ゲームオーバー

第88話 前線拠点

 魔族国首都から馬車で二日。

 宿場町を経由して到着したのは、北西砦と睨み合う形で作られた最前線の拠点。


 当初はグレイが手懐けているドラゴン――ウェールズでひとっ飛びを考えていたわけだけれど、ウェールズが僕とグレイ以外を乗せたくないらしくあえなく断念。


 結局、馬車で移動することになった。

 馬車移動の間シロが、


「めっちゃお尻痛いんですけどー!」


 と駄々を捏ねていて大変鬱陶しかった。

 グレイに至ってはお尻が痛いからと長時間、僕の膝の上に腰を下ろしていたので、おかげで僕の足が痺れた。


 レベッカはだいぶ僕に慣れてきたのか普通に接してくれた。

 エドワードは御者台で手綱を握り、馬車を引く六本足の馬に「シュナダー」とか名付けて遊んでいた。


「くはは! いいぞシュナイダー! 駆けろー!」

「……」


 僕は対角線上に座るレベッカに目を向けて、


「真面なのはレベッカだけだ」

「お、お兄様だって真面ですわよ?」

「じゃあ自信なさげに言うなよ」


 そんなこんなで無駄にストレスの溜まる移動が終わり、ようやく前線拠点に降りたと思ったら、


「ぶえええええん! クロ様ぁぁ! だづげでぇー!」

「……」


 ゼディスさんが作戦本部用に建てられた大きなテントの中で大泣きしていた。


「ゼディス! 貴様は本当にポンコツ! このポンコツ! このポンコツ!」

「びえええええ!」


 泣きじゃくるゼディスさんを足蹴にするディオネスの図が、倫理的にまずい絵面になってしまっているが――ともかく。


「えっと、ディオネス。その辺にしておけよ。ゼディスさんがポンコツなのはいつもことだし」

「酷いです! クロ様!」

「うるさい! このポンコツ!」

「ぴえええん!」

「……」


 閑話休題。


「それでえっと、なんで僕がここへ来て早々にゼディスさんがディオネスに虐められていたわけ?」

「人聞きの悪い。私は教育していただけ。虐めていたわけではない」

「虐めの自覚がない人って、みんな同じこと言うんだよなぁ」


「そんなことよりも、なぜ貴様がここにいる」

「かくかくしかじか」


 ディオネスの当然な疑問に対し、僕はここまでの経緯を説明した。


「なるほど。今回も手柄を立てるために来たか」

「本当に便利だなぁ。かくかくしかじか」

「とはいえ、よく見張りの兵に止められずにここまで来たな」

「いや、入り口で止められたけど、僕の顔見たら怯えて通してくれた。多分、ルーシアのせいだ」


「……なるほど。ま、まあ貴様はお嬢様のお気に入りだから、兵士たちに顔を覚えられていても不思議ではない」

「僕としては申し訳なさでいっぱいだけど」

「それで、その後ろにいる連中はなに」


 ディオネスが指し示したのは、黄昏組の四人のことである。

 僕が説明しようとすると、待ったをかけるようにエドワードが口を開いた。


「くはは! 久しぶりだな! 魔王軍幹部のディオネス・メイデン殿よ!」

「貴様はエドワード・ヴァンパイアロードか。なぜここに」

「くはは! 実は俺様、この男の下につくことにしたのだ。だから、ここにいる。以上だ!」


「この男の下に……? 貴様が? 次世代の魔王候補筆頭の貴様が?」

「ふんむ! 知っての通り、俺様はすでに地位も名誉も金も失っている身だ。ちっ、黄昏皇女め! 許せん!」

「はいそこ思い出しイライラしなーい」


 ルーシアへの恨みが再燃したエドワードにツッコミを入れると、彼は「おおっっと」とわざとらしい仕草で続ける。


「おっほん。とにかく、すでに俺様は次世代の魔王候補ではないのだ。なにより今さらそんな地位にも興味はないのでな。現時点で、次世代の魔王候補筆頭であるクロ・セバスチャンの下につくのが最前だと俺様は考えたまでのこと」

