第95話 闇の研究者

 ディオネスがヴィヴィアンを、エドワードがヴァイオレットを相手にしている間に、僕とグレイとシロの三人はついに北西砦へ辿り着き、今は砦の中にいる。


「人、いないね」


 先頭に立つグレイは今し方歩いている廊下の前後を確認する。

 彼女の隣に立っていたシロも同じように視線を巡らせて肩を竦めた。


「これなら、あたしたち必要なかったんじゃない?」

「かもしれないね。私とシロは、ガスコインのもとにクロを送り届けるのが仕事だったから。これは嬉しい予定外だね」


「そーね。仕事が楽になっていいわね!」

「お、お前らな……他のみんなが戦っている時に」

「あら? 今のところお荷物な男がなにか言ってるわね?」

「……」


 シロの指摘に僕は目を逸らした。

 事実だから言い返せない!

 グレイは苦笑を浮かべると、僕たちから視線を外して廊下の先を見つめる。


「君の推論通り、ガスコインは守る必要がないと考えているんだろうね」

「だけど、それじゃあヴィヴィアンやヴァイオレットが待ち構えていたのはおかしいんじゃないかしら?」

「言われてみればたしかにそうだね? ガスコインを守る必要がないなら、二人とも砦で待ち構えている必要はないか。その辺に関してはどう思うかな? クロ」

「急に問われても」


 僕は顎に手を当てて一応思考してみる。


「そうだなぁ。単純に、守るものがあったんじゃなかないかぁ」

「それはガスコイン以外ってことかしら?」

「多分。確証もないし、あんまり気にしなくていいと思うけれど」

「まあ、そうだね。ひとまず、今は前に進もう。ガスコインも近いはずだ」

「ええ、そうね」


 と、僕たちが歩き始めた時だった。

 コツンコツンと廊下の先から、なにかで床を叩く音が聞こえてきた。

 僕たちは反射的に立ち止まって身構えると、音は徐々に近づいて――やがて音の主が姿を現した。


「おや? おやおやおや? どーしたことでしょうか。こんなところに侵入者とは? んー?」


 真っ黒なローブを身に纏い、ローブから伸びる手足は干からびた人間の手足のように細い。

 手には杖を一本握り、顔はフードに隠れて確認できない――そんな感じの怪しい人であった。

 僕とシロは敵の出現に警戒したが、グレイだけは驚いた表情を浮かべていた。


「――なるほどね。反魔族国勢力が闇の組織から支援を受けているのだとしたら、反魔族国勢力の中に闇の組織の一員がいてもおかしくはない。それに研究中である不死身の兵士がどの程度、戦えるかも観察したいはず――まさかこんなところで会うことになるなんてね。ドレイク」


