第102話 参上、プラチナちゃん

 僕たちが捕らえられていたのは冥界監獄と呼ばれる場所だと、道中でレイヴンさんが言った。


「冥界監獄は、さっき言った審判で罪人と下された人たちが送られる場所でね。ここで罪人に対する労働や拷問をしているんだよ。ほら」


 レイヴンさんは物陰に隠れたまま、僕に見るよう促す。

 言われるがまま見ると、黒と白の縞模様の囚人服を着た人たちが、えっちらおっちら何やら重そうな荷物を運んでいた。


「さあ、クロくん。行こうか。ここからは人の目が多くなる。慎重に行こう」

「なんか意外」


 僕はレイヴンさんの後について進みながら言った。


「意外? なにが?」

「いや、こんな真面目にスニーキングミッションをするとは思わず。なんかこう……『正面突破だぁ!』みたいな感じを想像してたんだけど」

「アハハ。ずいぶんと乱暴な考え方だね」


 たしかに。

 近頃、脳筋に囲まれていたせいか、ちょっと思考が毒されてきているのかもしてない。


「まあ、僕も力づくでここを出られるのなら、そうしたんだけどね。その方が早いし」

「じゃあ、どうして?」

「冥界だと魔法が使えないからさ」

「魔法が……?」


「うん。見ての通り、僕は普通の人間だからね。身体能力では鬼の看守たちには劣るんだ」

「さっきの光景を見たら、とても信じられないわけだが」

「アハハ。いろいろ理由はあるけれど、あれは彼が一人だったからで本来、腕力だけで勝てる相手ではないよ。正直、複数に囲まれてしまうと身体能力で劣る僕では、クロくんを守りながら正面突破するのは難しいんだ」


「だから、こうやって隠れているわけか。ちなみに、どうして冥界だと魔法が使えないんだ?」

「クロくんは魔法について、どれくらい知っているのかな?」

「えっと」


 言われて、僕はずいぶん前にルーシアから魔法のレクチャーを受けた時のことを思い出す。


「――魔法は魔力がないと使えない。魔力は僕たちの体の中にあって、空気とか草花とか、とにかく万物に必ず存在する物質の構成要素。魔法はその魔力をエネルギーに、事象を改変する行為だったかな?」

「うん。百点の回答だね。あまり魔法には詳しくなさそうだけど、誰に教えてもらったのかな?」

「身近に詳しいやつがいて」

「ふーん?」


 僕は苦笑した。

 ルーシアに魔法のことを聞いた当時は、「使う場面のなさそうな知識だよなぁ」なんて言ったものだが、まさかこんなところでこの知識を披露することになろうとは夢にも思わなかった。


 レイヴンさんは物陰から周囲のようすを窺いつつ口を開く。


「今、クロくんが言った通り、魔力がなければ魔法は使えないんだ。そして、その魔力が冥界には一切存在しない」

「魔力が一切?」

「魔力は僕たちの体の中にある――そう言ったね?」


「言ったけれど……あ、なるほど。ここは死者の魂が最後に行き着く場所。魔法を使うための魔力があるのは体で、魂だけになった今の状態は魔力がないから魔法を使うことができない――そういうことか?」

「正解。ここは魂――いわば精神の世界だからね。魔力という物質の構成要素が存在しないんだ。だから、魔力をエネルギーにする魔法は使うことができないんだ。困ったものだよね〜」


 とにもかくにも、正面突破ができないことは理解した。


「というか、その話しだとそもそも身体能力って概念はどうなってるんだ? さっき鬼に劣るって言っていたけれど、精神だけの世界で身体能力なんて概念があるのか?」

「いい質問だね。君の言う通り、この世界における身体能力は現世と異なるんだ。なにせ体がないからね」


 レイヴンさんは得気な表情で続ける。


「この冥界における身体能力とは、精神力のことなんだ」

「精神力?」

「うん。平たく言うと、精神の強さ……かな。冥界では精神力が高い人ほど、身体能力が高いんだ」


「な、なるほど? よく分からないけれど分かった」

「アハハ。鑑定スキルがあれば精神力のステータスを客観的に見られるんだけどね」

「鑑定スキル……」


 これまたずいぶん前に、闘技場でルーシアから教えてもらったような。

 まあ今はどうでもいいかと、続いての質問をレイヴンさんに投げかける。


「あともう一つ聞きたいんだけど」

「シキのことかい?」

「……」


 レイヴンさんは僕の思考を見透かした顔で、「まあ気になるよね」と肩を竦める。


「最近になって、その名前をよく聞くようになって……顔が似ているとか、息子だなんだの。聞けば、不死教団とかいう危なそうな組織のリーダーだって言うし。いい加減、はっきりさせておきたいんだ」


 シキという人物と、僕の関係を。

 だから、知っているなら教えて欲しいと僕はレイヴンさんに懇願した。

 レイヴンさんは僕の懇願に対して、困った表情を浮かべる。


「シキのことを説明するには時間がかかる。特に、君には包み隠さず全てを教えるべきだろうしね」

「?」


 一体どういうことなのかと首を傾げる僕に、レイヴンさんは「アハハ」と陽気に笑った。


「ここから無事に出られたら――その時はシキのことを教えてあげよう。正直、ここから無事に出られるか怪しいしね」

「勇者のレイヴンさんでも難しいのか……?」


「うん。さっきも言った通り、大勢に囲まれると厳しいのと――もう一つ大きな障害があるんだ。冥界監獄の出入り口を守護する門番がいてね。プラチナちゃんっていう可愛い女の子なんだけど、すっごく強くてね」

