おはよう、冥界

第100話 その男、最低につき

「やあ、気がついたかい?」

「……?」


 目が覚めると、僕は見知らぬ場所にいた。

 無機質な石で覆われた小さな部屋に鉄格子がある。

 手足を動かそうとすると、ジャラジャラ音が鳴った。

 見ると、僕の手足が鎖で繋がれていた。


「な、なんだこれ……?」


 無意識に呟くと、先ほどと同じ声が聞こえた。


「よかった。意識ははっきりとしているようだね」


 僕はそこで初めて、僕と同じように鎖で拘束されている人が、隣にいることに気がついた。

 布で全身を覆われ、その上から鎖をグルグル巻きにされているため顔が窺えないが、声からして男性なのだろう。


「えっと、あなたは?」

「アハハ。こんな状況で、先に気になることがそれかい? 君はだいぶ変だね?」

「全身厳重に拘束されている人に言われたくないんですけど」

「アハハ。それもそうだね」

「……」


 なんとも暗い雰囲気の場所には似合わない陽気な調子の人である。

 彼の言う通り、まずはここがどこなのか尋ねるべきだろうと考え、僕は口を開いた。


「ここはどこなんですか?」

「冥界さ」

「め、冥界? それって死んだ人の魂が最後に行き着くっていう?」

「うん。その冥界だよ」

「……じゃあ、やっぱり僕は死んだのか」


 僕は自分が殺された瞬間のことを思い出す。

 突然、後ろから首を刃物で刺されて――僕は死んだのだ。

 冥界にいるということは復活魔法も使えなかったのだろうか。

 一体どうしてと顎に手を当てて思考を巡らせていると、隣人が口を開いた。


「君、ずいぶんと落ち着いているね。冥界に来て、自分の死を自覚した人は多かれ少なかれ、混乱したり、動揺したりするものだけれど」

「まあ、僕は死ぬ時はあっさり死ぬんだろうなと思っていたので、覚悟はしていましたから」

「ふーん? 面白そうな人生を歩んできたんだね?」

「それなりには」


 僕はチラッと全身拘束されている隣人に目を向ける。


「それで、あなたは? どうして全身鎖で拘束されているんですか?」

「アハハ。それは僕が冥界で危険人物指定されているからだね」

「危険人物指定?」


「うん。この牢屋は、危険人物を収監して隔離する場所なんだ」

「え? なんで僕はそんなところで目が覚めたんですか?」

「危険人物だと思われたんじゃないかな?」

「僕、なんの変哲もない人間なんですけど……」


「アハハ。それを決めるのは君じゃない。閻魔大王だよ」

「閻魔大王?」

「冥界の主さ。冥界のあらゆることを定め、冥界へ来た魂の審判を行う」

「つ、次から次へと知らないことが……」

「アハハ。まあ、ここへ来たばかりだから仕方ないね」


 隣人は笑って、冥界について教えてくれた。

 魂が最後に行き着く場所――冥界。

 冥界へやって来た魂は、冥界の主である閻魔大王による審判で、冥界における暮らし方が変わるらしい。


 生前に善い行いをしている者は冥界で自由な暮らしが約束され、逆に悪逆の限りを尽くしていた場合は閻魔大王の審判のもと、生前の業が洗い流されるまで労働や拷問が与えられるという。


「つまり、ここへ収監されたということは、君が生前尋常ではない罪を作っていたということになるんだ。一体、なにをやったんだい?」

「み、身に覚えはないんですけど」


 そもそも、なにが罪なのか、罪じゃないのかも分からないのだ。

 心当たりなどあるわけもない。

 ひとまず、状況は分かった。


「えっと、最後に聞きたいんですけど」

「ん? なにかな?」

「冥界から現世に戻ることってできますかね……?」

「できるよ?」


「そうですよね……やっぱりできませんよね……え!? できるんですか!?」

「うん。さっきも言ったけど、冥界は主である閻魔大王が管理しているんだ。だから、閻魔大王なら冥界から現世へ……つまり、生き返らせることは可能だよ。まあ、絶対に許可は出さないと思うけどね」

「そうですか……」


 だが、方法がないわけではないというのは僕にとって朗報であった。


「君は生き返りたいのかい?」

「え? そうですね。まだ、やり残したことがあるので。こんなところで死んでる場合じゃないんですよ」

「ふーん? あ、そういえば君の名前を聞いていなかったね?」

「そういえば」


 僕はいろいろと冥界のことを聞いておきながら、自分の名前はおろか、相手の名前も聞いていなかったなと、あらためて自己紹介する。


「僕はクロ・セバスチャンです」

「クロくんか。僕は――レイヴン。レイヴン・シュー・ヴェルク。よろしくね」

「えっ」


 僕は隣人の名前を聞いて絶句した。


「レイヴン・シュー・ヴェルク……?」

「おや? 君は僕の名前を知っているのかな?」

「し、知らない人の方がむしろ少ないですよ。だって、その名前……歴史の本に載ってる。有名な――勇者の名前ですから」


 僕が声を震わせながら述べると、隣人――レイヴンは「アハハ」と笑った。


「僕の名前が歴史の本に載っているんだね。嬉しいなぁ」

「えっと、本当にあの勇者本人なんですか?」

「僕は自分から勇者を名乗ったことはないよ? あれはみんなが勝手に呼んでいただけさ」


「でも、勇者って人間国の英雄に与えられる称号だって聞きましたけど」

「だから、周りが勝手にそう呼んでいただけさ。僕は人間国のために戦ったことはないよ」

「そうなんですか?」

「うん。人間国は腐敗していたからね。守る価値もない――けれど、僕は僕の大事な人たちを守りたかった。だから、魔王と戦っただけなんだ。まあ、戦う必要はなかったけれどね」


「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。ゲーティアは平和な世界を築こうとしていた。腐敗しきった人間国を守るより、ゲーティアに任せた方がいいと思って、僕は彼と戦うのをやめたんだ。まあ、うっかり人間国の人に騙されて僕はこうして死んでしまったんだけれどね〜。アハハ」


 笑い事じゃねぇ。


「というか、どうしてあの勇者が危険物指定されて収監されてるんですか?」

「あ〜それね。僕って、とてもモテるんだけど」

「なんかもう聞きたくなくなったんですが」

「まあ最後まで聞いてよ〜。僕、かっこよくて強くてイケメンだから女の子からとてもモテるんだけど」


「もう一回言わなくていいです」

「僕も僕で可愛い女の子に目がなくてね。生前はいろいろな女の子に手を出したものさ。妻は四人もいるしね」

「最低だな」

「アハハ。もちろん、みんな平等に愛していたよ? ただ、浮気がバレた時は袋叩きにされて、危うく死にかけたけどね? アハハ」


「お前がここにいる理由が分かった」

「おや? クロくんの態度が冷たい……」

「当たり前だろ」


「アハハ。まあ、そんな感じで生前はハーレムを作っていたんだよね。それで、こっちへ来てすぐに閻魔大王をナンパしたらブチ切れられてね? ここへぶち込まれたということさ。いや〜参った参った〜」

「……」


 僕はうんざりした顔で天井を仰いだ。

 こんな勇者はいやだ。

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