第94話 左腕と右腕

 追手をレベッカが引き付けている間、僕たちの乗る荷馬車は走り続けていた。


「じきに北西砦のある森林に入る! 敵陣の懐だ。心の準備をしておけ! 大将よ!」

「もう準備はできてるよ」

「くはは! ならばいいのだ! グレイとシロも自分の役割をしっかり守るのだぞ?」


「りょーかい。私たちはクロを守ればいいんだよね?」

「その通りだ! 大将が殺されては、この場でガスコインをどうにかできる者がいなくなる」

「分かってるわよ、てんちょー」


 と、グレイとシロがそれぞれエドワードの指示に頷いている中、僕はなんだか肩身が狭い気持ちになった。


「そんな頼みにされても困るんだけど……」

「くはは! 大将ならばもっと自信を持て!」

「お前らが過大評価しすぎなんだけど」

「だが、自分でやると決めたのだろう?」

「そうだけれども」

「おい、貴様ら。あまりお喋りをしている暇はない。狙われている」


 ディオネスの言葉に僕がハッとなって周囲を見るが、特に敵影は確認できなかった。

 ディオネスの勘違いかと思った次の瞬間――シロが僕の襟首を掴んで荷馬車の荷台から飛び降りる。


 他のみんなも一瞬のうちに荷馬車から飛び降り、直後に荷馬車がなにかに踏み潰されたかのように粉々に吹き飛ぶ。

 僕は一秒にも満たない時間、宙に浮いていたが、やがて視界が一気に下がって気がつけばお尻を地面に強打していた。


「あいった! いった! お尻いった!?」

「あ、ごめん。あんたの着地、忘れてたわ」


 シロはまったく悪びれたようすもなく、僕の襟首を掴んだままのたまった。


「いっつつ……まあ、助けてもらって文句は言わないよ。ありがとう。助かった。でも、今度は完璧に助けてくれ」

「いや、めっちゃ文句言ってるじゃない」


 シロは半眼で僕を睨み、すっと視線を荷馬車のあった方へ向ける。

 吊られて僕もそちらへ目を向けると、そこには白い髪を後ろで一本に縛り、頭から一本の角を生やした少女が立っていた。

 病的なまでに白い肌で、目は黒い布で覆われていた。


「あの子は?」

「さあ?」


 シロは肩を竦めたが、彼女の代わりにディオネスが答えを教えてくれた。


「こいつは兄上の左腕――ヴィヴィアン!」


 ヴィヴィアンと呼ばれた少女は、全身が淡い光に包まれており、なにやら神秘的な印象である。


「頭から角が生えてる。魔族かな?」

「いいや、それは違うぞ大将よ。あやつは獣人族。しかも、獣人の中でも珍しい一角獣族だな」

「一角獣族?」


 エドワードに鸚鵡返しで尋ねると、彼は頷いて続けた。


「なんでも音より速く動けるという噂だ。実際は知らんがな」

「へえ。じゃあルーシアの方が速そうだな。あいつ、雷と同じ速さで動けるらしいし」

「な、なんでも黄昏皇女と比較するでないわ! やつと比較したらなんでも格下に見えるではないか!」


 などと呑気な会話をしていると爆発音が聞こえたのと同時に、僕の目の前でディオネスの槍とヴィヴィアンの角が衝突していた。

 一帯に衝撃波と爆風が駆け抜けて、危うく吹っ飛ばされそうになったが、シロが僕の襟首を掴んでいたおかげで吹っ飛ばされずに済んだ。

 ディオネスは歯を食いしばってヴィヴィアンと鍔迫り合いの状態になり、槍と角がギチギチと音を立てている。


「くそっ! 貴様らは先に行け!」

「くはは! 合点承知である! いくぞみなの者! 足がなくなったゆえ、ここからは徒歩で行く!」

「うん。分かったよ」

「歩きかー面倒ねー。ほら、行くわよ! 生意気小僧!」

「だから、僕を生意気小僧って呼ぶな」


 僕が文句を垂れると同時に、シロが僕の襟首を掴んだまま走り出す。

 幸いかどうか定かではないが、シロの疾走速度が速いのか、僕の体が地面から浮いてくれたので、お尻を地面に擦り付けることはなかった。


 いや、普通に運んで欲しいが、僕は守られている側なのだから文句は言うまい……。

 僕はそうしてしばらく、ヴィヴィアンとディオネスが遠ざかって見えなくなるまで二人を見続けた。


「くはは! 走っていくことにはなったが問題はない! このまま北西砦まで行くぞ!」

「それは構わないんだけれども、この運び方はやめてくれないか。首が絞まって……もう意識が……」


「おっと、バイトよ! 大将の襟首を掴んで走るでない!」

「えー? じゃあ、どこを掴んで走ればいいのよ?」

「ふむ……髪?」

「禿げるわ」


 結局、僕はシロにおぶって運んでもらうことになった。

 この運ぶという響き、まさしく僕がお荷物であることが分かって、なかなか泣けてくる。

 北西砦のある森林に入るといよいよ敵の懐といったところ。


 予測では敵の防衛戦力と戦うことになっており、グレイの聖槍で力押しを――と、ディオネスのことを揶揄できない脳筋作戦を用意していたらしいが、森林に入ってもまったく敵と出会わなかった。

 エドワードは木々の乱立する森林を、木々の間隙を縫ってスイスイ走りながら不審げに首を傾げる。


「ふむ、敵がいないな。一体なぜ」

「別にいいじゃない、てんちょー。戦う必要がないなら楽で」

「シロは楽観的だね。敵の罠とか、そういうことも考えられるんじゃないかな」

「罠? つまり、わざと守りを薄くして、あたしたちを誘い込んだってこと?」


 グレイの言葉に対してシロが問いかけた内容は、たしかに考えられるだろうが、僕は違うと思った。


「多分、そういうことじゃないと思う。これは飽くまで僕の所感だけど、ガスコインさんは罠を張って待ち伏せたりとか、そういうことしないと思う」

「じゃあ、なんで守りがこんなに薄いわけ? 単純に戦力が足りないとかかしら?」

「いや、守る必要がないから……じゃないかな」


 自分の考えを述べると、「なるほどな」とエドワードが頷く。


「考えれば当然か。三強と言われる男に守りとか、そんなもの必要あるわけがなかったな。くはは! まあ、それを言ってしまえば反魔族国勢力という軍隊もいらないわけだがな!」

「……」


 エドワードの言う通り、三強と呼ばれた男がわざわざ軍隊を用意する必要はない。

 聞けば、ガスコインさんと対等に戦えるのは現状、魔王しかいないという。

 ならば、ガスコインさんは自分の手でこの戦争を一瞬で終わらせることもできるはずなのだ。


 ガスコインさんが軍隊を使った理由――それはきっと、彼が戦争を起こしたことに関係があるのだろう。

 さらに森林を疾走すること数十分。

 ようやく北西砦が見えてきて、いよいよガスコインさんとの対面だと考えていると、


「あらぁん? なぁに? アナタたち?」


 北西砦の入り口前に、ガスコインさんの右腕――ヴァイオレットが仁王立ちしていた。

 僕たちはヴィアオレットの前で立ち止まって対峙する。


「ん〜? おかしいわねぇ? ヴィヴィアンが途中にいたはずだけれどぉ〜? あの子ったら、なーにやってるのかしらぁん?」

「くはは! そやつならば、ディオネス殿が相手をしているぞ?」


 エドワードはヴァイオレットの前に出る。


「あらあらぁ? いい男ねぇ? アナタ」

「くはは! そうだろうとも。なにせ俺様は超絶かっこいいラーメン屋の店主なのだからな」

「ら、ラーメン屋……? ま、まあいいわぁ。ここを通りたければ、アタシを倒していくこねぇ!」


「なんともお決まりなセリフを……しかし! 気に入ったぞ筋肉オカマよ!」

「誰が筋肉オカマよぉ! アタシはオカマじゃなくてオネエよ!」

「くはは! どちらでも構わんが――様式美は大事だな」


 エドワードはそんなことを口にすると、


「貴様ら! ここは俺様に任せて先に行け!」


 と、僕たちに向かってキメ顔で言った。


「あらやだぁ、かっこいいわねぇ!」

「「……」」


 僕たちは微妙な顔をしつつ、エドワードの言う通り先を進もうとするが、当然ヴァイオレットが立ちはだかる。


「行かせないわよぉ!」

「くはは! それは俺様のセリフだ!」


 僕たちに襲いかかってきたヴァオレットを、エドワードが横から蹴り飛ばした。

 ヴァイオレットは大きく吹き飛び、木々を倒してながら森林の奥へと消える。


「さあ、はやく行くのだ!」

「ええ、任せたわ! てんちょー!」

「気をつけてね。あの人、かなりやり手だからさ」

「くはは! 心配無用! 俺様を誰だと思っている?」


 エドワードは言いながら僕たちに背を向けて、


「俺様はヴァンパイアロードだぜ?」


 と、こちらに顔だけ振り向いて、またまたキメ顔でそう言った。

 どんだけかっこつけたがりなんだと思ったが、この時ばかりは本気でかっこいいと思ってしまった。

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