第89話 兄弟ってどんな感じ?

「不死身?」


 僕が鸚鵡返しに訪ねると、ディオネスが頷いて続ける。


「諜報員の調べによると、敵戦力の八割が不死身の兵士で構成されている」

「なんだと? 単純計算でおよそ八千が不死身の兵士ということになるぞ! そんなに不死身の兵士を量産されては本家大元の不死身であり俺様の面目が丸潰れではないか!」


「ヴァンパイアロードがラーメン屋をやってる時点で面目とかないから大丈夫だと思うよ」

「なんと!?」


 僕はエドワードにツッコミを入れつつ話を戻す。


「不死身の兵士が八千って、そんなに驚くことなんですか?」

「魔王軍でもヴァンパイアやアンデッドで構成された不死身の軍はある。だが、魔王軍でさえも数は一万もいない。だというのに、反魔族国勢力如きが八千も用意できるのはおかしい。しかも、一体一体がかなり厄介」

「厄介?」


 ディオネスは僕にそれを説明するためか、指を三本立てる。


「まず、死なないというだけで面倒。そして、やつらにはアンデッドやヴァンパイアに効果的な聖水や日光などが通用しない。つまり、今のところ弱点がない。一般の兵士が何人束になろうとも太刀打ちできない」

「だから十倍の兵力差でも圧倒されているってことか?」

「そういうこと」


「だけど、倒せないからと言って無力化できないわけじゃないだろう? 例えば、一時的に動けなくするとか」

「そんなことは私もすでに試している。むしろ、そこが最も厄介な三つ目の点」


 ディオネスは言って、眉根を寄せる。


「やつらは馬鹿力だ。魔族の中でも力自慢なオークやオーガですら片手で投げ飛ばされるほどだ。縄や鎖で拘束しても無駄。弓矢などで足を射ても構わず進む。そもそも怪我を負ってもすぐに再生する。疲れず、怯えず、休まず、死なず。これほど最強の兵は他にいない。ワイバーンを使った騎竜隊もダメだ。残りの二割が不死身の兵士を文字通りの肉壁として使って、安全な位置から対空攻撃を仕掛けてくる。正直、なんの策もない状態では無駄に兵を失うだけだ」

「……」


 考えていたよりも魔王軍側が崖っぷちの状況に僕は絶句した。


「なるほどな。一筋縄ではいかないと思ってはいたが、さすがは三強。一体どこからそんな兵士を連れてきたのやら」

「……闇の組織」


 僕はぽつりと呟く。

 以前、グレイから反魔族国勢力は闇の組織と裏で繋がっていることを聞いた。

 闇の組織は死なずの研究のために反魔族国勢力を使って、ウェールズを確保しにやってきて返り討ちにされている。


 グレイの話を聞く限りではまだ研究段階っぽかったけれど、仮にディオネスの言う不死身の兵士が闇の組織の研究成果だとしたら、もはや死なずの研究が成功していることになる。

