第98話 不死教団
「くくく。ずいぶんと間抜けな顔で寝てるじゃねえか。ええ? クロ・セバスチャン」
「……?」
目が覚めると、ガスコインさんがベッドで眠る僕の顔を覗き込むように見ていた。
視線だけで辺りを見回すと、僕はルーシアに抱きついて寝ていたらしく、すぐ目の前にルーシアの顔があった。
ベッドの脇には僕を見ているガスコインさんと、同じく微笑ましいものを見える目をしているヴァイオレットに、無表情のヴィヴィアンが並んで立っていた。
「おはよう、クロ。六時間ぶりね」
「おはようじゃなくね? どういう状況?」
僕は慌ててルーシアから離れて上体を起こす。
ルーシアも遅れて上体を起こしてから、僕の問いに答えた。
「ガスコインのことを言っているのなら、私が呼んでおいたのよ。起きたらすぐに話を聞けるようにね」
「その心遣いには感謝するけれど、混乱するから先に言っておいてくれ」
「くくく。俺から受けた傷が大丈夫そうで安心したぜ? クロ・セバスチャン」
「……ガスコイン。どうしてお前がここにいるんだ?」
「黄昏皇女が言っていただろう? 呼ばれたんだよ」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
僕がむっとして言うと、ガスコインさんはわざとらしく戯けたようすで肩を竦めた。
傍から僕とガスコインさんのやり取りを見ていたヴァイオレットは苦笑を浮かべて口を挟む。
「もう! ガスコインちゃんったらぁ、いじわるしちゃダメでしょう! 話が進まないじゃないのよぉ!」
「くくく」
「ごめんなさいねぇ? クロちゃん。話が進まないからアタシから説明するわねぇ?」
ヴァイオレットはそう言って、ガスコインに変わって説明を始める。
「あの戦いの後、アタシたちは牢屋に閉じ込められてたんだけどぉ、そこへ黄昏皇女が来てねぇ? 黄昏組っていうのに入ったらアタシたちの罪を帳消しにしてくれるっていうからぁ、黄昏組っていうのに入ることにしのよぉ〜」
「え?」
驚いてルーシアに目を向けると、ルーシアはぷいっと目を逸らした。
「お、お前ってやつは……また勝手に裏でそんなことを……」
「ふんっ。ガスコインとその仲間は、ここで殺すには惜しい人材だもの。クロを痛めつけた罰は許しがたいけれど、恩を売って仲間にした方が得でしょう?」
「こいつらの罰って僕を痛めつけた罰なの? おかしくね?」
「当たり前でしょう? クロを痛めつけるのも、いじめるのも、殺すのも私以外がやっていいわけないじゃない」
「お前もダメだからな?」
しかし、ルーシアは僕を無視してそっぽを向いた。
このアマ……。
「というか、よく魔王が許したな……」
「お父様が許すわけないでしょう?」
「また無許可なのね」
「くくく。そういうことだ、クロ・セバスチャン。これからは黄昏組の大将であるお前さんの下で働いてやる。感謝するんだな」
「……お前はいいのかそれで。他の二人も」
「くくく。別に構わない。面白そうだしな」
「そうねぇ。アタシも異論はないわよん。むしろ、ガスコインちゃんを負かした男に仕えられるなんて光栄だわぁ〜」
「……」
と、ヴィヴィアンに目を向けると、ヴィヴィアンはぷるぷる震えながらヴァイオレットの背中に隠れてしまった。
「あらぁん? どうしたのヴィヴィアンちゃん?」
「……ガスコインを倒した人間。つまり、ガスコインより強い。怖い」
ヴィヴィアンはそんなことを言って、完全にヴァイオレットの背に隠れた。
「……なあ、僕はガスコインを倒した覚えないんだけれども。なんでそんなに怯えられているわけ? 僕はか弱い人間なんだけど」
「またまたぁ〜そんな謙遜しなくてもいいじゃなぁ〜い。ガスコインちゃんが言ってたわよん? 『あいつは間違いなく世界最強の男だ』って〜。ガスコインちゃんにここまで言わせるなんてぇ、本当に強いのねぇ〜? 今度、手合わせてしてもらいたいわぁ〜」
「ん?」
ヴァイオレットがなにを言っているのか分からず、反射的にガスコインへ目を向けると、ガスコインが目を逸らした。
「おい、これはどういうことだ?」
「……くくく。ちょっと耳を貸せ」
言われて耳を貸すと、ガスコインが僕にしか聞こえないくらい小さな声でこう呟く。
「さすがに三強の俺が言葉だけで負かされたとあっちゃ、面目が丸潰れだろう?」
「ほうほう、それで?」
「俺はお前さんと戦った。そして壮絶な戦いの果てに名誉の敗北を喫した――ということになっている」
「は?」
「ちなみに、黄昏皇女公認だ」
ルーシアを一瞥すると、聞いていたのか得意げに頷いた。
「ガスコインは肩書きも含めて利用価値があるもの、無様に負けを認めたという汚名で三強の肩書きに泥を塗ってなめられたら利用できないでしょう?」
「お、お前……だからってそんな嘘吐くなよ。僕はなんの変哲もないただの人間なんだぞ!?」
「あらぁん? 声を荒げてどうかしたのかしらぁん?」
「くくく。どうやら俺から受けた傷が痛むようだな。今日のところは退散するとしよう」
「おい、ちょっと待て。僕は認めないからな?」
「くくく、お前さんが認めなくても、黄昏皇女や魔王軍の幹部全員が認めているからな。無駄だと思うぜ?」
「なっ……」
あ、あの人たちは……!
