第103話 人質

「逃げても無駄だぞー。大人しく捕まれー」


 レイヴンさんはプラチナが振り下ろした棍棒を紙一重で躱す。

 棍棒は目標を失って空振りし、勢いよく地面に叩き付けられる。

 すると、地面が砕けて破片が四散する。


「大人しく捕まったらお咎めなしだったりするかな?」

「そんなわけないだろー。脱走は重罪だからなー。プラチナちゃんスペシャル拷問コースだぞー」


「アハハ。それはそれで興味が湧くね。でも、捕まりたくないから遠慮しておくよ」

「プラチナちゃんから逃げられると思ってるなら大間違いだぞー」


 プラチナは逃げ惑う僕たちを追い続け、棍棒をぶんぶん振ります。

 彼女が棍棒を振り回すたびに余波で壁や床が砕け散る。


「まったく元気な子だね」

「なあ、レイヴンさん。このまま逃げ切れるのか?」

「いや、難しいかな。プラチナちゃんは、ここで僕たちを逃すほど爪の甘い子じゃない。と、言った側からだね」


 言われて進行方向に目を向けると、鬼たちが棍棒を構えて道を塞いでいた。


「どうやら挟み撃ちにされてしまったみたいだね」

「どうする?」

「さっきも言ったけれど――正面突破するよ!」


 レイヴンさんは力強く地面を蹴って、前方に見える鬼の壁に向かって疾走。

 鬼たちは向かってくるレイヴンさんに身構えるが、次の瞬間――レイヴンさんが大きく跳躍して、鬼の壁を軽々と飛び越ええしまった。

 鬼の壁を越えて着地すると、レイヴンさんはすぐに再び走り出す。


「す、すごい」

「逃げるだけなら鬼が何人束になっても問題ないさ。逃げ道があればだけどね」

「そんな逃げ道はー」


 と、背後からプラチナの声が聞こえたので目を向けると、鬼たちを蹴散らして追ってきたプラチナの姿が視界に映った。


「プラチナちゃんが全部塞ぐからなー」

「と、とんでもないな……」

「アハハ。そこもまた魅力的だよね」

「どこが」

「おーおー。余裕こいてられるのも今のうちだかんなー」


 鬼ごっこは続き、幾度となくプラチナの棍棒が襲いかかっては紙一重で避け、鬼たちに先回りされては飛び越えて――ということを繰り返しているうちに、僕とレイヴンさんはとうとう袋小路に追い込まれてしまった。


