第91話 白黒コンビ

 武器工房まで並んで歩いていると、背中から羽の生えた小人が宙を飛びながら数人がかりで武器を運んでいた。


「妖精族。あんなのもいるのね」

「あんまり見たことないのか?」

「そうねぇ。あたし、山育ちだから」

「ふーん?」


 そういえば、シロとこうやって二人きりで話すのは初めてだ。


「なあ」

「なーに?」

「まだ魔王に復讐とか、考えてるのか?」


 旧人間国で聞いた復讐の理由。

 家族を奪われたシロは聖剣を片手に、単身で魔族国に乗り込みテロ紛いの事件を起こした。


 結局、未遂には終わっているものの彼女が危険人物であることに変わりはない。

 今はこうして味方になってはいるが、その胸のうちに燻っている魔王への復讐心がいつ再燃してもおかしくはないのだ。


 だから、大事な戦いの前に聞いておきたかった。

 そもそも、彼女がなんのためにここにいるのかも気になっていたのだ。

 シロからすれば、魔族国のために戦う義理がないのだから。

 彼女は歩きながら目線を斜め上に向け、「うーん」と悩んだ後にこう答える。


「もちろん復讐心が消えたなんてことはないわよ? ただ、最近思うことがあってね」

「思うこと?」


「なんて言うのかしらねー。あいつの国を見ていると、みんな忙しそうにしてても、結構幸せそうにしてんじゃん? てんちょーのお店で働きながら、ずっと街を見てた。旧人間国とか、他の国も行ったわ。で、それぞれ見比べてみると、どこも魔族国ほど幸せそうじゃなかった」

「そうなのか? 他の国に行ったことないから比較できないな」


 強いて言えば、旧人間国には行ったが。

 シロは手を後ろに組んで歩きながら続ける。


「まあ、なにが言いたいかっていうとさ、この国って結構いい国じゃない? だから、そんな国を作るやつが、そんなに悪いやつなのかなって。それ言ったら、聖剣に怒られた」

「だろうな。あいつ、絶対魔王殺すマンだから」


「そうね。でも、よく考えたらあたしってば、他の人から聞いただけで、実際の魔王がどんなやつなのか知らなかったのよ。それで実際に自分の目で見て、聞いて、感じてみたら、実は悪いやつじゃないのかなって思ったのよね。だから、魔王と話してみたくなったのよ。どんなやつか知るために」

「そっか」


 それであの時、旧人間国で魔王と話をしたいって言ったのか。


「……悪かったな。約束したのに、まだその約束を果たせなくて」

「ん? 別にいいわよ。急ぎじゃないしねー。それにこんな大変な時じゃ、ゆっくり話もできないでしょ? どうせ話すなら、お互いにゆっくり話せる時じゃないと意味ないじゃない」

「それもそうか」

「そーいうこと」


 シロは頷いてふいに立ち止まって、僕の方に振り返る。

 僕も彼女に合わせて立ち止まり、首を傾げた。


「急にどうした?」

「……あたし、もう一個気になることがあんのよ」

「なんだ?」

「ほら、あたしの弟のこと話したでしょ?」


「魔王に連れ去られたって言う?」

「そうそう。あんたに言われて、もしかしたら魔族国で生きてるんじゃないかって思って、てんちょーの情報網を使って探してみたのよ」

「おお。エドワードの無駄に広い情報網なら見つけられたんじゃないか?」


 聞くと、シロは首を横に振った。


「結局、分からなかったわ」

「そうか。それは残念だったな」

「でもね、ひとつだけ気になることがあって……それがあんた」


 と、シロは僕のことをじっと見つめながら指を差した。


「ん? 僕? 僕がどうかしたのか?」

「あんたって赤子の頃、魔王に拾われたのよね?」

「え? なんで知ってるんだ? どこ情報だ」

「黄昏皇女」


「あいつにプライバシーって概念はないのかなぁ」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「そりゃあいいけどさ。というか、いつのまにお前とルーシアでやり取りするようになったんだ?」


「んー旧人間国の前かしらねぇ。あたしがてんちょーのお店にいることを知って、黄昏組のスカウトしてきたのよ。最初はムカついてたから断ったんだけどね。なんかこの国見てたら考え方が変わってね。で、黄昏組に入ったってわけ」

