第99話 嵐の前兆
ルーシアが通話機で魔王とシロを呼び出して、謁見の間に二人は集まった。
魔王があらかじめ人払いをしていたため、謁見の間には魔王とシロ以外にはおらず、二人とも顔を見合わせたまま数十分ほど沈黙していた。
沈黙を先に破ったのはシロの方だった。
「……クロったら、遅いわね」
「そうだなぁ。俺を待たせるとは、あいつは本当にいい度胸してやがるぜ」
「魔王が偉そうにすんじゃないわよ」
「いや、魔王だから実際偉いんだがな?」
「あたしには関係ない」
「ほーん? 俺が止めなきゃ、お前は今頃テロ事件の首謀者として投獄されているはずなんだが? その件についての感謝とかないのか? んー?」
「恩着せがましい! あたしは自分がやったことを間違えたとは思わないわ!」
シロは魔王を睨みつけて一歩前へ出る。
「あたしは、あたしから家族を奪ったあんたに復讐するために、ここまで来たんだから!」
「そりゃあ勘違いだ。俺はお前の家族奪ってねえよ。お前も、薄々勘づいているんじゃないか? 勘違いだって」
「うっ……」
「だから、あの時のことを俺に直接聞きたかった。そうだろう?」
「な、なによ! あたしのことを見透かしたみたいな言い方して……魔王の癖にむかつく」
「フハハ! 俺は人の上に立つ男だぜ? これくらいの読心術は朝飯前だ」
「ふんっ」
シロは不機嫌そうにそっぽを向いた。
魔王は彼女の態度に苦笑しつつ口を開く。
「それで? なにを聞きたい」
「いくつかあるけど、まずは――あたしの弟はまだ生きてるの?」
「生きてる。この魔族国でな」
「っ!」
シロは魔王の解答に喜色の笑みを浮かべると、すぐに顔を俯かせた。
「そっか……よかった……本当によかった……!」
「誰がお前の弟なのか分かるか?」
「……クロ・セバスチャン」
シロがぽつりと呟いた名前に、魔王は大きく頷いた。
「やっぱり、そうなのね。あいつが……あたしの家族だったんだ……それじゃあ、クロ・セバスチャンって本当の名前じゃないのね?」
「その通りだ。あいつの本当の名前はブラック・シュー・ヴェルク。正真正銘、お前の弟だ。ホワイト」
「え!?」
ホワイトと呼ばれたシロは、面食らったようすで素っ頓狂な声をあげた。
「な、なんであたしの本名知ってるの!?」
「そりゃあ昔、お前の母親から聞いたからな」
「な、なるほど……」
「というか、シロって名前、安直すぎるだろ。家名もねえし、誰でも偽名って分かるじゃねえか」
「う、うるさい! いいじゃない別に! だいたいあんたに言われたくないわよ!」
「フハハ!」
「そんなことより、他に聞きたいことがあるのよ。十七年前のこと。あの時、なにがあったの? そして、どうしてあんたはあたしの弟だけ……」
「……」
問われた魔王は難しそうに眉根を寄せて、数秒思考を巡らせる。
「それを説明するのは非常に難しい。人間国の内乱、裏切りによる勇者の死、そして憤怒に燃えたシキ。俺はお前の母親から頼まれ、シキから坊主を守るためにあいつを保護した。名前を変え、勇者の息子ではなくクロという子供として、シキに見つからないようひっそり育てた。だっつーのに、あいつはどうして無茶ばっかりするのかねぇ」
「もしかして、あいつが魔王になるのを反対してる理由って、あいつが心配だから?」
「ったりめーだろ。誰が息子同然に育て子供を、茨の道に進めたがるんだよ。まあ、あいつももう十七だし……過保護すぎるのかね」
「ふーん……?」
シロは適当に相槌を打ちつつ話を元に戻す。
「シキって、たしか不死教団でリーダーをやっているやつよね? ブラック――いえ、クロと一体なんの関係があるわけ?」
「シキは坊主の――」
と、魔王が口を開こうとしたその時だった。
バタバタと乱雑に謁見の前にゼディスがやってきて、「魔王様!」とあきらかに尋常ではないようすで叫んだ。
「どうしたゼディス? 人払いをしたはずだが、なにかあったか?」
「そ、それが……! クロ様が! クロ様が殺されました!」
「は、はあ!?」
魔王は突飛な出来事に声を荒げて、座っていた玉座から立ち上がる。
シロも突然なことに目を見開いて動揺していた。
「い、一体どういうことだ!」
「も、目撃情報からおそらく、次期魔王候補の誰かの仕業かと!」
「次期魔王候補だぁ!? あ、あいつら予想よりも早く動き出しやがったか!」
次期魔王候補――なにも魔王の座を狙っているのはクロだけではない。
かつてはエドワードも次期魔王候補として、魔王の座を狙っていた。
そんな彼らにとって一番の障害となっていたのはクロの存在であった。
ルーシア・トワイライト・ロードの心を独り占めする彼の存在は彼らに取って邪魔であったものの、今まではクロが魔王になるつもりもなければ、実力も実績も足りていなかったから手を出して来なかった。
しかし、クロは先日ついに三強を打ち倒すという大きな成果を挙げてしまった。
それだけでも問題だが、あまつさえ三強のひとりを味方にするという暴挙に出たこともあり、完全に次期魔王候補たちから目をつけられてしまったのだ。
エドワードも、かつてはクロを手中に納めて黄昏皇女を意のままに操ろうと画策していた。
今回もエドワードと同じように、邪魔なクロを排除するために誰かがクロの殺害に動いたのだ。
魔王は自身の失態に歯噛みしつつも、すぐにゼディスへ指示を出す。
「とにかく、まずは蘇生だ! 死体があれば四十八時間以内に復活魔法を使うことで一度だけ蘇生ができるはずだ!」
「ま、魔王様っ……それが……その……」
「ん? どうした?」
ゼディスは顔を真っ青にして、カタカタと歯をすり合わせながらこう口にした。
「すでにネロが復活魔法でクロ様の蘇生を試みたのですが――幾度魔法を使っても、復活魔法の効力が発動しないんです!」
「なんだと!?」
効力が発動しない原因は、死後四十八時間以上経過しているか、もしくは二度目の死か。
今し方殺害されたばかりのため、前者はありえない。
つまり、クロはどこかで一度、死んだことがあるということになる。
魔王はその結論にたどり着き、額に手を当てた。
「どういうことだ……? い、一体なにがおこってやがる……?」
と、魔王が困惑している間にも一連の会話を聞いていたシロが、「うそ……嘘よ!」と叫んで走り出してしまった。
魔王は困惑している場合じゃないと頭を振る。
「ゼディス! 状況確認を急げ! 至急幹部たちを招集しろ! 嵐が来るぞ!」
「わ、分かりました!」
ゼディスは切羽詰まったようすで頷くと、すぐに走り出す。
魔王は彼女の背を見送ってから、ふと謁見の間にある窓ガラスから外を見やると、
「くそっ……! あのバカ娘っ!」
そこには真っ黒な雲が街を覆っている世紀末的な光景が広がっていた。
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