「貴様のような男が誰かの下につくなど怪しいにも程がある」

「だよなぁ」

「おい! ディオネス殿はともかく、大将まで同意するでない!」

「僕を大将と呼ぶのはやめろ」


 僕はエドワードを咎めるが、エドワードはまったく意に介さず続ける。


「とにかく、この俺様も戦いに加わってやるのだ! 感謝するのだな! くはは!」

「エドワードが偉そうなんだけど」

「バカめ。俺様は本当に偉いのだよ、大将。まあ、すでに地位と名誉と金を失っているが――ちっ!黄昏皇女め!」

「だから思い出しイライラするなよ」


「こ、こほん。まあ、地位も名誉も金もないが、それは肩書きとしての効力が失われたに過ぎないのだ。俺様が至高のヴァンアイアロードであることに変わりはない。実力的には魔王軍の幹部より俺様の方が上だ」

「そうなのか?」


 僕がディオネスに目を向けると、ディオネスが悔しげに表情を歪める。


「……私では相性が悪い」

「くはは! そういうことだ。まあ、仮にも次世代の魔王候補筆頭として、あの黄昏皇女と縁談もあったくらだ。弱いわけがないというかだな。もっと俺様を頼っていいぞというかだな?」


「ふーん? ルーシアに瞬殺されてたから、てっきり弱いのかと――ちょっ、悪かった。僕が悪かったから胸ぐらを掴むのはやめろ! 苦しい!」

「お、お兄様その辺に! これではお話が進みませんわ!」


 レベッカが止めてくれたおかげで、なんとかエドワードは矛を収めてくれた。


「ふんっ! だいたい、黄昏皇女と比べられては困るのだ。あれは本物の化物なのだ。正直、三強などよりよっぽど怖いだろうさ」

「僕の恋人を化物呼ばわりするな」


「ちょっ……大将! 俺様のツボを的確に突くでない! なぜそんなにツボを突くのが上手いのだ!? 地味に痛いのだが! いたっ……やめ、やめろおおお!」

「もうお二人ともいい加減にしてくださいまし!」


 レベッカに怒られた。


「まったくあんたらは子供じゃないんだから。もふもぐ、遊んでないで、もぐもぐ、早く話を進めなさいよ? もぐもぐ」

「って、シロさん! 勝手になにを食べているの! ダメじゃありませんの!」

「おや? ここに立て掛けられている槍、業物だね。もらっていいかな?」

「ちょっ……それは私の武器!」


 なんか勝手に食べているシロはレベッカに叱られ、なんか勝手に武器を頂戴しようとしていたグレイはディオネスに叱られ、ゼディスさんに至っては「私のおやつが食べられたあああ」と泣きじゃくり――なんかもう作戦本部内はてんやわんやになっていた。


 一足先に、冷静になっていた僕とエドワードは荒ぶるみんなを見て一言。


「「話が進まないからふざけるものいい加減にしろ」」

「お二人が言わないでくださいまし!」


 僕たちはまたレベッカに怒られた。



 話が進まないので僕とエドワード、そしてディオネス以外は外に出てもらった。


「なあ、ディオネス。ここに来る道中で聞いたのだけれど、魔王軍が三連敗したって」

「……」


 僕の問いに対してディオネスは押し黙った。


「正直、俺様としては信じられん。たしかに相手はあの三強だが、聞いたところによるとガスコインは一度も表に出てきていないらしいではないか。それはつまり、圧倒的な個人による敗走ではないということだ。十倍の兵力差があって負けるというのは只事ではあるまいよ」


 エドワードは顎に手を当てて神妙な面持ちになる。


「特に俺様が気になっているのは北西砦が奪われたことだ。十倍の兵力差がありながら篭城戦で負けるのは考え難い。なにか理由があるのか?」


 そうエドワードが訪ねると、今まで沈黙していたディオネスがゆっくりと口を開く。


「なにを言っても言い訳にしかならないが――我らが三度の敗走を許したのには、いくつかの理由がある。その中でも最も厄介な理由は、敵兵のほとんどが不死身であることだ」

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