第101話 大罪人
僕が牢屋の中で目覚めてから一時間くらい経った頃だろうか。
コツコツと足音が近づいてきたかと思ったら、鉄格子の前に筋肉ムキムキの人が立っていた。
否、人ではない。
頭から角が生え、口の端から鋭い牙が見え隠れしていた。
体色は真っ赤に染まり、腰には虎模様の腰巻がされている。
一見、オーク族に見えるが――違う。
これは正しく鬼だと、僕は直感した。
レイヴンも音で分かったのか、「おや?」と首を傾げた。
「やあ、看守くん。君が食事を渡す時以外でここへ来るなんて珍しいね?」
「オデだって来たくて来たわけじゃない。ちょっと新入りのようすを見に行くよう命じられてな」
と、レイヴンさんが看守と言った鬼の視線が僕に向く。
「お前が噂の大罪人か」
「僕、そんな注目されてるんですか?」
「やったじゃないか、クロくん」
「嬉しくねえよ」
「ふんっ。大罪人の癖にずいぶんと余裕じゃないか。お前は閻魔大王様の裁定により、これから地獄の拷問が待っているんんだからな! 笑っていられるのも今のうちだ!」
「理不尽だ」
僕は天井を仰いだ。
「僕、一体なんの罪でここにいるんですか?」
「罪の自覚がないとは、それすらも罪だ! あとでお前の罪を重くしてもらおう」
なぜか墓穴を掘ってしまった。
理不尽すぎる。
「アハハ。看守くん、いじわるしないで話してあげなよ。彼はまだここへ来たばかりなんだ」
「うるさい! 大罪人がオデに命令するな!」
「おや? ずいぶんと嫌われたものだね。それに大罪人なんて、とても心外なことだよ。僕はただ、可愛い女の子を口説いただけじゃないか」
「それが罪だと言っているのが分からないのか!? 生前、何人もの婦女を泣かした挙句、平然と重婚したド畜生め! だというのに、死後も反省せず、あまつさえ閻魔大王様をナンパなど……い、言っていて頭が痛くなってきた!」
「アハハ。大丈夫? 病院に行った方がいいんじゃない?」
「誰のせいだと思っている!」
看守は疲れた顔で額に手を当ててため息を吐く。
「はあ……まあいい。自身の罪に気がついていないというのなら教えてやる。いいか? お前の罪は死者への冒涜罪だ」
「死者への冒涜?」
意味が分からず首を傾げていると、看守がおもむろに僕の左腕に指を差した。
「お前のその左腕に与えられた呪い――それは正しく不死教団である証!」
「え?」
「お前の生前調査など、もはや必要ない! その左腕の呪いが、お前が大罪人であることを物語っている!」
不死教団――まさかここでも聞くことになるとは思わなかった。
詳しい話を聞くと、不死教団が行っている非道な実験の数々は冥界においても、大罪人として罰せられるという。
そのため、不死教団と同じ呪いを受けている僕を見て、閻魔大王はすぐさま僕をこの牢屋にぶち込んだとのこと。
ちなみ、本来なら生前調査と呼ばれる生前にどのような罪を作ったのかという調査をするらしいが、僕はこの呪いだけで不死教団の一員であることが確定してしまったらしく、生前調査すら行ってもらえないとのこと。
「いやいや、ちょっと待ってください。その生前調査、ちゃんとやってくださいよ。そうすれば、僕が不死教団と無関係だって分かるはずです!」
「シラを切っても無駄だ! お前が不死教団リーダーであるシキの息子だということは分かっている! 無関係などと嘘をついても無駄だ!」
「そういえば、そんな話をしたなぁ」
まさかここに来て、僕の左腕の呪いとシキという人物に関する問題が襲ってくるとは。
とはいえ、僕には身に覚えのない罪だし、生前調査をしてもらえれば誤解だということは簡単に分かってもらえるはずだ。
なんとか信じてもらえないだろうかと思考を巡らせていると、レイヴンさんが「今なんて言った?」と、これまでの陽気な雰囲気が一変。底冷えする声音でレイヴンさんが看守に問いかける。
「ねえ、看守くん。今、クロくんがシキの息子だと。そう言ったかな」
「な、なんだ? それがどうした?」
看守もレイヴンさんの変わりように驚いているのか、牢屋の中にいるレイヴンさん相手に気圧されて後ずさる。
