年ほどの男である。
彼が現れた途端、プラチナが膝をついて「閻魔大王様」と頭を垂れた。
あの人が――閻魔大王?
巨大な体躯に見合う巨大な顔面に、どんよりと濁った瞳――僕が思っていた閻魔大王とは大きく異なる容姿に眉根を寄せた。
「男……?」
おかしい。
レイヴンさんがナンパをしたというから勝手に女性だと思っていた――それが男?
訳が分からず困惑している僕を他所に、閻魔大王は椅子に深く腰を下ろした。
「話は聞いておる。ワシの裁定にミスがあったようじゃな。いやぁ、すまんかったすまんかった」
「……」
閻魔大王は「がっはっは」と笑って自分の手を叩く。
「で? プラチナ。例の記憶の本はどこにあるのじゃ?」
「こちらに」
プラチナはトテトテと閻魔大王のところへ小走りで近寄ると、例の本を閻魔大王に手渡した。
閻魔大王は自分の身の丈に比べて小さな本を手のひらに乗せて、じっくりと見つめる。
「なーるほどのぉ。ここにこの男が無実である証拠があるわけじゃな?」
「その通りです」
「――」
閻魔大王はしばしそれを見つめた後――近くで控えていた鬼を手招きで呼んでこう言った。
「おい、この本を燃やせ」
「っ!」
閻魔大王の一言にプラチナが戦慄した表情を浮かべる。
僕も驚いて目を見開いた。
「お、お待ちください。この者は無実で……」
「その証拠はこの本なのじゃろう? ならば、この本を燃やしてしまえば、この男が無実である証拠はない。そうじゃろう? 証拠がなければこの男は、このまま罪人として監獄で働かせておけるじゃろ?」
「し、しかしそれは……」
「がっはっは! プラチナや。ワシは誰じゃ?」
閻魔大王は椅子から立ち上がり、プラチナの前で屈んで彼女に顔を近づける。
プラチナは肩を震わせて、びくびくとした声音で「え、閻魔大王様です……」とか細い声で答えた。
「そう! その通りじゃ! ワシは冥界の主! ワシが冥界のルールじゃ。ならば、ワシの裁定に間違いなどないんじゃよ? ワシが黒といえば黒。白といえば白じゃ。そして、ワシはすでにこの男を黒としたのじゃ。それが覆るようなことがあってはならないと、そうは思わなんかのう?」
「……はい」
プラチナは力なく閻魔大王の言葉に頷く。
閻魔大王は彼女の答えに気を良くしたのか、妙な高笑いをあげた。
その光景を見ていた僕は、一言ぽつりと呟く。
「お前、かなりのド畜生みたいだな」
「がっはっは! なにを言おうが負け犬の遠吠えにすぎんのう。お前ら魂は、冥界に来た時点でワシの手のひらの上なんじゃよ。せいぜい、労働力としてこの先一生働くんじゃな。まあ、記憶を失っては廃人になってしまうだろうがな。がっはっは!」
「……」
閻魔大王の高笑いとともに、彼の隣で蝋燭の火を持った鬼が、僕の記憶が詰まった本を炙り出した。
やがて、本は燃え始め――。
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