第104話 レイヴンの目的
「なーなー。お前には学習能力ってのがないのかー? プラチナちゃんは言ったよなー? 次に悪いことしたら、お前が大事にしてる記憶を消すってなー」
「……」
僕はレイヴンさんの協力のもと、再び隔離牢屋から脱走して――すぐプラチナに捕まり、例の尋問室に連れて来られていた。
僕の対面に座っているプラチナは頭痛がするのか、額を抑えている。
「これ言ったのなー。三十分前なのなー。鶏は三歩歩けば忘れるっていうけどなー。お前は三十分で忘れるのなー」
「おい」
と、僕は目の前で呆れ返っているプラチナに向かって高圧的な態度を取る。
すると、当然プラチナは「む」と癪に障った表情で僕を睨み付ける。
「おーおー。プラチナちゃんが優しいからって、あんまし調子に乗ってると怒るからなー。激おこだかんなー」
「そんなことはどうでもいいんだよ」
「な、なんだよー。おっかない顔してー。そんなに睨みつけてもプラチナちゃんは囚人相手に屈したりしないからなー」
などと言いながらも、なぜか後半は声が萎んでいた。
いや、今はそんなことどうでもいい。
僕はプラチナに詰め寄り、彼女が手に持っていた僕の記憶である本を指差す。
「お前、僕の記憶を覗いたんだよな? なら、僕に被せられた罪が冤罪だって分かるよな?」
「ぷ、プラチナちゃんが見たのはお前の子供の頃の記憶と、お前が大事にしている女の記憶だけだぞー……」
「なら、今すぐ確認しろ」
「プラチナちゃんに命令を――」
「早くしろ」
「……」
ちょっと強めに言うと、プラチナが涙目で手に持っている本をペラペラと捲り始めた。
意外と見た目通り、素直な子供なのかもしれない。
僕は椅子の背もたれに背を預けてため息を吐く。
そして、プラチナが僕の記憶を見ている間、ここへ連行される前にレイヴンさんと隔離牢屋でしていたやり取りを思い出す。
※
「なるほどね。プラチナちゃんに記憶を奪われちゃったか。それは災難だったね」
「レイヴンさんの方は大丈夫だったか?」
「うん。僕は捕まっても、またここに送られるだけだからね」
「いや、送られるだけって……初対面の時よりも鎖でグルグル巻きにされてるけど、それははたして大丈夫と言えるのか?」
僕はほぼ球体になるくらいまで鎖で拘束されたレイヴンさんを見て、頬を引きつらせた。
「アハハ。大丈夫さ。慣れてるからね」
「な、慣れ問題なのか……」
「でも、よかったね。記憶を奪われて」
「どこが。正直、記憶を消されると困るんですよ……特にルーシアとの記憶は」
ルーシアのことを忘れた状態で仮に生き返ったとしたら――「よくもこの私のこと忘れてくれたわね?」と笑顔で僕を拷問するに違いない。
他の誰に拷問されるより、僕にとってルーシアからの拷問が一番怖い……。
「へえ、君の想い人の名前はルーシアと言うんだね。さぞ、可愛らしい女の子なんだろうね」
「ナンパする気ならやめておいた方がいいと思うけれど。あいつ怖いから」
「アハハ。そんなことしないよ。僕は人妻には興味ないんだ。NTRとか苦手だしね」
「ふーん? なんか意外。そういうの気にせず、誰彼構わず口説くのかと」
「アハハ。酷い評価をされていたものだね」
「自分の言動を省みれば、僕の評価が正当なものだって分かると思う」
「?」
自覚がないようだった。
「クロくん。僕はね、NTRが苦手なんだ。嫌いと言ってもいいね。だから、他人の女性には絶対に手を出さない。これは鉄の誓いだ。僕はたしかに女の子が好きで、可愛い子を見れば口説いてしまうどうしようもない男だけれど、そこだけは勘違いして欲しくない」
「そこまで否定するってことは、なにか理由でも?」
「……」
地雷を踏んでしまったみたいで、僕が質問した途端にレイヴンさんの方からどんよりした空気が漂ってきた。
「ごめん……デリカシーに欠けてた」
「いや、気にしなくていいよ。うん、君には話しておこうかな。実は僕、十五の頃に幼馴染と付き合っていたんだ」
「もうやめてくれ。聞きたくない!」
「僕は幼馴染のことが大好きでね……いつか彼女と結婚したいと思っていたんだ」
「話のオチが分かったから! もう最後まで言わなくていいよ!」
「いいや、聞いてくれ……。それで……それで……ある日、幼馴染が僕以外の男と!」
