第97話 彼女のご褒美

 ここからは後日談。

 ガスコインさんは僕が気絶した後、本当に戦争を終わりにしたらしい。

 ガスコインさんが降ったことで反魔族国勢力も武器を捨て、不死身の兵士たちも含めて一万近い兵士が捕らえられた。


 ヴァオレットとヴィヴィアンもガスコインが降ったことで同じく魔族国に降り、完全に戦争は終結。

 残った闇の研究者であるドレイクというローブの男だが、ガスコインが降ったことで逃げてしまったらしく、現在行方を追っている最中とのこと。


 ちなみに、僕がこれらのことを聞いたのは戦争が終わった一週間後の今日であった。


「僕、一週間も寝てたんですか」


 と、僕はキングサイズのベッドで横になりながら、ベッドの脇に立って僕を見下ろしているアイリスさんに聞いた。

 僕が寝ているのは魔王城にあるルーシアの寝室だった。


 だだっ広い部屋には豪華な家具が置かれており、天蓋のついたベッドはなんとも落ち着かない。

 アイリスさんは肩を竦めて頷く。


「その通りだとも。クロくんは一週間、ずっと目を覚さなかったんだ。ガスコインから受けた傷は、回復魔法ですぐに治せたから、命に別状はなかったんだけどね。でも、回復魔法では気力までは回復できないから。それで一週間も眠っていたんだと思うよ」

「そうですか……なんかすみません。事後処理とか任せきりになっちゃって」

「はっはっは。気にしなくていいんだ。むしろ、クロくんはもっと胸が張った方がいいんだぞー? なにせ君は、あのガスコインを倒したのだから」


「え? 僕、別に倒してないですけど……」

「なにを言う? 君は実質、ガスコインを負かしたと言ってもいい成果をあげたじゃないか。これほどの功績があれば、お嬢様との結婚に反対していた大臣たちも重い腰をあげるだろう。だから、嘘でもなんでも胸を張っていたまえ。クロくん」


 そうアイリスさんに言われるも、やはり複雑な心境である。


「というか、なんでガスコインさんは僕に煽られただけで、あっさり負けを認めたんですかね?」

「んー私はその場にいなかったから分からないけれど、聞いた限りでは――まあ、本人のプライドの問題だと思う」

「プライド?」


「うむ。自分よりも圧倒的に格下であるクロくんに、図星を突かれたのだ。逆上して君を殺せば、三強の名が泣くだろう? 戯言として聞き流すこともできただろうけど、それはガスコインにとってクロくんから逃げるようなものだ」

「だから、全てを認めて、投降したと……?」

「本人に聞かねば分からないけれどね。けど、どういう形であれ、君の勝ちだ。今はゆっくり休むといい」


 アイリスさんはそう言って、踵を返した。


「それでは後日談はここまでにして、私はそろそろ退散するとしようか。お邪魔みたいだしね」

「べ、別に邪魔なんて思ってないですけど」

「君はそうでも、君の隣にいる方はそう思っていないみたいだ」


 言われて、僕はアイリスさんから視線を外して、先ほどから僕の左腕に抱きついて添い寝しているルーシアを一瞥する。

 ルーシアは目をパチクリとさせて、「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「そうよ、アイリス。後日談の報告が終わったのなら、さっさと帰るのだわ」

