第83話 幼馴染は平常運転
ガスコインは驚愕の表情を浮かべているディオネスに向かって口を開く。
「久しぶりだな。ディオネス」
「あ、兄上……なぜ……」
「ああ、今日はゲーティアに宣戦布告しにきた」
「宣戦布告っ!?」
「そんなに驚くことじゃないだろう? お前だって俺と同じく、ゲーティアが作る平和な時代とやらを気に食わないと思っているはずだ。なにせこの俺と血を分けた実の妹なんだ。そうだろう?」
「それは――」
ディオネスにも思うところがあるのか、わずかに怯んだ。
しかし、すぐに頭を振る。
「わ、私は魔王様の臣下っ。魔王様の目指す世界こそ、私の望む世界っ」
「本当にそうか? ゲーティアの前だからと遠慮することはないんだぞ?」
ガスコインは言いながらディオネスに手を差し伸べる。
「俺の手を取れ、ディオネス。兄妹でゲーティアの時代を壊そうじゃあねえか」
「っ!」
ディオネスは眉根を寄せてガスコインの手を払った。
「兄上の考えには賛同できない!」
「……そうか。何年か経てば、お前も戦闘民族の娘として成長してくれるかと思っていたのだがな。お前はやはり、戦闘民族としては出来損ないだな」
「……っ」
「戦闘民族に生まれた身でありながら、平和に身を投じるなんてな。ディオネス、お前は戦闘民族失格だ」
ガスコインの言葉にディオネスが顔を俯かせる。
と、そこへ二人の間にゲーティアが割って入った。
「おい、俺の大事な配下を泣かすような真似してんじゃねえよ」
「くくく。大事な配下か。出来損ないの俺の妹を大事にするなんて、魔王軍はずいぶんと人手が不足しているのだな」
「てめえ……もういっぺん言ってみろ。ぶっ殺すぞ」
「なんどでも言ってやろうか? そこの出来損ないの――」
ガスコインがもう一度言おうとした直後、ゲーティアがガスコインに向かって頭突きを繰り出す。
二人の額がかち合い、辺り一帯に衝撃波が駆け抜ける。
「それが血を分けた兄妹に向かった言うことか! ガスコイン!」
「この程度のことで喚くな。だいたい、これは俺たち兄妹の問題だ。部外者のお前にとやかく言われる筋合いはない」
「てめえ……!」
「くくく。じゃあな」
ガスコインは魔王から離れ、ディオネスの脇を通って謁見の間から去っていく――その前に、ガスコインは一度立ち止まって、「あーそうそう」とゲーティアに尋ねる。
「そういえば、ここへ来る前にシキの野郎によく似たガキを見た。お前、なにか知ってるか?」
「知ってても教えるか。クソが」
「くくく。そうかよ」
ガスコインは肩を竦めて、今度こそ謁見の間から立ち去る。
魔王はガスコインの背中をしばらく憎々しげに見た後、俯くディオネスに向かってこう言った。
「すまないな……ディオネス。俺は何も言えなかった」
「い、いえ……兄上の言う通りですから……」
ディオネスはそう言って一礼すると、この場から逃げるように謁見の間から立ち去る。
魔王は「ちっ……」と舌打ちした。
「こういう時、坊主なら俺とルーシアの喧嘩を止めた時みたく、『関係なくない』とか言って、家族の問題にも首を突っ込めるんだろうな」
「……そうですね」
魔王の独り言のような呟きに静観していたアイリスが頷く。
しばらくして、魔王は大きくため息を吐いてからアイリスに向かって口を開く。
「アイリス。戦争の準備だ。敵は反魔族国勢力。頭はガスコイン・メイデンだ」
アイリスはなにも言わずに一礼した。
※
魔族国某所。
とある男が通話機を耳に当てて、誰かと通話をしていた。
「――ということが魔王城の方であったらしいぞ?」
『そう』
「今回も動くのか?」
『どうかしら』
「ふむ? まさか動かないのか? あの男が武勲を立てるのにちょうどいいと思うが」
『そうね。私もそう思うけれど今回は相手が相手だもの。私から勧めるようなことはしないわ』
「ほう、意外だな。貴様は目的を達成するためならば、あらゆる手段を選ぶと思っていたのだが」
