第84話 ディオネスのこと

 ズズッとお茶を啜るルーシアを尻目に、夕食で使った食器等を洗うかたわら、僕は「そういえば」と口を開く。


「新聞で見たんだけれど、例のガスコインって人。フルネームがガスコイン・メイデンなんだけどさ。もしかして、ディオネスの身内だったりするのか?」

「ええ、その通りよ。ディオネスの実兄ね」

「ふーん。となると、ディオネスは結構複雑な立場なんだなぁ」


「だと思うわ」

「どうしてガスコインさんは宣戦布告なんかしたんだろうな」

「それは戦闘民族だからでしょうね」

「戦闘民族だから?」


 尻目にルーシアを見て聞くと、彼女は湯呑みをテーブルに置いた。


「戦闘民族は闘争を求める種族だもの。ゴミ――いえ、おとうさ――やっぱりゴミでいいわ」

「もうお父さんって呼んであげようよ……」


 しかし、ルーシアは頑なに魔王のことをお父さんとは言わず、ゴミで通すつもりらしい。


「とにかく、あのゴミが作る平和な時代が気に食わないのでしょうね」

「それで宣戦布告か? 変な理由で戦争するんだなぁ」


「戦争なんてそんなものよ。要は喧嘩のスケールを個人から国に変えただけだもの。あいつがむかつくからとか、あいつが憎いとか、そういう幼稚な理由でも始まるものよ。戦争は」

「ふーん」

「だから、私は平和な時代の方が好きよ」


 と、一番幼稚な理由で戦争をふっかけそうな人物が言った。


「あら、今なにか失礼なことを考えていなかったかしら?」

「!」


 ナチュラルに心を読まないでいただきたい。

 僕は誤魔化すように慌てて口を開く。


「ま、まあ、僕もやっぱり平和な方が好きかな」

「でしょうね。よかったわね。私があのゴミを始末さえできれば、世界はいつまでも平和よ」

「……」


 むしろ、また戦乱の時代が来るのでは?

 などという言葉はもちろん心の中に留めた。


「にしても、大丈夫かなぁ。ディオネス」

「あら、クロがディオネスを心配するなんて珍しいこともあるのね。もしかして浮気?」

「違う」


「浮気はギロチンよ? あとついでにゴミも一緒に殺すわ」

「そこで魔王をついでに殺す意味が分からない」


 僕はため息を吐きながら答える。


「僕はたしかにディオネスとは反りが合わないけれど、別に嫌いってわけじゃないからさ。身内と戦うことになるっていうなら、やっぱり心配だ」

「……そうね。ディオネスは優しいから、きっと心中では複雑でしょうね」


 僕は食器を洗う手を止めた。


「ん? ディオネスが優しい? それはどこにあるパラレルワールドの話なんだ?」

「どこのキャラメルワールドの話でもないわよ」

「じゃあ、一体どこら辺が優しいんだ? あとパラレルワールドな?」


「ああ、そうだったわね。そうだ、クロ、なんだかキャラメルが食べたくなってきたから作りな――」

「やだ」


 閑話休題。

 ルーシアは再び湯呑みを手にとり、お茶を一口飲んでから口を開く。


「はっきり言うけれど、ディオネスは戦闘民族としては出来損ないだったのよ」

「ディオネスが……? 出来損ないだって?」

「根が優しい性格でね。争いごとを好まない女なのよ」


「とてもそのようには見えませんが」

「ふふ、お前の目にはそう映るのでしょうね」


 ルーシアの目にはディオネスが争いごとを好まないように見えるらしい。

 訝しげな視線を送る僕を見て、ルーシアは「思い返してみなさい」と口を開く。


「ディオネスは感情表現が苦手で話していても面白みの欠片もないけれど」

「酷いことを言う」


「でも、優しいのは事実よ。その証拠にお前も何度か助けてもらったことがあるんじゃないかしら?」

「……」


 ふと、闘技場でルーシアとシロが戦った際に、飛んできた瓦礫で僕が死にかけたところを助けてくれたことを思い出す。

 アスタリアさんに歯向かった際にも、他の幹部の人たちに混じって僕を擁護してくれていたか。


「どう? 少しくらいはあるでしょう?」

「まあ……たしかに、なくはないかな」


「そうでしょう? あれはね。言動や態度で誤解されやすいけれど本当は優しいのよ。本来それは長所のはずだけれど、戦闘民族としは致命的なの」

「そうなのか?」


「ええ。優しさなんて、戦いにおいては邪魔なだけだもの」

「だから、出来損ない……か?」


 ルーシアはお茶を飲みながら首肯した。

 それから再び湯呑みをテーブルに置くと、綺麗な脚を組んだ。


「これは聞いた話だけれど――魔王軍に入るまでのディオネスはね。その優しい性格もあって戦闘民族としての戦闘力事態、あまり高くなかったの。それも相まって身内からは出来損ないと揶揄されていたらしいわ」


「あのディオネスがか」

「といっても、それは戦闘民族基準の話よ。今のクロよりはずっと強かったはずよ」

「さいですか……」


「それからディオネスは十歳にも満たない頃、戦闘民族の故郷を捨てて放浪の旅へ出たそうよ。けれど、途中で路銀が尽きて困っていたところをゴミに拾われたそうよ。そして彼女はゴミへの恩返しの意味で、魔王軍に入ったらしいわ」

「へえ、ディオネスって最初から幹部だったわけじゃないのか」


「当たり前でしょ。幹部のほとんどは一から手柄を立てて、あの椅子に座っているのよ。ディオネスも同じ。一から努力し、戦いの中で成長を続けていったわ。そうして努力を重ねた結果が、今の地位よ。七人いる魔王軍幹部の一席に加わり、その上で魔王軍の幹部最強とまで呼ばれる実力も身につけた」

「……すごいな」

「私もそう思うわ」


 ルーシアはどこか誇らしげにそう言った。

 

「でも、そっか、ディオネスにはそういう背景があるから、僕のことが嫌いなんだな」

「ええ。努力でのし上がってきた彼女からすれば、クロの姿は怠惰に見えるのでしょうね」

「いつも言われているからなぁ。『貴様の弱さに甘んじているところが許せない』って」


 言って、そういえば最近はあまり言われていない気がするなと思った。


「……ディオネスのことちょっと誤解してたな。僕はてっきり戦闘民族だから僕みたいな弱い存在が気に食わないんだと思ってた」

「それは酷い誤解ね。考えを改めなさい」

「うん。考えを改める」


 僕は言って、食器洗いを再開する。

 なるほどなぁ、ディオネスには僕の知らないそういう側面もあるんだなぁ。


 そんなことを考えながら、ふとガスコインさんのことが脳裏にチラつく。

 ディオネスと血を分けた兄妹であるのなら、ガスコインさんも実は優しかったりするのだろうか。


「……」


 僕はそれが気になった。

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