第90話 妹、愚痴る
前線拠点を歩いていると、道端でレベッカとグレイを見つけた。
なにやら二人で話しているみたいだった。
「二人ともなんの話をしてるんだ?」
そう声をかけると、レベッカとグレイが僕に気がついてこっちに視線を寄越した。
「あら、クロ様」
「やあ、もうお話は終わったのかな?」
「うん。あ、そうだ」
ちょうどよかったので、先ほど作戦本部で話題に出た不死身の兵士についてグレイに教えると、グレイは「なるほどね」と肩を竦めた。
「反魔族国勢力と闇の組織は裏で繋がっているからね。闇の組織から不死身の兵士を得ていてもおかしくはないかな」
「やっぱり、闇の組織かな。一体、なんなんだろうな。闇の組織って」
「さあ?」
おそらくこの場にいる面子の中で、最も闇の組織について詳しいであろうグレイが首を傾げるのなら、もはや誰にも分かるまい。
分からないことを考えても仕方がないと、僕は話題を変える。
「僕、レベッカに聞きたいことがあるんだ」
「わたくしにですか?」
「うん。兄妹ってどんな感じなのかなって」
僕はエドワードに聞いた内容と同じことをレベッカに尋ねた。
レベッカは少し困惑したようすだったが、僕が真面目に聞いていることを察したみたいで、真摯になって答えてくれた。
「そうですわね。兄妹はあまりいいものではないと思いますわ」
「へえ。エドワードと言ってることが違う」
「兄と妹では見えている視点が違いますもの。いくら兄妹でもまったく同じ意見にはなりませんわよ。兄妹と言っても、結局は一番身近な赤の他人ですもの」
「ふーん? 結構、冷たいこと言うんだな」
「わ、わたくしは一般論を言っているだけですわよ? 別に冷たくなんか……」
「いやーそんな一般論は聞いたことないけどねー。私」
「グレイさん!?」
グレイの裏切りにより見事冷たい女認定されてしまったレベッカは、必死に弁解しようと口を開く。
「わたくしはただ、兄妹をそこまで美化するべきではないと思っているだけですわよ!」
「美化?」
「ええ。よく言いますでしょ? 家族だからどうとか、絆がどうとか。わたくしはそういう綺麗事があまり好きではありませんので」
「エドワードがさっき言ってたこと、今の一言で全否定されてる」
ちょっとエドワードを不憫に思った。
「お兄様はかっこをつけて綺麗事を並べる癖がありますから。兄妹というのは、ずっと近くにいるからこそ相手の嫌いな部分ばかりが見えやすくなるのですわ。だから、喧嘩も多いですし、険悪になりやすい。例えるなら、結婚三年目の夫婦みたいなものですわ」
「その例えはなんかやだな……」
「そうだね……私もそんな生々しい例えは聞きたくなかったかな」
僕とグレイが引いている中、お構いなしにレベッカは普段から貯めていたエドワードに対しての愚痴を言い始める。
「お兄様ったら、洗濯物は裏っ返しにしないでくださいと言っても、いつも裏っ返しなんですのよ!? 何回わたくしが元に戻して洗濯していると思っているんですの!」
「……」
「……」
「お店の経営も真面にできず、無駄に仕入れて食材を余らせるわで――うがあああ!」
「……」
「……」
相当ストレスが溜まっているらしい。
レベッカはグチグチとエドワードへの不満を語りまくり、やがて少しストレスが発散したのか「ふう」とすっきりした顔でこう言った。
「まあ、ここまで散々兄妹がたいしていいものではないことを言ってきたわけですけれど――ふふ、これだけ不満があっても心から嫌いになれないのが兄妹なのですわ」
「そうなのか?」
「ええ。たしかに、お兄様にはたくさん悪いところがありますわ。けれど、その分いいところもたくさんありますの。悪いことがたくさんあっても、それ以上に楽しいことや嬉しいこともあるのですわ。だから、わたくしは今もこうしてお兄様と一緒にいるんですの」
「……」
彼女の言葉に僕は呆気に取られた。
エドワードも似たようなことを言っていた。
二人で考え方が違うように見えて、根っこの部分では同じなのだろう。
もしも、それが兄妹というものならガスコインさんは――。
「考え込んでいるようですけれど、わたくしのお話はお役に立ちましたかしら?」
「え? ああ、うん。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
「おや? なになに? 今のでなにか分かったの?」
グレイが不思議そうに首を傾げて聞いてきたが、僕は残念ながらと肩を竦めた。
「正直、憶測の域を出ないし……別にこれがこの戦いの鍵を握るとかじゃないから、そんなに気にしなくてもいいよ」
「ふーん? そっか」
「そういえばグレイ。聖槍はどうしたんだ?」
「ああ、聖槍なら今は武器工房の方だよ。戦いの前にメンテナンスしてもらおうかと思ってね。結構、汚れちゃってたし。シロの持ってた聖剣と一緒に預けたんだ。いや〜聖剣、かっこよかったな〜」
なにやらグレイが興奮していた。
伝説のなんちゃらとかが好きなのだろうか。
それはともかく。
「そのシロはどこに行ったんだ?」
「えっと、少し前線拠点を見て回ると言っていましたので、そこら辺にいるかと」
「ふーん」
「シロさんからもなにかお話しを聞くんですの?」
「ん? ああ、いや。そろそろディオネスに呼び出されるかもしれないからさ。全員揃ってた方がスムーズに話が進むかなと」
「なるほど」
僕は頷き、二人に背を向ける。
「じゃあ、ちょっとシロを探してくるよ。いい話を聞けてよかった。参考になったよ」
「いえいえ」
僕は二人と別れて、再び前線拠点内を歩き回る。
至るところに建てられたテントにはそれぞれ役割があるみたいで、寝床用のテントには兵士の人たちがぎゅうぎゅう詰めになって寝ていた。
こうして見ると、魔王軍も魔族だけではなく獣人や人間。エルフなんかも多い。
そんな感じで前線拠点内を見ながら歩き回っていると、
「え〜いいじゃない別に〜」
「ダメったらダメだ! 見たところ嬢ちゃんは未成年だろ? 成人する前に酒を飲み過ぎると、頭がパーになるんだからな!」
シロがオーク族の人と話している姿が目に入った。
オークの人の手には酒樽があり、シロがそれを分けてもらおうとせがんでいるようだった。
「おい、シロ。兵士の人を困らせるようなことをするなよ」
僕が声をかけるとシロがこちらを振り向き、「むぅ」と不満げに唇を尖らせた。
「すみません。こいつが迷惑を」
「い、いえいえ! クロ様が謝ることじゃねえっすよ! そ、それじゃあ俺はこの辺で!」
と、オークの人は慌てて僕たちから離れていった。
「……」
「あんた、なんで怯えられてるわけ?」
「さあ……」
多分、ルーシアのせいだけどもう口に出すのも面倒臭くなってしまった。
閑話休題。
「で? なんの用?」
「いや、そろそろディオネスから呼び出されるかもしれないから呼びにきた」
「ん、分かったわ。じゃあ、その前にあたしの聖剣とグレイの聖槍でも取りに行こうかしらね。ちょっとあんた手伝いなさい」
「え? まあ、いいけど」
僕は仕方なくシロと一緒に武器工房に預けているという聖剣と聖槍を取りにいくこととなった。
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