第86話 クロの本気

「して――お客様よ。反魔族国勢力の話は聞いたな?」

「え? まあ、うん。昨日から騒ぎになっているし」

「今回、貴様はどうするつもりなのだ?」


 どうするつもりとは――聞き返すまでもない。

 エドワードは僕がルーシアと結婚するために魔王を目指していることを知っている。


 そのために、僕が実績を欲していることも。

 だから、彼の問いの意図は「反魔族国勢力と戦うつもりなのか」だろう。

 エドワードの質問に対して、僕は肩を竦めた。


「ルーシアには遠回しにやめろって言われた」

「だろうな。黄昏皇女はいい加減に見えて冷静な女だ。相手が三強のガスコインとなれば、貴様が実績を得る以前の問題だと考えたのだろう。生きて帰って来られるかどうかも怪しい。帰って来られても、成果など挙げられる余裕はないだろうさ」


「どうして?」

「生き残ることだけで精一杯になるからだ。相手が相手なだけに、どんな小細工も通用はしない」

「……そこまですごいのか?」

「当たり前だ。だからこそ、三強と呼ばれているわけだしな」


 僕はカウンターテーブルに肘を乗せ、手の上に顎を乗せて重心を預けた。


「ちょっと誇張しずぎじゃないか? 魔王を見ていると隙だらけにも見えるけど」

「そんなこと言えるのは世界のどこを探しても貴様だけだろうな……あの魔王のどこに隙などあるものか」


「そうかなぁ。毎日、仕事で忙殺されているし、娘のルーシアに振り回されているしで隙だらけだと思うけど」

「……」


 エドワードが頬を引きつらせた。


「貴様にはあの魔王がそんな間抜けに見えるのか……」

「いや、さすがに間抜けとは思ってないけど。国のために頑張っているわけだし」


「っと、話が逸れたな、ともかく、黄昏皇女の言う通り、貴様は今回傍観して、別のことで成果を挙げる方がいいだろうな」

「うーん」


 僕は喉を鳴らして首を傾げた。

 僕の反応を見て、エドワードは不思議そうに片方の眉尻を上げた。


「む? なにか俺様はおかしなことを言ったか?」

「うーん。いや、ルーシアとエドワードが言いたいことは分かるんだ。簡潔に言うなら危ないから大人しく待ってろってことだろう?」


「まあ、そういうことになるな」

「だとしたら、ルーシアもエドワードもちょっとずれてるんだよなぁ」


 そう口にすると、エドワードが珍しく困惑した表情を浮かべる。

 その隣で黙々と調理していたレベッカも手を止めて、僕の視線を向けてきた。

 僕は二人の視線を受けつつ、昨日ルーシアに言われてから思っていたことを口にする。


「あのさ、僕は魔王を目指しているんだよ」

「っ……」

「!」


 言うと、一瞬二人の表情が凍りついたように見えた。


「そのために死ぬ覚悟はできているんだ。だいたい、“この程度”のことで命もかけられないようなやつが魔王になったとして、誰がついて来るんだ? こういう時、上に立つ人間が率先して動かなきゃ誰もついて来ないだろ?」


