第85話 ガスコインのこと
翌日。
今日も僕はバイトに入り、師匠の手伝いをしていた。
「師匠。聞きましたか? 昨日来たガスコインさん。反魔族国勢力のリーダーで、魔族国に宣戦布告したらしいですね」
施術で使うベッドにタオルを敷きながら言うと、ハチベエ師匠が葉巻を吸いながら僕に視線を向ける。
「おーみたいだな。昨日からその話題で街は大盛騒ぎだ」
「ですよね。そういえば、ハチベエ師匠はガスコインさんとは古い友人だって言ってましたよね?」
「んー? ああ、言ったなぁ。それがどうしたんだ?」
「いえ、ガスコインさんってどんな人なのかなって」
「気になるのか?」
「そうですね。昨日話した感じだと、あんまり悪い人って感じがしなかったんで」
「悪い人じゃないか……まあ、実際そうだな。あいつは悪いやつではないってのはたしかだ。ちょっと不器用だけどな」
「不器用?」
「ガスコインは根っからの戦闘民族だ。戦いに明け暮れ、強さを求めて研鑚に研鑚を重ねて三強とまで呼ばれるようになった。だから、戦いにおいてはやつの右に出る者は――それこそ同じ三強しかいないだろうが、戦うこと以外はからっきしだ。戦うこと以外に関しては、自分のことすら無頓着な男でな。気がついたら腹を空かせて倒れていることがよくあってよ。いつから食ってねえか聞いて見たら、一週間食ってねえって答えたんだぞ? バカだろ?」
「……」
結構、残念な人なのかなと思った。
「まあ、そんな具合でな。三強って言われるくらい強いくせに、実は一人じゃ生きていくのも難しい――不器用な男なんだ」
「なるほど……」
僕は頷き、
「そういえば師匠」
「ん? まだなにか聞きてえことがあるのか?」
「いえ、店内で喫煙すると、またお客さんに文句言われるんじゃないかと思って」
「おっと、忘れてたぜ」
「気をつけてくださいよ? ハチベエ師匠」
「おう、悪いな……っと、そうだ。おい、どうせならお前も一服どうだ?」
「いえ、遠慮しておきます」
「なんだ? 葉巻は嫌いか?」
「そういうわけじゃないですよ。ただ、健康には気を遣っているんで葉巻はちょっと」
「若いのに健康なんて気にしてんのか? こういうことは若いうちしか、むしろできねえんだぞ?」
「いいんですよ、僕は。できるだけ長生きしたいんで」
「ふーん? まあ、無理強いするもんでもねえし、いいけどよ。それじゃあ外で一服してくる。店番頼んだぞー」
「はーい」
ハチベエ師匠はそう言ってお店の外へ出ていく。
残った僕は残りの作業を済ませてお客さんが来るのを待った。
※
今日は午前中でお店が閉まった。
バイトが終わった後、僕は夕食の買い出しのために、遊楽街のある北通りから商いの盛んな南通りまで足を運んでいた。
「今日はなににするのかなぁ」
と、食材を探していたところ。
「くはは! そこのお客様よ! 昼食はお済みか? まだならラーメンはいかがだろうか! くはは!」
エドワードのラーメン屋台があった。
屋台には相変わらず割烹着を着たエドワードとレベッカが並んで立っており、客引き用のためか『美男美女のラーメン屋台あるよ!』というのぼりを持ったシロが、店先に立っていた。
ちなみに、聖剣は屋台の隅っこにポツンと立てかけられていた。
どうやら看板娘役は、シロに奪われたらしい。
いや、あるべき姿に戻ったというべきか。
見た目的にも普通は聖剣よりシロがやった方が客引きになるだろう。
というか、聖剣の扱い雑だな……。
僕はもうどこからツッコミを入れるべきか分からない状況に、内心で総ツッコミを入れてため息を吐いた。
「相変わらずだな。お前たちは」
「くはは! そうだろうとも。そこにお客様がいる限り、俺様はどこへでも屋台を引っ張り参上する。それがラーメン屋魂だ! くはは!」
そのラーメン屋精神がはたして正解かどうかは置いておくとして、たしかに昼食がまだだったため、僕は折角だからと寄ることにした。
「さて、いらっしゃいませだな! お客様よ!」
「いらっしゃいませですわ」
「しゃっせー」
と、エドワード、レベッカ、シロのそれぞれに出迎えられた。
「おい、バイトよ! 適当に略すなといつも言っているだろうが!」
「えー? 別にクロがお客ならこれでもよくない?」
「いいや、ダメだ! こいつはこれでもお得意様だからな」
「おい、今これでもとか言わなかった?」
「言ってない」
僕の追求にエドワードが目を逸らした。
「さ、さて! そんなことよりもお客様よ! 今日は何にするのだ?」
「いつも如くおすすめを言え。どうせそれしか出さないんだから」
「くはは! では発表しよう! 本日の当店のおすすめをな!」
「おすすめって日替わりなんだな」
「当店のおすすめは当店のメニュー全てだ!」
「それはもはやおすすめではなくなっている件について」
「なに言うか。メニュー全てがおすすめということは、メニュー全てに自信があるということだ。それは極めていいことだろう?」
「まあ、そう言われれば」
「くはは! 今のお客様はずいぶんと懐が暖かいと聞いているからな。ぜひ全メニュー頼んでくれたまえ」
「……」
僕が小金持ちになっていることをどこからか嗅ぎつけたらしい。
「全メニューって、今日一日だけじゃそんなに食べられないよ」
「くはは! お客様は器も小さいのに胃袋も小さいのだな! 残念なお客様だな!」
「帰る」
「まあまあまあ! 俺様が悪かった! 冗談だとも冗談!」
「……」
「して、なににするのだ?」
僕はメニューを見て、最初に目が止まった味噌ラーメンを注文する。
すると、エドワードは「合点承知!」とすぐにラーメンを作り始める。
その間、手持ち無沙汰になった僕は適当に視線を彷徨わせる。
「にしても、お客さんはいつも通り僕以外いないな。なんか僕がいる時、いつも僕しかお客さんいないけど、この店大丈夫なのか?」
「くはは! 安心しろ。貴様が来た時点で人払いの魔法を使っているだけだ。普段はもう少しいる」
「え? なんで人払いの魔法を?」
「貴様がここへ来た時にはたいてい、周りには聞かせられないような会話をするからな」
「だから、人払いの魔法か。なるほどな」
僕は納得して店先でぼーっとしているシロに目を向ける。
じゃあ、今は客引きしている意味はないんじゃ……。
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