「それってレイヴンさんより強いのか?」

「今の僕よりは少なくとも」

「マジか……」


 かつては三強と呼ばれていたレイヴンさんが、魔法を封じられ、身体能力の概念が異なる冥界にいるとはいえ、勝てないとは予想外だった。


「アハハ。プラチナちゃんって強くて可愛い上に、声までキュートでね。ついつい見惚れちゃってね〜」

「お前が勝てない理由、見惚れてるからじゃないのか?」

「そんなわけないじゃないか〜。でも、君もプラチナちゃんを見れば、僕の気持ちが分かると思うよ?」


「レイヴンさんの気持ち?」

「そう――ナンパしたくなる気持ちがね!」

「分かりたくない」

「アハハ。クロくんはつれないんだね。ナンパはいいよ? 新たな出会いをくれるからね。ここを無事に出られたら、一緒にナンパでもどうかな?」


「遠慮しておきます。僕、心に決めた恋人がいるので」

「へえ? その子はどんな子なのかな?」


 と、レイヴンさんが物凄く目を輝かせて食いついてきた。


「な、なんだよ急に? そんな前のめりになって聞くことか?」

「おっと……失礼。君がどんな子とお付き合いしているのか気になってね。それで? どんな子なんだい?」

「どんな子って……そうだなぁ。サイコパス?」

「さ、サイコパス?」


「うん。好きな男をギロチンで殺そうとするような。そんな感じのやつかなぁ」

「んー? 君はどうしてその子とお付き合いをしているのかな?」

「え? そりゃあ好きだからですけど」

「今の話を聞いた限りだと好きになる要素ないと思うんだけれど。あ、もしかして君って嬲られて喜ぶドM――」

「違う」


 僕は即答した。


「それじゃあ。一体どこに惚れたんだい?」

「どこにかぁ」


 僕はルーシアのことを思い浮かべる。


「まあ、胸かなぁ」

「君、なかなか最低だね」

「レイヴンさんには言われたくない」

「アハハ。じゃあ、僕と同類だね?」

「やめてくれ……」


 僕がうんざりした顔をすると、レイヴンさんも楽しそうに笑って「さて」と急に真面目な顔つきになる。


「お喋りはこの辺にして、そろそろ行こうか。実はまだ長いからね」

「そうだな」

「えー? 寂しいこと言わずにもっとゆっくりして行けよー」

「「っ!」」


 僕とレイヴンさんは不意に聞こえた第三者の声に振り向く。

 すると、僕の視界にプラチナブロンドの髪をお団子にしたヘアスタイルの幼女が、背後に立っていた。

 青色が基調の服に帽子を被った姿はまさに看守といった出立で、アメジスト色の瞳は獰猛に光っている。


「まずい!」


 と、レイヴンさんの叫び声が聞こえたと同時に幼女が動き出す。


「おーおー! プラチナちゃんだぞー!」


 刹那、幼女はどこから取り出したのか大きな棍棒を手にし、問答無用で僕に向かって振り下ろしてきた!

 避けられず潰れるかと思われたが、間一髪でレイヴンさんが僕をその場から救出。

 お姫様抱っこで僕を抱いたまま走り出す。


「い、今のは!?」

「あれがさっき話していたプラチナちゃんだよ。可愛いでしょう?」

「どこが。危うく棍棒でぺしゃんこになるところだったんだけれど」

「アハハ」


 などと、話してしる間にも「おー待てよー」とプラチナが棍棒を片手に猛スピードで追ってくる。

 どこをどう見たら可愛いのか。

 いや、たしかに見た目は愛らしい。


 特に頭部からちょこんっと出ている角はチャーミングだが――やはり、あの体躯で大きな棍棒を振り回している絵面を見ると可愛いなんてとても言えない。


「ああ、まさか僕が女の子意外をお姫様抱っこすることになるなんてね。とても複雑な気分だよ」

「僕もそれは同じだから、できれば我慢してこのまま運んでくれ。レイヴンさんが降ろした瞬間、あの子に轢き殺される自信がある」

「アハハ。仕方ない。なら我慢するとしようか」


 直後、警報が鳴り響く。


「どうやら完全に見つかってしまったらしいね。仕方ない……ここからは正面突破で行くしかないね」

「結局こうなるのかぁ」

「アハハ。というか、どうしてプラチナちゃんがここにいるのかな? 君は監獄の出入り口を守護する門番だったと記憶しているのだけれど」


 レイヴンさんは走りながら尻目にプラチナを見て問いかける。

 問いかけられたプラチナは、「おーおー」と間の抜けた声音で答えた。


「危険人物の隔離牢屋から二人がいなくなってることに気がつかないわけないだろー」

「なるほどね。早い段階で気がついて、僕たちを泳がせていたということかい?」

「そーいうことだなー」


「アハハ。まんまとしてやられたというところかな」

「なあ、レイヴンさん。ということは、すでに逃げ場はないんじゃ……」

「だろうね。いや〜参った参った〜」

「呑気に言ってる場合じゃなくね?」


「おーおー。逃げても無駄だぞー。お前たちは完全に包囲されてるからなー。出入り口はこのプラチナちゃんの指示で、完璧に封鎖してるからなー。万が一にも、逃げる隙はないからなー」

「さすがプラチナちゃんだね。可愛いだけじゃなくて、仕事もできるなんてさすがだよ。よかったら、今度僕とデートでも行かないかい?」

「こんな時にナンパをするな」


「んー断るー。なんか嫌だー」

「アハハ。もしかして照れてるのかな?」

「ポジティブすぎるだろ……」


 そんなこんなで、僕たちとプラチナによる冥界監獄での鬼ごっこが始まるのだった。

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