「えっと……僕、まだ気になることがあるんだけど。ガスコインさんとかが、あの後どうなったとか」

「そんなことは後回しよ。今は私に構いなさい」

「構ってちゃんかよ」


「はっはっは。まあ、というわけだクロくん! 邪魔者はとっとと退散するよ。いろいろと気になることはあると思うけれど、今は忘れて休みたまえ」

「……分かりました」

「うん、素直でよろしい。では、私は失礼するよ。あとはごゆっくり〜」


 アイリスさんは含みのある言い方をして、部屋を後にする。

 残された僕は二人きりとなった部屋で、深いため息を吐いた。


「で、なんでお前は添い寝してるわけ?」

「おかしいかしら?」

「おかしいだろ。普段はこういうことしないじゃないか」

「ご褒美よ」

「ご褒美?」


「ええ。頑張ったご褒美。旧人間国の時も与えたでしょう?」

「そういえば、膝枕をしてもらったっけなぁ」

「それよ」

「つまり、今回のご褒美はお前の添い寝ってことか?」


 尋ねると、ルーシアはこくりと頷いた。


「なるほど……死にかけたご褒美がルーシアの添い寝かぁ」

「あら、いただけない反応ね? 不満があるのかしら?」

「不満なんてあるわけないだろ。大満足だよ」


 ただ、すでにキスまで済ませたというのに、添い寝というのもなんだか生殺しな気分だなと思ったことは否めない。


「ふふ、満足なのね。よかったわ」

「うん。なんなら、もっとくっついてくれてもいいくらいだ」

「そう? なら、もっとくっつくわ」

「おっ……これは……!」


 左腕が幸せな感触に挟まれている!