「うわぁ、胸糞悪くなった! だから聞きたくなかったのに!」
「まあ、嘘なんだけどね」
「嘘なのかよ」
「だって僕だよ? こんなにイケメンで超強いモテモテな僕が、他の男に負けるわけないじゃないか」
「とてもうざい」
「アハハ。幼馴染とは無事に結婚したし、子供もいるよ」
「ふーん?」
「ホワイトって女の子でね。今は十八歳になってるかな。クロくんは知らないかな?」
「いや、ホワイトなんて名前の女の子とは会ったことないけれど」
「そうか。運命の巡り合わせで、いつかは出会う時が来ると思うんだけれど……今はその時じゃないのかな?」
「……? なんの話だ?」
「おっと、こっちの話さ。気にしないでいいよ。それより、話を戻そうか」
レイヴンさんはなにやら意味深なことだけ言い残して、先ほどの話題に戻る。
「記憶が奪われた件だけど、そう悲観することはないと思うよ? 君、たしか生前調査を受けていないんだろう?」
「うん。なんとも杜撰な調査に、腸が煮えくりかえる思いだよ」
「君の怒りはごもっともだね。今の冥界は閻魔大王の怠慢と、看守たちの奢りで腐敗していると言っていい状況だ。審判はまともに下されず、正当な罰は与えられない」
「それって閻魔大王ってやつが好き放題してるってことか……?」
「そういうことになるね」
「……」
僕の中でいまだ見たこともない閻魔大王と、プラチナに対して怒りがふつふつと湧いてきた。
「まあ、それは今気にすることじゃない。今は君の話だ。クロくんはプラチナちゃんに記憶を奪われた――そうだね?」
「うん」
「それなら君の記憶から、君の無罪を証明できるんじゃないかな」
言われて僕は、「あ」と声をもらす。
「なるほど。言われてみればたしかに」
「君の冤罪が分かれば、君はここから出られるはずさ。そこで僕に考えがあるんだけれど」
「考え?」
「うん。それは――もう一度、ここから脱走してわざと捕まることだ。そうすれば、君は必然的にプラチナちゃんの尋問室に連れていかれるはずだ。そこでプラチナちゃんに、君の記憶を見てもらうように言えば……」
「僕の冤罪が証明できるか……」
「そういうことだね」
「……話は分かったけれど、レイヴンさんは大丈夫なのか?」
尋ねると、レイヴンさんがきょとんと首を傾げる。
「アハハ。まさか僕の心配をしてくれるのかい?」
「当たり前でしょ。レイヴンさんにはお世話になっているし……」
「アハハ。気にしなくていいよ。知っての通り、僕は捕まってもここにまた閉じ込められるだけだしね」
「だけど、レイヴンさんを置いて僕だけここを出るなんて……それに、シキのことだってまだ聞いてない」
「ああ、そういう約束をしていたね。でも、安心してよ。その約束は僕じゃない人が果たしてくれるからね」
「どういうことだ?」
「冥界監獄の外には、楽園と呼ばれる場所があってね。まあ、ここが地獄ならそこは天国みたいなところさ。そこにクシャナという僕の妻がいる。彼女に、シキのことを聞くといい」
「クシャナさんか……けど、やっぱり」
と、僕がそれでもレイヴンさんと一緒にと言うと、彼は困ったようすで「アハハ」と笑う。
「いいんだ。僕のことは本当に。まだここでやることもあるしね」
「やること?」
「うん。僕はなにも考えなしでここにいるわけじゃないんだ。僕は目的があってここにいる。だから、今ここで君と一緒に外へ出るわけにも行かないんだ」
「え? でも僕と一緒に出られたらシキのことを教えるって……」
「アハハ。実は最初から君だけ外に逃して、僕はまたここへ戻るつもりだったんだ。シキのことも初めからクシャナから聞いてもらおうと思っていたんだ。僕からじゃ、ちょっと説明しにくい事情もあるしね……。ごめんね、嘘をついて」
「……そうだったのか」
僕はここまで迷惑をかけてしまったレイヴンさんに申し訳なく感じた。
「なあ、レイヴンさんのその目的ってやつ……聞いてもいいかな」
レイヴンさんは僕の問いに対して、数秒ほど沈黙した後にこう答えた。
「この腐敗した冥界のあり方を変えること――それが僕の目的さ」
その後、僕はレイヴンさんの計画通り、わざと看守に捕まり、プラチナの尋問室に連行された。
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