「アハハ。まんまと行き止まりに誘導されてしまったみたいだね」

「呑気なこと言ってる場合か?」

「おーおー。ようやっと追い込んだぞー」


 今、僕たちの目の前にはたくさんの鬼とプラチナが立ちはだかっており、背後には壁、退路は完全に断たれている。

 僕はレイヴンさんに抱えられたまま、


「あのーちなみに、この状況を打開できる隠された秘められし伝説の力みたいなのって……」

「アハハ。あったたらいいよね」


 ……。


「てめえらーそいつらをとっ捕まえろー」


 プラチナの命令で鬼たちが一斉に動き出し、僕とレイヴンさんは捕まってしまった。



「おーおー。よくもまあ、逃げ回ってくれやがったなー」

「えっと、ここは?」

「見れば分かるだろー」

「見て分からないから聞いているわけなんだけれど」


 僕は辺りを見回しながらプラチナに問いかける。

 今、僕が捕らえられているのは暗くジメジメとした小部屋であった。

 手足が鎖で拘束され、壁に磔にされているような状態である。


 小部屋内は蝋燭の小さな火だけが灯りとなっており、無数の拷問器具が設置されていた。

 中には慣れ親しんだ拷問器具もあって、さしづめ拷問部屋といったところか。


「お、あれはギロチン台じゃないか!」

「……なんでギロチン台を見て喜んでるんだー? お前、ちょっと変なやつだなー」


「いやぁ、ギロチン台を見るとなんだか実家に帰った安心感みたいなのがあってさ。すごく心が安らぐんだよなぁ」

「訂正するー。ちょっとじゃなくて危険なレベルで変だなー」


 プラチナはため息混じりに言って、続けて僕の質問に答える。


「ここはプラチナちゃんの拷問部屋なー。お前みたいな悪いことした囚人に罰を与えるための部屋なー」

「なるほど。でも、ここの拷問器具って使ったら死んじゃいそうなものばっかりなんだけれども」


「おーおー。安心しろよなー。冥界じゃ死ぬとか概念はないからなー。でも、死ぬ痛みは永遠に味わえるんだぞー。すごいだろー」

「死ぬ痛みを永遠にかぁ。痛そうだなぁ」

「……お前、本当に変なやつだなー。ここに入れられた囚人は、みんな死ぬ痛みの恐怖で泣き叫ぶのになー。お前、怖くないのかー?」


 プラチナは本当に不思議そうな表情で、気怠げに尋ねる。

 僕は頭を横に振った。


「怖いというかいやかなぁ。火炙りとか苦しそうだし。串刺しとか、実は見た目以上に苦しくて痛いんだってさ」

「なんでちょっと拷問に詳しいんだー?」


「あー身近に拷問器具が大好きなやつがいて」

「お、お前……友達は選んだ方がいいってプラチナちゃんは思うなー」

「……」


 ごめんなさい。

 それ、友達どころか僕の恋人なんです。


「はは……生前、もう何度ギロチン台に拘束されたことか」

「なんだかプラチナちゃん可哀想になってきたぞー」

「いいんだ。遠慮せずやってくれ。できれば、最初はギロチン台がいいなぁ」

「なんかこいつやり難いなー」


 プラチナはうへぇと表情を歪ませた。


「なんかお前にはあんまり拷問とか意味なさそうだからやめだなー」

「え? しないのか? 拷問」

「この手の拷問は死ぬこととか、痛みとかを怖がるやつじゃないと意味ないしなー。お前、死ぬのも痛いのも、苦しいのも平気だろー?」

「そんなことないけれど。僕、痛いのも苦しいのもいやだ。あと死ぬのも」


「いや――ってだけで、怖いわけじゃないんだろー。だから、意味がないんだよなー。恐怖がなければそれは罰にならないんだよなー。罰にならないなら、お前はまた脱走を繰り返すだろー。それじゃあ拷問の意味がないからなー。罰は繰り返させないためにやるもんだかんなー。プラチナちゃんは、無益な罰はしない主義なのなー」


「ふーん? まあ、拷問がなしになったなら、ありがたいけど。ただ、代わりにどんな罰になるのか怖いんだけれど……」

「そいつはお前のことを知ってから、決めることにするなー」


 プラチナはそう言って、指を鳴らす。

 すると、どこからともなく鬼が現れて僕の拘束を解いた。


「えっと……僕のことを知るっていうのはどういう?」

「そのままの意味なー。お前のことをこれから尋問して、お前がなにに怯えて、なにを怖がるのかを調べるのなー。それでお前への罰を決めるのなー。分かったかー?」


「……わ、分かった」

「じゃあ、ついて来るんだー」


 言われて僕はプラチナの後について歩く。

 それから数分後。

 プラチナに連れて来られたのは尋問室であった。


 シンプルな内装の小部屋に四角いテーブルと、椅子が二つ。

 この部屋もやはりテーブルに置かれた蝋燭だけが灯りとなっており、かなり暗かった。

 僕は椅子に座らされ、その対面にプラチナが座る。


「そういえば、レイヴンさんはどうなったんだ?」

「おーおー。あいつは今頃もといた隔離牢屋だろうなー」

「罰とかないのか?」

「あいつには恐怖心がそもそも存在しないからなー。なにを罰にしても意味がないんだよなー」


「へ、へえ……」

「それより、今はお前の尋問なー」

「尋問って言っても、僕が素直に答えるとでも?」

「まあ、そうだろうなー。だから、お前の頭に直接聞くことにするなー」

「僕の頭に直接?」


 と、僕が困惑している間にプラチナが僕の頭を小さな手で鷲掴みにする。


「ふーん、なるほどなー。お前、昔冥界に来たことがあるんだなー。それで蘇生魔法が効かなかったんだなー」

「は、はあ? 一体なにを言って……」

「んー。よーし決めたぞー。お前への罰は――記憶の消去なー」

「え?」


 瞬間、僕の中からごっそりとなにかが持っていかれる感覚に襲われた。

 プラチナが僕の頭から手を離すと、僕を酷い頭痛が襲い頭を抑える。


「っ! お前、なにを……!」

「おーおー。今、お前から記憶を奪ったんだー」

「記憶を……?」

「ほら、これがお前の記憶なー」


 と言って、プラチナが見せてきたのは一冊の本であった。


「それが……僕の記憶なのか……?」

「おーおー。そうだなー。これは言うなれば人質みたいなもんだなー」

「人質?」


「おーおー。お前の記憶であるこの本のページを毟り取ると、お前の頭からその毟り取られたページの記憶が消えるのなー」

「!」

「おーおー。いい顔してるなー」


 プラチナは僕の反応を見て楽しんでいるようだった。


「……その本を燃やして僕の記憶を消すのか」

「そんなことしても罰にならないだろー? お前が大事にしている記憶がなくなったら恐怖しないもんなー。お前に恐怖心を与えるなら、ゆっくりじっくり……お前が大事にしている女の記憶を消すのがいいだろうなー」

「……」


 僕は押し黙った。


「おーおー。今回は初犯だからなー。この辺で許してやるけどなー。今度悪いことしたら、少しづつ本のページを毟り取るからなー。分かったかー?」

「……分かった」

「よーし、それじゃあ今日のところは牢屋に戻るんだなー」

「……」


 僕はプラチナの指示で鬼たちに連れられて、再びあの隔離牢屋に戻された。

 それから間もなくして――僕はレイヴンさんと再び脱走して捕まるのだった。

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