 ディオネスは僕の呟きに心当たりがあるのか、「闇の組織?」と首を傾げた。


「そういえば、グレイとかいう女から得た情報で聞いたか……」


 ディオネスは顎に手を当ててしばらく考える素振りを見せたのちにこう言った。


「一度、その女から話を聞く。なにか打開策が見つかるかもしれない」

「ふんむ、そうだな。俺様も賛成だ。大将は?」

「うん。そうしよう」


「ん……では、一度解散する。しばらくしたら兵を使って呼ぶ」

「分かった。では、大将。俺様は一度外へ出るが、大将はどうするのだ?」

「そうだなぁ。少しここに残ろうかな。ディオネスと話したいことがあるし」


 そう言うと、ディオネスが首を傾げた。

 エドワードは「承知した! ではまた後でな」と言ってテントから外へ出て行った。

 残った僕とディオネスはしばしの沈黙を置いた後、ディオネスの方から沈黙を破った。


「話とはなに?」

「ああ、ちょっと気になったことがあって」

「気になったこと?」

「うん。なんでディオネスがここにいるのかなって。この戦場に」


「私がここにいることのなにがおかしい? 私よりもゼディスがここにいる方がおかしいはず」

「うん、まあそれはそうなんだけど……なんであの人、魔王秘書なのにこんなところにいるわけ?」

「人手不足で仕方なく」

「いい加減、魔王軍も人を増やそうよ……」

「何度か試した。しかし、みんなすぐやめる」


 なるほど。

 多分、この人たちのキャラの濃さについていけなかったんだろうなぁ。


「なにか失礼なことを考えた気配……」

「考えてない。と、とにかくゼディスさんのことはいいんだよ。今はディオネスの話だ」

「さっきも言ったが、私がここにいるのがそんなに不思議?」

「当たり前だろ。話を聞けば。ガスコインさんってお前のお兄さんなんだろ?」

「……」


 ディオネスはやや苦しそうな表情で押し黙る。


「魔王はああ見えて、結構情に厚いやつだから。実の兄妹を戦場で戦わせることなんて絶対にしないはずだ」

「ああ見えては失礼だと思う……」

「うるさい。いいから、なんでお前はここにいるんだ?」

「私から志願した。それだけ」


 ディオネスはさらっと言った。

 表情からも声からも、あまり感情を読み取れないが――どこか悲壮感を覚えた。


「どうして? 実の兄と戦うことになるんだぞ?」

「血を分けた兄妹だからこそ、私が戦わなくてはならない。魔王様の作る平和な世の中を乱す者は、たとえ尊敬する兄上でも私は止める。その覚悟で私はここに立っている」

「お前はそれでいいのか? 血を分けた兄妹で、家族で殺し合うんだぞ」

「そんなこと貴様に関係ない」

「関係なくない」


 即答すると、ディオネスが驚いた表情を浮かべる。


「ど、どうして……? これは私の問題で、貴様には関係ないのに……そもそも、貴様は私のことが嫌いではないのか?」

「お前とはたしかに反りが合わないし、気に食わないところもあるけれど、良いところも悪いところも含めてディオネスだ。僕はお前の良いところも悪いところも知っている。その上で、僕はお前のことが嫌いじゃないんだ」

「上から目線死ね……」

「酷くね?」


 僕は「こ、こほんっ」と咳払いする。


「とにかく、放っておくなんてことはできない。友達――なんて言い方はおこがましいだろうけれど、昔から知っているお前が傷つく姿を見るなんて嫌だ」

「別に私は傷ついてなどいない」

「そうかな。僕には兄と戦うことを本当は苦しく思っているように見えるけれど」

「……それは」


 ディオネスは迷っているようだった。

 ルーシアから話を聞いて知ったディオネスの優しさ。


 ディオネスが優しいと言うならば、兄と戦うべきだと言う家族としての責任感と、兄と戦いたくないという家族としての想いで板挟みたいになっていることは容易に想像ができる。