「な、なるほど。僕の知らないところで結構動いてるんだな……」

「当たり前でしょ? なに言ってんの? むしろ、この世界にはあんたの知らないことだらけでしょ?」

「たしかに」


 ただ、なんとなく全部知っていた気でいたからか、僕がルーシアのことで知らないことがあるというのがショックだった。


「で、なんの話だっけ?」

「あ、そうだ。それで、黄昏皇女からあんたが赤子の頃に拾われたって話を聞いて思ったのよ。あんたが私の弟かもしれないって」

「え?」


 僕は思わず素っ頓狂な声をあげた。


「なんでそんな発想に至ったんだ?」

「別にそこまでおかしくはないでしょう?」

「いやいや、おかしいだろ。だって、お前の弟は連れ去られたんだろう? 僕は拾われたんだ」


「でも、あんたのそれって人伝に聞いた話なわけなじゃない? 本当は拾われたわけじゃなくて、魔王の手で連れ去られたんじゃない? で、その事実を隠すために拾ったってことにされたんじゃないかしら?」

「どんな論理の飛躍だ」


「え〜? 結構、的を射てると思うんだけどなー」

「だいたい、連れ去ったとしてなにが目的なんだよ?」

「さあ? 勇者の息子だから連れ去ったんじゃない?」

「はいはい、自称勇者乙」


「むかー! あんた本当に生意気よね! ふんっ! あんたがあたしの弟かもしれないって思ったあたしがバカだったわ! あたしの弟がこんなに生意気なわけないし、もっとイケメンなはずだもの!」

「悪かったな。イケメンじゃなくて……喧嘩売ってんのかこの野郎。僕だってお前みたいな手のかかりそうな姉なんていらねえよ。手がかかるのはルーシアだけで十分だ」


「本当に生意気! 可愛くない! 歳下の癖に!」

「歳下って……そういえば、旧人間国の時に聞きそびれたけど、結局お前はいくつなんだよ?」

「あたし十八。あんた十七でしょ? 黄昏皇女から聞いてんのよ」


「ちっ、たかが一年はやく生まれただけで偉そうに……」

「むきー! ほんと可愛げないわね!」


 シロは僕の態度が気に食わないみたいで、頭をわしゃわしゃとしてきた。

 おかげで髪がぐちゃぐちゃになった。



 武器工房に着くと、ピカピカになった聖剣と聖槍が壁に立てかけられていた。


「ほら、迎えに来てやったわよ! あんたたち!」

『おや、ようやくお迎えデースね』

『むぅ? シロとぬしが一緒におるとはどういうことじゃ?』

「ちょっとそこで会ってな」


『もう待ちくたびれたデースよ。はやくうちを運びやがるデース! このポンコツ野郎!』

「さて、聖槍の方はここに置いていって欲しいらしい」

『あーん、嘘デース! 冗談デース! うちも連れて行って欲しいデース!』


「はあ……分かった分かった。連れていくからちょっと待って――ちょ、重いな」

『この男、ちょー非力デース……』


 うるさいよ。

 と、僕が聖槍と会話をしていると一足先に聖剣を背中に背負ったシロが、不思議そうな表情で僕を見ていた。


「……あんたって、聖剣だけじゃなくて、聖槍の声も聞こえるのね?」

「シロは聞こえないのか?」

「ええ、聞こえないわ」

「聖剣の声は聞こえるのに? 変だな」


「あんたが変なのよ。うーん、やっぱり弟……? でも、こんな可愛げがないのはなぁ……」

「おい、聞こえてんだよ」

「そんなことより、さっさと行くわよー」


「ちょっと待ってくれ。聖槍が重くて持てないんだけれど、どうすればいいかな」

『うちのせいでにするなデース!』

『聖槍よ。見ない間に太ったのお?』

『むかーっ! 聖剣ぶっころ!』


「お前ら仲いいな」

『まあ、かつては苦楽をともにしたからのお』

『別に仲なんてよくないデース!』

「……」


 僕は苦笑を浮かべつつ、聖槍を持ち上げようとするが――やっぱり持ち上がらない。

 僕がいつまで経っても聖槍を持ち上げられないでいると、見かねたシロが「もうあたしが持って行くわよ」とため息混じりに聖槍を軽々持ち上げた。片手で。


「……どうして僕はこんなに非力なのだろう」

「鍛えてないからでしょ? 筋トレしたら?」

「ちょっと真面目に考える」

「ふーん? もし筋トレするなら付き合ってあげるわよ? あたし、毎朝トレーニングしてるから」


「へえ、どんなことしてるんだ?」

「まずはウォーミングアップで軽く十キロくらい走ってね。あとは――」

「あーもういいわ。多分、僕には無理だ」

「大丈夫だって〜。十キロなんて、ちょっと鍛えればすぐに走れるようになるわよ?」

「やだ」


 僕とシロはそのまま他愛もない会話をしながら、作戦本部の方へ向かって歩き出す。


 もうすぐ日没だ。

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