なんてことしてくれたんだ!
「くくく。それじゃあな。早く傷を癒すことだ」
彼はそう言って、不思議そうに首を傾げるヴァイオレットとヴィヴィアンを連れて部屋を出ようと――。
「ちょ、ちょっと待てガスコイン!」
「なんだ? この件について譲るつもりはないぞ?」
「違う違う。そうじゃなくて、お前には他に聞きたいことがあるんだ」
ガスコインはそれを聞いて立ち止まり、僕の方に振り返った。
ヴァイオレットとヴィヴィアンも立ち止まり、同じように振り返る。
「ほら、砦で会った時に言ってただろ? シキがどうのこうのって。ヴァイオレットはたしか僕のことをシキの息子だって言ってたよな?」
「ん〜? たしかに言ったわねぇ?」
「僕はそのシキって人のことを聞きたいんだ」
近頃、僕は自身に出自に関することを耳にする機会が増えた。
気にならないはずがない。
ルーシアも興味があるのか、やや前のめりになってガスコインに目を向ける。
ガスコインは顎に手を当てて口を開く。
「お前さんがシキの息子かどうかは知らない。ヴァイオレットが、お前さんをシキの息子だと言ったのは、お前さんがあまりにもシキに似ていたからだろう。そうだろう?」
「ええ、そうねぇ」
「そんなに似てるのか?」
「ああ、そっくりだ」
「なるほど。で、そのシキって誰なんだ?」
聞くと、ガスコインは一瞬だけルーシアに目を配ってから答える。
「不死教団――についてはまだ聞いてないか?」
「不死教団?」
聞き覚えのない単語に首を傾げると、ルーシアが割って入る。
「それについては私が説明してあげるわ。不死教団は、今まで私たちが闇の組織と呼んでいた組織の名前よ」
「おお、ついに本当の名前が分かったのか」
「ええ。ガスコインたち反魔族国勢力が、不死教団の支援を受けていたことで、ようやく判明したわ」
「そうか。今まで謎だった組織の名前が分かったのは、なんだかスッキリするなぁ。それで、その不死教団とシキって人にはどんな関係があるんだ?」
「シキはその教団のリーダーだそうよ」
ルーシアはさらっと言った。
「え?」
ガスコインやヴァイオレットに目を向けると、二人とも頷いていた。
「シキは不死教団のリーダーだ。お前さんはそいつと顔がそっくりなんだよ」
「それは……どういう……?」
「さあな。俺もシキに関して知っていることは少ない。そういえば、お前さんの出自に関してそこの黄昏皇女から聞いたんだが、お前さんは赤子の時、魔王のやつに拾われたんだろう?」
「あ、ああ……」
「なら、もしかすると魔王のやつがなにか知ってるかもしれねえぜ?」
「魔王が……」
僕は額に手を当てる。
今までまったく気にかけてこなかった自分の出自。
しかし、最近になってもしかしたら自分が勇者の子孫なのかもしれないとか、そんなことを思っていたのだが、急に自分が不死教団という危なそうな組織でリーダーをしている息子と言われて――なんだか混乱してきた。
「それじゃあ……魔王にでも話を聞いてみるか」
「くくく。そうするといい。それじゃあ、俺たちはこの辺で失礼するぜ?」
ガスコインはそう言って、足早に部屋を去っていく。
僕は額に手を当てたままルーシアに目を向ける。
「なあ、ルーシア。お前は、僕の出自についてなにか聞いてないのか?」
「いいえ。私は特に聞かされていないわ。興味もないもの」
「恋人的にはちょっと気にかけて欲しい気分なんだけれども」
「ふふ。私はお前がどこの誰であろうととも、今のお前を愛しているもの。出自なんて関係ないわ」
「そっか。ありがとうな」
「お礼を言われるようなことは言っていないわ」
得意げな表情を浮かべて言ったルーシアに僕は苦笑を浮かべつつ、
「それじゃあ、ちょっと……魔王のところに行ってくるよ」
「今、聞きに行くの? 情報過多で頭が爆発するわよ?」
「それはバカにしているのか?」
「ええ、もちろん」
「僕は傷ついた」
「なら、治してあげるからいくらでも傷つきなさい」
「自分で傷つけて、自分で治すとかとんだマッチポンプだな」
僕はベッドから出て立ち上がる。
久しぶりに立ったためか、ややふらつくが十分ひとりで歩けそうだった。
「あ、そうだ。どうせ魔王のところに行くならシロとの約束もついでに果たしておくか」
「シロとの約束?」
「うん。前に魔王と話す時間を作るって約束してたからさ」
「そう。それなら、私がシロに連絡して、お父様のところで待っているように伝えておくわ。ついでに、お父様に謁見準備をさせておくわ」
「なんか悪いな。なにからなにまで」
「いいのよ、別に」
今日は本当に、ルーシアは優しいなと思いながら、僕は彼女の部屋を後にした。
それから僕は魔王城の廊下を歩きながら、「そういえばドレイクの言っていたブラックについて聞きそびれたなぁ」などと考えていた――その道中。
僕は殺された。
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