 グレイがそう口にすると、ドレイクと呼ばれた人物は「んー?」と首を九十度曲げた。


「あなたは、まさかグレイ? 正義の味方気取りが、なぜこんなところに……」

「なあ、グレイ。知り合いなのか?」


 困惑しているローブの男を他所に、グレイに尋ねると頷いた。


「うん。噂の――闇の組織の研究者だよ。ちょっと因縁があってね」

「ふーん?」


 深くは聞かない方が良さそうだと、僕は適当に相槌を打った。

 ドレイクは杖で床を叩き、怒りを露わにする。


「まったく忌々しい……いつもいつも、あたくしたちの邪魔をしてくれやがりましたね。ここでその借り、返させていただきましょうかね?」

「私の方こそ臨むところだよ。シロ、クロを連れて先に」

「分かったわ!」

「気を付けろよ」


 僕がグレイにそう言うと、ドレイクの目がそこで初めて僕に向けられた。

 瞬間、ドレイクが驚愕の声をあげた。


「なっ……!? なぜシキ様がっ!?」

「え?」


 以前にも似たようなことを言われたことがあり、僕は思わず驚いて足を止めてしまった。

 ドレイクはしばらく僕の顔をじっと見た後、「いや」と首を横に振る。


「違う……似ていますがシキ様ではない。まさかシキ様の御子息であるブラック様――」

「君はさっきからなにをぶつぶつ言っているのかな?」


 と、グレイがいつのまにかドレイクの背後に回っており、その背に容赦なく聖槍を突く。

 しかし、グレイの聖槍はドレイクの体を貫くことはなく虚空を突く。

 ドレイクがグレイの前から忽然と姿を消したのだ。

 数瞬の後、一体ドレイクがどこへ消えたのかと周囲を見渡すと、僕の真後ろにドレイクが立っていた。


「!」

「――その顔、やはり! あなた様にはあたくしと一緒に来てもらいますよ」


 などと言いながら僕の腕を掴んだドレイクの手をシロが聖剣を抜き放ち、瞬きの間に斬り飛ばした。

 ドレイクはそれで大きくその場から飛び退き、斬られた自分の右腕を凝視する。


「ふんむ。不死斬りの聖剣に、罪人殺しの聖槍ですか。いやはや、面倒な……」

「ふんっ! その男には指一本も触れさせないわよ!」

「なあシロ。それなら今さっき指五本ほど触られたばっかりなんだけれども」

「……その男にはこれ以上触れさせないわよ!」


「言い直した」

「う、ううるさいわね! 今、シリアスな場面なんだからかっこいいセリフを言わせなさいよ!」

「君たち! 今はシリアスな場面なんだから遊んでないで真面目にやって」


 グレイが割と真面目に怒っているので、僕とシロは反省して気を取り直すことに。


「ほっほっほ。二対一ですか。さすがに不利ですね」

「なら、大人しく降参して、君たちのことを洗いざらい吐いてもらえないかな?」

「それはできない相談ですね」

「ふーん? それじゃあ、実力行使になるけど?」


 グレイは不適な笑みを浮かべて槍先をドレイクに向ける。

 ドレイクはそれに動じるようすはなく、「ほっほっほ」と笑い出す。


「本当に邪魔な女です……本来ならば、不利な状況で戦いたくはありませんが、今回は事情が変わりました。仕方がないので、このまま戦って差し上げますよ。ええ、ええ」


 ドレイクは言って、杖で二回ほど床を叩く。

 すると、床から土が盛り上がってきて、それはやがて巨人が如き姿に変化する。

 それは一体だけではなく、二体、三体と数を増やす。


「これは……ゴーレム。面倒臭い真似をしてくれるね」

「さてはて、これであたくしの方が有利になりましたね?」

「……シロ、悪いけどドレイクを相手に一人で君たちの後を追わせないのは厳しい。手伝ってもらってもいいかな」


「ん、分かったわ! あたしがゴーレムを抑えている隙にクロは先に行きなさい!」

「わ、分かった!」


 言われるがままに僕は踵を返して走り出す。

 が、ドレイクはなぜか僕を逃すまいとして、「お待ちなさい!」と再び僕の目の前に現れる。


「だから、君の相手は私だって」


 僕とドレイクの間にグレイが割って入り、ドレイクを止める。


「くっ……また邪魔を……!」

「なにが狙いか知らないけれど、彼には手を出させないよ」


 グレイは言って、僕を尻目に見ると先に行けと目で促す。

 僕は頷き、今度こそその場から走り去った。

 もうガスコインまで間近というところで、とうとう僕はひとりになってしまった。


 この先で敵が待ち構えていれば、僕は簡単に殺されてしまうだろう。

 いや、そもそも僕はなにもできずガスコインさんに殺されるかもしれない。

 九九パーセント死ぬ。


 それでも僕が走るのは、今も戦っている人たちがいるからだ。

 今はただ、僕にできることを。

 僕を信じてくれた人たちと、僕を愛してくれている恋人に少しでも胸を張れる男でいたいから――。

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