『自分のことならそうするでしょうけれど』
「そうか。ならば。今回、俺様は動かなくてもいいのか?」
『ええ、今回はいいわ』
「承知した」
『そういえば、新しく加わったあの女はどうかしら』
「ふむ、そうだなぁ。料理もできない上に客引きも下手くそだからなぁ。いつもやっている諜報活動には向かない」
『そう。なら、有事の際に使いなさい。あれの戦闘力は折り紙つきだから』
「うむ。承知した」
『それじゃあ切るわ』
プツンと、通話が切れる音が鳴る。
男は本当に通話が切れたかとどうかを幾度も確認する。
「……切れたか。まったく毎度の如く偉そうな女めぇ! いつかぎゃふんと言わせてやる!」
と、男が声だかに言うと、隣でそれを聞いていた女がため息混じりに咎める。
「お兄様、あまりそういうことは言わないでくださいまし。以前、通話が切れていなくて酷い目に遭わされたじゃありませんの」
「くはは! 安心しろ我が妹よ! しっかりと通話が切れていることは確認しているからな!」
「それならいいんですけれど……あ、そういえば食材を切らしていたのですわ。今から買い出しに行ってきますわね」
「む? そうだったか。いつもの如く我が妹は気が利くものだなぁ。くはは! もはやどこの嫁に出しても恥ずかしくないな!」
「も、もう……! お兄様ったら。恥ずかしいことを言わないでください!」
そうやって男と女が仲睦まじくしている姿をじっと見ている少女がいた。
男は少女の視線に気がつき首を傾げた。
「む? どうしたのだ? バイトよ? そんなに俺様をじっと見てきて」
「え? ああ、別になんでもないわ! ただ……」
「ただ?」
「兄妹って、いいなって」
「くはは! そうだろう?」
「ふふ、そうですわね。兄妹はいいものですわ」
「……いいなぁ。あたしも早く会いたいなぁ」
少女は寂しそうにぽつりと呟いた。
※
魔王ゲーティア・トワイライト・ロードに宣戦布告。三強の一角、ガスコイン・メイデンが反魔族国勢力を率いて戦争か。
バイト終わりの帰り道。
新聞の号外が道すがら配られていたので受け取って読んでみると、そんな感じの見出しが載っていた。
「え、ガスコインって……」
あの変なお客さんのことじゃないか。
しかも、メイデンってどこかで聞き覚えがあると思ったらディオネスと同じ家名で、僕は二重に驚いた。
僕は居てもいられなくなって、足早に夕食に使う食材を買って郊外にあるボロ屋まで帰る。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
玄関を開けて中へ入ると、いつも通りルーシアがボロ椅子の上に脚を組んで座っていた。
「なあ、ルーシア聞いたか? なんでも反魔族国勢力が――」
「お腹が空いたわ」
「う、うん、すぐ夕食にするよ。で、さっきの話の続きなんだけどさ。反魔族――」
「ねえクロ。私、お腹が空いたのだわ」
「分かってるよ。でも、その前にさ。反ま――」
「お・な・か・す・い・た」
「……」
なんだろう。
ルーシアから今すぐに夕食を作らないとギロチンを出すわよというプレッシャーを感じる。
こうなったルーシアは自分の意見が通るまで、なにを話しても耳を貸さないだろう。
僕はため息を吐いて、「分かった分かった」と買い物袋をボロテーブルに置いた。
「今すぐ作るよ」
「そう。それでいいのよ」
「……なあ」
「なにかしら?」
「なにか誤魔化そうとしていないか?」
「別に、ゴマスリなんてしていないけれど?」
「ゴマすりじゃなくて誤魔化すな?」
「そうとも言うわね」
「そうとしか言わねえよ」
というか、お前はゴマする方じゃなくて、ゴマすられる方だろ。
なんてツッコミを内心でしていると、
「いいから早く夕食を作りなさい。本当にお前はなにをするにしても遅いのだから困るわ」
「……」