「これでいいのかしら?」

「あ、ああ。なんならもっと……」

「もっと? それじゃあこれくらいかしら」

「おおっ……ちょっ、ごめん、痛い。ちょ……やっぱり離れ――いたたたた!?」


 閑話休題。

 ルーシアに豊満なバストを味わおうとしたら酷い目に遭った――それはともかく。


「なあ、ルーシア。ガスコインさんとかはどうなったんだ?」

「今は忘れて休みなさいとアイリスに言われたじゃない」

「と言われても、気になるもんは気になるだろ」

「別に、お前が気にすることはないわ。もうそっちの話は終わっているもの」

「そっちの話?」

「なんでもないわ。とにかく、じきに分かるからお前は黙って添い寝されてなさい」


 ルーシアは僕の左腕を解放するや否や、今度は僕の頭を両腕でホールドして、ご自慢のバストに僕の顔を埋めた。


「ほら、どう?」

「とても柔らかいです」

「そう。幸せそうな顔をしているわね」

「まあ、実際幸せだから――だけど、とても違和感を覚えるな」

「違和感? なにに?」


「お前の行動にだよ。お前が自ら僕にこんなことをするはずがない。誰の差し金だ? 大方の予想がつくけど」

「今、とても酷いことを言われたような気がするのだけれど……ご褒美の内容はアイリスに勧められたのよ。こうしたら喜ぶと」


 やっぱり、あの人か。

 よし、あとでお礼をしよう。

 などと、僕がルーシアの胸の中でアイリスさんへ感謝の念を飛ばしていると、ルーシアがおもむろに僕の頭を撫で始めた。


「これもアイリスさんの差し金か?」

「いいえ。これは私がたった今やりたくなったのよ」

「なぜ?」

「私はお前にこうされると嬉しいからよ。だから、お前も嬉しいでしょう?」

「嬉しくなることを強要されてない?」


「嬉しいでしょう?」

「とても嬉しいです」

「ふふ、そう。なら、よかったわ」


 僕よりも頭を撫でているルーシアの方が嬉しそうに笑った。

 なんだか子供扱いされている気分。


「クロ、よく頑張ったわね。偉いわ」

「あれ? やっぱり子供扱いされてない? とてもバブみを感じるのだけれど」

「よしよし、いい子いい子」

「おい、やめろ。うっかりお前のことをお母さんとか呼んじゃうだろ」

「あら、そう。いやならやめるわ」

「そうしてくれ……」


 ルーシアは頷いたが、それでもいまだに僕の頭を撫で続けている。


「でも、お前は今回、本当によく頑張ったわ。特別に胸を張ってもいいわよ?」

「僕は胸を張るのにお前の許可が必要だったのか」

「当たり前でしょう? お前は私の奴隷なのだから」

「お前、幼馴染にとても酷いことを言っているわけだが」


「あら、奴隷ではなく下僕だったかしら」

「なるほど、お前さては喧嘩を売っているんだな?」

「ふふ、間違えたわ。そういえば、お前は私の恋人だったわね」


 と、ルーシアは天使が如き笑顔で言うのだからずるい。

 僕はやれやれと肩を竦めた。


「……ま、まあ、これで僕もちゃんとひとりでも活躍できるって分かっただろ? だから、お前が裏でいろいろ手を回してくれなくても大丈夫だからな」

「え?」

「え?」

「え?」

「……ん?」


 ルーシアは僕の発言のなにかに引っ掛かったらしく、頻りに目を瞬いている。


「どうしたルーシア? 僕、なにか変なこと言ったか?」

「え、ええっと……私が裏で動いているというのがどういうことなのかと……」

「え? だって、お前……俺が知らないところでいろいろ動いてくれてるんだろう? 黄昏組のこととか」

「ぎくっ」

「おい、今とても古典的な図星を突かれた時のセリフが聞こえてきたんだけれども」

「ま、まさかお前……全部知っているの?」


 ルーシアが恐る恐る尋ねてきたので、僕は頷いた。


「全部かどうかは知らないけれど、黄昏組のエドワードとかを使って、僕を陰ながらサポートさせていたことは知ってるよ」

「っ! あ、あの男! クロに話したのね!? 殺すっ!」


「やめてあげろ。あいつだって、今回頑張ったんだし……そもそも不死身だから死なないだろ。あいつは」

「うう……ち、違うのよ? 違うの、クロ。私は別にお前のことを信じてなかったわけではなくて……その……あの……」


 ルーシアは僕が怒るとでも思っているのか、目をあらぬ方向に泳がせて、体も震えている。

 そんな彼女に僕は苦笑を浮かべた。


「ちょっとだけショックは受けた。お前にぜんぜん信用されてないんだなって」

「だ、だからそういうわけじゃないの! クロのことは信じていたわ! でも、心配で……」

「分かってるよ。だから、お前にそういう心配をさせる自分の無力さに、僕はショックを受けたんだ」


「く、クロ……」

「だけど、僕はひとりでももう大丈夫だ。お前が裏でいろいろやってくれなくても、俺はちゃんとやれるってこと、証明できただろ? だから、もう心配しなくても大丈夫だ」


 僕がそう言うと、ルーシアはおもむろに首を横に振った。


「違うわ。クロ、違うのよ」

「え? 違うって? なにが?」

「あのね、クロ。前にお前は、私が不死身で死なないからと言って、心配しないわけじゃないと言ったでしょう?」


 たしか、闘技場のスクロールが爆発した時にそんなことを言った気がする。


「私も同じなの。私はお前なら最初からひとりでもやり遂げると信じていたわ。でも、その信頼と心配はまったくの別物だもの。心配しなくていいからといって、それが心配しない理由にはならないの」

「……お前、結構過保護なんだな?」

「お前には言われたくないわ」


 僕たちは自然と顔を見合わせて微笑する。

 今まで、お互いがお互いのことを心配し合っていたというのだから、なんともおかしな話である。


「ねえ、クロ。体調が戻ったら、今度は南の方へバカンスに行きましょう」

「バカンス?」

「ええ、海までデートに行きましょう。別荘で、二人きりで」

「いいな、それ」

「そうでしょう?」


 想像しただけでも素晴らしい。

 ルーシアには絶対、黒色のビキニを着てもらいたい。


「じゃあ、早くバカンスに行けるよう、さっさと体調を戻さないとな」

「そうね。それじゃあ、今はゆっくり眠りなさい。お前が次に起きるまで、私がここでお前を抱きしめてあげるから」

「ルーシアが優しい。明日は雨かな」


「あら、なら血の雨が降るかもしれないわね。もちろんお前の血だけれど」

「僕が悪かったのでギロチンは勘弁してください」

「そういえば、最近ギロチン出していなかったわよね?」

「だからってギロチンを出すな」


「え? 出さないとお前の首を落とせないじゃない」

「僕、恋人なんだけど」

「あら、言わなかったかしら? 私はお前のことを殺したいくらい愛しているのよ?」

「愛が重い」

「ふふ、冗談よ」

「なんだ冗談か……」

「ええ、半分は」


 どこからが本気で、どこからが冗談なのか配分が気になるが――僕はルーシアに抱きしめられながら、ふわふわとやってきた睡魔に身を任せて瞳を閉じた。


「おやすみ、クロ」


 おやすみ、ルーシア。

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