 僕はそんなディオネスにこう言った。


「なあ、話してくれよ。お前にとってガスコインさんって、どんな人なんだ?」

「私にとって……私とっての兄上?」

「そうだ。お前にとっての」


 ディオネスはやや迷った後に、躊躇いがちながらも口を開く。


「……私にとって兄上は、憧れだ。強い戦士だから、村の戦士たちはみな兄上に憧れていた」

「村って、戦闘民族の?」

「ああ。みんなの憧れ。強く、逞しく、かっこいい。それが兄上だ。だから、私も憧れた。この世で一番尊敬している」

「そうか」


「本当は戦いたくはない。しかし、今の私にはもっと大事なものがある」

 彼女はそう言って、珍しく笑顔を僕に向ける。

「騒がしいが、一緒にいて楽しい仲間や心から仕えたいと思う主がいる」

「そのためなら、兄妹が相手でも戦う……か?」


 ディオネスはゆっくりと頷いた。


「ふっ……少し喋りすぎた。貴様はまだここへ着いたばかりだろう? 貴様用にテントを用意させる。少し休むといい」

「ディオネス……」


 と、僕がなにか言いかける前に彼女がそれを手で制した。


「大丈夫。私のことでお前が気に病むことはない。たしかに、兄上と戦うのは心苦しいが……私にはちゃんと戦う理由がある。だから、気にするな」

「……」


 そう言われると、これ以上僕に言えることはなにもない。

 せめて、僕がディオネスの代わりにガスコインさんと戦うと言えればよかったのだろうが――僕にはそんな力はない。


 僕は頭を振って、「そうか」とだけ口にして僕も作戦本部のテントを後にした。

 外へ出ると、入り口の横にエドーワドが腕を組んで立っていた。


「話は終わったようだな?」

「盗み聞きか? 趣味悪いぞ」

「人聞きの悪いことを言うな。俺様は盗み聞きなどしていないさ」

「ふーん?」


 僕は訝しげな視線をエドワードに送るが、エドワードは素知らぬ振りでそっぽを向いた。


「まあ、なんでもいいけど。みんなは?」

「各々、自由に行動している」

「ふーん」


 僕は適当に相槌を打って、空を見上げた。

 もうすっかり日が傾き、空は綺麗な黄昏色になっていた。

 僕は黄昏色に染まった空をぼーっと眺めつつ口を開く。


「なあ、エドワード。兄妹ってどんな感じ?」

「む? なんだその抽象的な質問は」

「いや、僕には家族いないから。血の繋がった家族――兄妹って、どんな感じか分からないからさ」

「くはは。別に血の繋がりが全てではあるまいよ」

「ふーん」


「まあ、俺様から言えることはひとつ――妹は可愛い!」

「お前、シスコンだったんだな」

「くはは! シスコンでなにが悪い! 兄妹とはいいものなのだぞ? 可愛い妹と一緒にラーメン屋を営む光景を浮かべてみよ。最高ではないか!」

「その光景はとても思い浮かべ難いわけだが」

「くはは! 想像力のないやつめ!」


「僕が悪いのか? というか、そんなにいいものなのか? 兄妹って」

「当たり前だ。兄妹はとてもいいものだ。時に喧嘩をしたり、お互いが嫌いになることはあるだろう。『お兄様と洗濯物を分けさせてください』とか言われたり、『お兄様ってちょっと痛いですよね……』と蔑まれたりすることもあるが――おや? 目から汗がっ」

「いいから涙拭けよ」


「ぐすん。と、とにかく! 一緒にいて嫌なことはたくさんある!」

「それなのに兄妹がいいものなのか?」

「うむ。なぜなら、一緒にいて嫌なこと以上に、一緒にいて楽しいことや嬉しいことがたくさんあるからだ」

「……」


「だから、俺様は妹が大好きだ。可愛くて可愛くて仕方がない。それこそ目に入れても痛くないくらいにな!」

「そんなこと言ってるからレベッカに痛いとか言われるんじゃないか?」

「ぐはっ!? ちょっといいことを言っているのだから、俺様の胸を抉ることを言うでないわ!」

「でもまあ、なるほどな。兄妹か……」


 僕が顎に手を当てて考え込んでいると、エドワードがこう言った。


「貴様のことだ。ガスコインとディオネス殿のことを考えているのだろう?」

「まあ」

「そのことで俺様から言えることはほとんどないが、これだけはたしかだ。この世で、妹が嫌いな兄はいない! 些細なことで喧嘩して一時的に険悪な仲になるかもしれん。だが、基本的に兄というのは妹が大好きなのだよ」


 と、シスコン代表が得意げに言った。


「うん。あまり参考にはしないでおく」

「なぜに!?」


 僕は驚愕するエドワードを他所に、レベッカからも話を聞いてみようと思い歩き出した。

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