レイヴンさんは数秒ほど沈黙した後、全身鎖で拘束されているにも関わらずすくっと立ち上がり――瞬間、彼を拘束していた鎖が弾け飛んだ。
これには僕も看守も「え?」と、間抜けな声を揃える。
レイヴンさんは拘束が外れて、自由になった手で自身を覆っていた布を取っ払う。
すると、中から絶世の美男が現れた。
濡れ羽色の髪は目に被るほどの長さで、深淵が如き瞳はずっと見ていると吸い込まれそうな魅力を放っている。
整った目鼻立ちに、優しげな雰囲気を纏った表情――なるほど、自分でモテると公言するだけあって、男の僕でも魅了されてしまうほどの美男である。
レイヴンは布を取っ払ってすぐ、僕に目を向けると懐かしげに目を細めた。
「――なるほどね。その顔は、たしかにシキそっくりだ」
「え?」
訳が分からず困惑している僕を他所に、レイヴンさんは鉄格子の前で驚愕している看守に目を向ける。
「お、お前! 一体どうやって拘束を!?」
「悪いけれど、あの程度の拘束じゃあ僕を抑え込むことはできないよ」
「な、なんだと!?」
「アハハ。このまま大人しく捕まってあげててもよかったんだけどね。でも――少し状況が変わった」
レイヴンさんは独り言のように呟きながら鉄格子の前まで歩くと、いとも容易く鉄格子を両手で曲げて、人ひとりがと通れる隙間を作った。
「な、なな!?」
看守は立て続けに驚き、その場で尻餅をついてしまった。
レイヴンさんはそんな看守を気にも留めず、僕に声をかける。
「クロくん。君、生き返りたいと言ったね」
「え? い、言ったけど」
「それ手伝ってあげるよ」
レイヴンさんは言って、僕に近づくと僕を拘束していた鎖を引きちぎり、手足についた枷を握り潰して破壊する。
「さあ、ここから逃げようか」
「ちょ……いきなり言われても。どうして急に?」
「ん? そうだなぁ。気が変わったからとでも言っておこうか」
「……お前もシキのことを知っているのか」
「うん。よーく知っているよ。君は――どうやら知らないみたいだけれどね」
「……」
僕はレイヴンさんの顔を見あげる。
シキ――不死教団のリーダー。
僕の親かもしれない人。
いろいろ気にあることはある。
聞きたいことがある。
けれど、今は――。
「――本当に手伝ってくれるのか?」
レイヴンさんは僕に問いに対して、薄く笑みを浮かべた。
「もちろん、本当だとも」
勇者レイヴン・シュー・ヴェルクと名乗る彼とは、まだここで会ったばかりだ。
悪い人ではなさそうだが――いや、確実に女の敵ではあるが――完全に信用はできない。
しかし、今ここから出られるチャンスを逃せば、当分その機会は巡ってこないだろう。
ならば、ここはダメ元で彼に助けを求めるしかない。
僕は頭を振って立ち上がった。
レイヴンさんはそれを見て、「それじゃあ行こうか」と笑みを浮かべ、牢屋から出ようと歩き出す。
レイヴンさんと揃って牢屋を出ると、ここまで沈黙した看守がハッと我に返って立ち上がり、レイヴンさんの前に立ちはだかった。
「な、なに勝手に出ようとしてるんだ! ふざけるな! ここはこのオデが通さない!」
「やれやれだね。あまり手荒な真似はしたくないんだけれど」
「余裕を見せていられるのも今のうちだ! 喰らえやぁ!」
看守は拳を握り、レイヴンさんに向かって拳を振り下ろす。
レイヴンさんは僕の前に立ったまま微動だにせず、看守の拳を片手で受け止めた。
「先に手を出してきたのは君だからね?」
レイヴンさんは空いている手で看守の頭を鷲掴みにすると、そのまま看守の頭を地面に叩きつける。
地面が砕けて、看守の頭が減り込む。
看守はこん一撃でぴくりとも動かなくなり、レイヴンさんは一仕事終えた表情で手を叩く。
「ふう……さて、片付いたね。行こうか、クロくん」
「……なにが手荒な真似はしたくないだ。めちゃくちゃ手荒な真似してるじゃん」
「アハハ。正当防衛さ」
「笑顔で言うな」
本当にこの人についていって大丈夫なのか不安になるが、無力な僕が現状頼れるのはレイヴンさんだけだ。
僕はため息を吐きつつ、渋々レイヴンさんについて行くことにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます