第92話 作戦名チーズ

 聖槍と聖剣を回収した後、聖槍をグレイに渡した僕は、ディオネスが手配してくれたテントで休んでいた。

 数十分ほどテント内で寛いでいると、ディオネスの遣いでやってきた兵士に呼び出され、作戦本部へ足を運ぶ。

 すると、作戦本部内にはすでに黄昏組のみんなに加えて、ディオネスとゼディスさんが集まっていた。


「来たな」


 ディオネスは僕の到着を確認すると、グレイに目を向ける。

 ディオネスから視線を受けたグレイは、肩を竦めて口を開いた。


「話は概ね聞いたよ。不死身の兵士が邪魔らしいね」

「ああ。そのことで貴様の意見を聞きたい」


「そうだねぇ。おそらく、件の兵士たちはまだ研究途中の実験体じゃないかな。完璧な不死身の兵士を作るには至っていないはずなんだ。だから、必ず弱点はあるはずだよ」

「弱点か……」

「なにか思い当たることはないかな?」


 と、問われたディオネスだったが思い当たる節がないのか、顎に手を当てたまま考え込む。

 そこへわざとらしくメガネをくいっと人差し指で持ち上げて、できる女アピールをしたゼディスさんがこう口にした。


「弱点かどうか分かりませんが、不死身の兵士たちからは知性を感じませんでした」

「む、そうだったか?」

「ディオネスさんは脳筋だったから気がつかなったのではないですか?」

「なっ……ポンコツに脳筋と言われたくない!」

「ポンコツな私でも気づいたことに気づかないんですか〜? ぷぷ〜」

「こいつぶっころ!」

「まあまあ」


 僕は作戦会議中に喧嘩を始めたので、僕は二人の間に入って喧嘩を止める。

 一応、二人とも冷静で、すぐに矛を納めてくれた。

 誰だ、この二人を一緒に組ませたのは。

 明らかな人選ミスだぞ。


「しかし、知性がないというのが弱点になるか?」


 というディオネスの問いにグレイは大きく頷く。


「当然だとも。馬鹿力で不死身、その上知性がないのなら敵の兵士たちはみんな脳筋ということになる」


 脳筋という単語に僕は「ああ、なるほど」と手を打った。


「脳筋は扱いやすいもんな」

「おい貴様。どうして私を見ながら言った?」

「気のせいだよ」


 僕は睨みつけてくるディオネスからそっぽ向いた。


「しかし、具体的にはなにをすればいい?」

「それは君たちが考えるべきことじゃあないかな? 私はそういう策を考えたりするのは苦手だしね。意見を求められても困るかな」

「む、むう……」


 グレイに言われてディオネスは困った表情を浮かべた。

 ディオネスもグレイと同じで策を考えるのは苦手だろう。脳筋代表だし。

 と、内心でそんなことを考えていると、おもむろにグレイが僕を指を差した。


「こういう時は知恵が回りそうな彼に意見を聞いてみたら?」

「え?」


 僕は素っ頓狂な声をあげた。


「ちょっと待てくれ、グレイ。僕は自慢じゃないが頭は悪い方だぞ? 二桁以上の掛け算は暗算できないし、そもそも僕みたいな素人の意見なんてあてにならないだろ?」

「頭の良さとお勉強ができないのは別だと思うけど……ともかく、なんでもいいから思いついたことを言ってみたら? 案外、妙案がそこから生まれるかもしれないよ?」

「そんなこと言われても……そうだなぁ」


 僕は顎に手を当てて少し考えてみる。

 拘束しても無駄、攻撃も無駄、知性がないくらいしか目立った弱点のない不死身の兵士への対抗策――。


「ええっと、なんか罠とか仕掛けたら引っかかるんじゃないか? それで足止めするとか」

「ほう? 罠か。俺様はいい線を行っているような気がするな。具体的にはなにかないのか? 大将よ!」


「だから僕を大将と呼ぶな。具体的にって言われてもなぁ。落とし穴とか?」

「古典的な罠ですわね……」

「くはは! 俺様は悪くない案だと思うがな!」

「ふむ……落とし穴か……」


 ディオネスは僕の案を聞いてしばらく考える素振りを見せた後、僕に目を向ける。


「まあ、やってみるしかない」

「まさか僕の案を採用するのか? 思いつきで言っただけなんだけど、本当にいいのか?」


「くはは! むしろ、俺様はかなり良い手だと思うがな。それなりの深さの落とし穴なら、簡単には上がって来れまいし、上から土でも被せればいかに馬鹿力といえど、這い出るには時間がかかるだろう。知性がないというのなら穴を掘るだけで、カモフラージュは適当にしておいても引っかかるやもしれん。コスパが高い作戦と言えよう!」

「そ、そうか? でも今から掘るんじゃ時間が……」

「その心配はない」


 と、ディオネスが言った。

 一体、どういうことなのだろうと思いつつ、本格的に僕が思いつきで口にした落とし穴作戦が採用されることとなった。


 僕は複雑な気持ちになりつつ、続いてディオネスから発せられらた問題について意識を向ける。


「次はやはり兄上――ガスコインのことだ」

「「……」」


 ディオネスの一言で全員が黙った。


「不死身の兵士を退けた後には、ガスコインの左腕ヴィヴィアンと、右腕ヴァイオレットが待ち構えている。両者とも私と同等の実力者だ。その二人を相手にしながらも、ガスコインの相手をしなければならない」

「ふむ。そこが一番の鬼門だな」

「んー……聖槍の生者特効なら三強が相手でも一撃だと思うけど、さすがの私も三強相手に一発当てる自信はないかなぁ」


 と、ディオネス、エドワード、グレイがそれぞれ難しそうな表情を浮かべている。


 やはり、この戦いに置いて最も障害となるのは三強のガスコインさんだろう。

 このメンバーの中でも取り分け戦闘力が高いであろう三人が、難しい表情を浮かべているということは、少なくとも現状の戦力ではガスコインさんを倒すことができないということになる。


 シロの方に目を向けると、シロもやはり難しそうな顔をしていた。


「……」

「おや? 大将よ? なにやら考え込んでいるようだが、ガスコインの対抗策も思いついたのか?」


「そんなわけないだろ。戦闘のエキスパートたちが揃いも揃って難しい表情を浮かべている問題を、ずぶの素人である僕が解決できるわけない」

「では、なにを考えているのだ?」

「別に、たいしたことじゃないよ」


 僕は言いながら、ガスコインさんのことを思い浮かべる。

 もしも、僕の考えていることが正しいのであれば――。

 その後、議論は平行線で進み、ガスコインさんに対する解決策は一向に出る気配がなかった。


「「……」」


 と、みんなが黙りこくっている中、僕は「じゃあ」と口を開く。


「僕からちょっといいかな」

「む? どうしたのだ? 大将よ? なにか妙案でも浮かんだのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。このままどうすることもできないままガスコインさんに負けるくらいなら、その前に一言だけ言ってやりたいことがあるんだよ」


「妙案かと思ったら自暴自棄になってるだけじゃないですか、クロ様……」

「そうは言ってもさ、ゼディスさん。このままなにもせずぶっ殺されるのは僕の性には合わないんで」


 言って、僕は指一本立てる。


「だから、僕をガスコインさんのところまで連れて行ってくれないか? そこで一言、言ってやりたいことがあるんだ」


 僕がそう口にした瞬間、エドワードとレベッカが顔を見合わせて笑い、シロもクスっと笑った。

 よく分かっていないようすのグレイとディオネスは首を傾げる。


「こ、この男は一体なにを?」

「くはは! ディオネス殿、つまりこの男はガスコインのことを自分に任せろと言っているのだ。そうだろう。大将よ!」

「そんな意図で言ってないよ」


「ちょ、ちょっと待て! き、貴様が兄上をどうにかできるというのか? なんの力もない貴様が一体どうやって……」

「ディオネスさん。ここはクロ様を信じましょう」


「なにを言っている、ゼディス! 確実に殺されるだけ! 無駄死にだ!」

「ディオネスさん……よく思い出してください。クロ様はかつて言葉だけで荒れ狂うお嬢様や、世界最強の魔王様も諫めたことがあるじゃないですか。きっと今回もそんな感じでうまく乗り切るんですよ!」


「このポンコツ楽観的すぎ! 魔王様とお嬢様は身内だからうまく行くだけ! 兄上――ガスコインに同じ手は通じない!」

「じゃあ、他に案があるんですかー? あるなら言ってみてくださいよ! ほら!」

「そ、それは……」


 ゼディスさんに返す言葉のないらしいディオネス。

 僕はそんなディオネスにこう言った。


「大丈夫だ。僕が死ぬだけだからな」

「き、貴様というやつは……どうして自分の命をそんな粗末にできるのだ! もっと命は大事にしろ!」


「いや、別に粗末にしてるつもりはないんだけど……ただ、僕って人間はちょっと気に食わないことがあると我慢ならないたちでさ。文句を言わないと気が済まないんだ」

「一体、どんな文句があるか知らないが、文句を言うためだけに命をかけるな!」


 ディオネスの至極全うなツッコミに僕は肩を竦めた。

 とはいえ、特にディオネス以外に反対する人がいなかったため、無事(?)に僕の案がまたまた採用されることとなった。


 こうして作戦会議は進み――最終的に決まった大雑把な流れとしては、落とし穴により敵の前線部隊を一時的に行動不能にしたのちに、魔王軍の主力が中央突破して北西砦へ侵攻。

 そこで敵の主力と衝突後、僕を含めた黄昏組のメンバーとディオネスは主力部隊から離脱。


 別働隊として敵主力部隊の外側から北西砦へ侵攻。

 主力部隊の指揮はゼディスさんが担当することとなった。

 と、だいだいこんな流れ行くことになった。

 あとは北西砦にいるガスコインさんのところまで僕を送り届けるまでは、完全にアドリブになるとのこと。


「……なんて穴だらけな作戦」


 ディオネスは最終的に決まった作戦を聞いて愕然としていた。

 これに対してエドワードは笑って、


「くはは! では作戦名チーズとでも名付けておこうか!」

「穴だらけな自覚があるじゃないか!」


 エドワードはディオネスのツッコミにまったく意を介さず、


「それでは今夜中に落とし穴の準備をするぞ! くはは!」

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