 少しだけ熱くなってしまい、最後の方は語気が荒くなってしまったが――これが僕の本音である。

 魔王を目指している以上、ガスコインさんのような脅威を遅かれ早かれ相手にしなくてはならない。


 ここでそういう脅威を打ち払えて、初めて魔王になる資格があるのではないかと僕は思う。

 なぜなら魔王になって終わりではないのだから。

 魔王になってからが本番なのだから。


 僕が魔王になった時、温泉国の時のようにただ指を咥えて見ているだけなんてあってはならない。

 魔王を目指している以上は、僕が魔王になれる資格があるかどうかを示さなければならないはずだ。


 だから、相手が誰であろうとも僕は立ち向かわなくてはならない。

 それが僕の考えであり、僕のやるべきことなのだ。


 僕がそれら全てを話終えると、エドワードもレベッカもしばらく唖然としていたが、やがてエドワードがふっと笑った。


「くはははははは! なるほどな! たしかに、貴様の言う通りだ。クロ・セバスチャン!」

「お、おう? そうか?」


「くはは! 肝が座っているとは思っていたが、そうか……そもそも、俺様たちとは覚悟が違っていたわけか」

「か、覚悟?」

「おっと、こちらの話だ。気にするな」


 エドワードは言って、感心したようすで顎に手を当てる。


「くはは! 気に入ったぞ、クロ・セバスチャン! 貴様が動くというのなら俺様たちも力を貸してやろう!」

「え? いいのか?」


「もちろんだ。もともと、そのつもりではあったからな」

「どういうことだ?」


 訳が分からず尋ねると、エドワードは胸を張って答える。


「俺様たちはもともと貴様のサポートをするように命じられていてな。疑問には思わなかったか? 貴様の行く先々に、俺様たちがいることに」

「思わなかった……単なる変な人かと」

「おい」

「ご、ごめん」


 平謝りすると、エドワードは僕を半眼で睨む。

 すると、横からレベッカが苦笑気味に割って入る。


「まあまあ、お兄様。お話を続けてくださいまし」

「ふんっ、まったく調子の狂う男だ。ものすごい威圧感を放ったかと思えば、平謝りするしで……すごいのかすごくないのかよく分からない男め!」


「そう言われても」

「まあいい。で、話を戻そう。とにかく、俺様たちは貴様のサポートをするように命じられ、今まで貴様の行く先々に現れ、貴様の手助けをしていたのだ」


「情報提供とかも、その手助けの一貫だったわけか?」

「ええ、そうですわ。クロ様に有益な情報をお渡しするために、現地でただのラーメン屋になりすまし、諜報活動を行っておりますの」


 僕は衝撃の真実に開いた口が塞がらなかった。


「そんなことをしてたのか。ぜんぜん気がつかなった。じゃあ、ラーメン屋を開くのが夢とか云々は嘘だったのか」

「それは本当だが?」


 本当なのかよ。


「って、そうだ。一番重要なことを聞いてない。命じられたって言ってたけど、一体誰の命令でそんなことしてたんだ?」

「おっと! それはトップシークレットの秘密だ!」

「秘密って……というか、それ同じこと言ってるから」


「悪いが言うなと口止めをされていてな。本当は手助けをしていることも気が付かれてはいけないのだ。俺様からバラしたなどと知られたら、俺様は消されるだろう」

「こわっ……なんでそんなこと自分からバラしたんだよ」


 僕が引き気味に尋ねると、エドワードは上機嫌に答えた。


「先ほど貴様に見せてもらった覚悟に惚れたからだ。貴様にならついて行ってもいいと、頭で考えるよりも早く心が感じ取ったのだ。貴様には命をかけて手をかす価値がある、そう思ったまでのことだ」

「そ、そう……なのか? なんかありがとう?」

「くはは! 気にするな!」


 エドワードは言って、隣に立つレベッカと近くで聞いていたシロに向かって目配せする。


「貴様らもいいな? 今日から俺様たちはクロ・セバスチャンの下につく」

「わたしくは異論ありませんわ」


 レベッカはすぐに頷いてくれて、なんだか照れてしまった。

 続いてシロへ目を向けるとシロは僕をじっと見ていた。


「えっと、なに?」

「え? あ、あー……なんでもないわ。あたしも別にいいわよー。三強とやり合うなんて、なんか面白そうだしね!」

『これシロ! これは遊びではないのだぞ!?』


 と、お店の隅に立てかけられていた聖剣がシロの軽い返答を咎めるが、シロは意にも介さないようすである。

 エドワードは二人の了承を得て、改めて僕に向き直った。


「では、これで晴れて――俺様たち黄昏組は貴様の配下となった。これからは貴様のことを大将と呼ぶことにしようではないか! くはは!」

「やめてくれ……」


 ふと、「黄昏組」という単語に聞き覚えがあって、どこで聞いたかなと思い出していると、エドワードが「そうだ」と口を開く。


「実は黄昏組にはもう一人メンバーいてな。貴様も知っている人物で――」


 と言いかけてところで、


「私のことを呼んだかな?」


 ――グレイがいつのまにか僕の隣の椅子に座っていた。

 エドワードも突然、グレイが現れたことに驚愕の表情を浮かべている。


「なっ! 貴様いつのまに! 俺様の人払いの魔法をどうやって」

「ん? どうやってもなにも普通に?」

「ふ、普通に!?」


 エドワードは頬を引きつらせた。

 グレイはそんなエドワードを他所に僕の顔をじっと見る。


「話は聞いていたよ。私もこっちに来てすぐに黄昏組のメンバーに加わったんだ。これからよろしくね?」

「お、おう?」


 突然のことで驚いたが、要はグレイも僕に手を貸してくれるということらしい。

 エドワードはやや調子を狂わされた顔で不満げに唸っていたが、「こほんっ」と咳払いして仕切りだす。


「ともかく! これからは俺様にレベッカ、シロ、グレイは貴様の配下だ。うまく扱って見せろよ? くはは!」

「……言われなくても」


 こうして僕に初めて配下というものができた。

 それにしても、黄昏組という単語に聞き覚えがあると思っていたけれど、グレイが現れてくれたおかげで思い出せた。


 ――となると、エドワードに僕の手助けを命じていた人物は……。

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