この居候、本当に偉そうだなぁ。
と、僕は久しぶりのこの感想を抱くのだった。
それから夕食を作って一緒に食べた後、僕は帰ってきてからずっと話題にあげていた号外の件を口にする。
「ルーシア。知ってるか? 反魔族国勢力が魔族国に宣戦布告してきたって」
「クロ。お茶」
「……」
僕はすぐ湯呑みに緑茶を淹れた。
「ふう、相変わらずまずいわね」
「なあ」
「なにかしら?」
「やっぱり、なんか話を逸らそうとしてないか?」
「別にそんなことないけれど?」
「そうか? だけど、僕が反魔族国勢力のことを話題に出すと、露骨に話を逸らそうとするじゃないか」
「そうかしら?」
「そうだよ」
僕の追求に対してルーシアは、緑茶を飲んで一拍置いてから答える。
「話を逸らそうと思っていたわけじゃないわ。ただ、今回の件にお前は関わらない方がいいと思ったから、あえて話題にしたくなかったのよ」
「関わらない方がいい……?」
「ええ、そうよ。お前は知らないと思うけれど、今回の相手は三強の一角、ガスコイン・メイデン。さすがに、今回は実績云々を言っていられるような相手じゃないわ」
「そうなのか? てっきりルーシアのことだから、今回もなにかやれって言われるかと思ってた」
「相手ガスコインじゃなければ、私もそう言ったでしょうね。でも、ガスコインはダメよ。あれはちょっと策を弄しただけでどうにかなるタイプの相手じゃないもの」
「ふーん?」
ルーシアにここまで言わせるなんて、相当強い人物なのだろう。
「今まで聞いたことなかったけど、三強ってそんなに強いんだな」
「ええ。なにせ、世界最強の三人なのだから」
「世界最強の三人? 最強なのに三人いるのか?」
「そうよ。まあ、実のところ、この三人が本気で戦うと軽く世界の一個や二個が滅んでしまうから、明確な格付けができないのよ。だから、三強と呼んでいるだけなのだけれどね」
「軽く世界の一個や二個が滅ぼせるって想像もできないなぁ。スケールが違いすぎる」
「でしょうね。お前の小さな脳みそでは想像も及ばない世界よ」
「想像も及ばないのは認めるけれども、どうして今流れるように罵倒されたの? 僕」
「ついでよ」
「ついでで罵倒するなよ。少なからず傷つくんだからな?」
「大丈夫よ。傷ができたら私が舐めてあげる」
「なぜ?」
「傷は唾をつければ治るでしょう?」
「とても王女とは思えない発言について」
「ふふ、冗談よ。どんな怪我を負ったとしても死んでなければ回復魔法で一瞬よ。まあ、一回目なら仮に死んでも復活魔法で生き返らせるけれどね」
「……」
僕は天井を仰いだ。
そのガスコインとか言う人も大概だけれど、やっぱり僕にとってはルーシアがこの世界で一番怖い存在である。
まあ、僕の恋人なんですけね。
「あら、どうかしたの? とても気色悪い顔でニヤニヤしているけれど」
「僕は今、とても深く傷ついた」
「傷? 怪我をしたの? なら回復魔法を使ってあげるわ。どこを怪我したのかしら?」
「心です」
「なら大丈夫ね。クロの心は世界で一番硬いもの。傷なんて気のせいね」
「どういう信頼なのそれ?」
「絶対的な信頼ね。だって、クロの心は折れるどころか曲がることすらないもの」
「とても信頼しているところ悪いけれど、僕だって普通に心が折れることだってあるんだけど……」
「そんなことあるわけないでしょう?」
「なんでそんなに信頼されているんだろう」
と、僕が肩を竦めて口にするとルーシアは薄く笑みを浮かべた。
「ふふ。決まっているでしょう? この私と何十年も過ごしてきて一度もお前の心は折れたことがないのだから。きっとこの先も折れないわよ。お前の心は」
「……」
なら、僕はその信頼を裏切れないなと苦笑した。
「そういえば、三強って言うけど一人はガスコインで、もう一人は魔王だよな?」
「ええ、そうね。いずれは私になるけれど」
「親の首を淡々と狙うなよ……まあ、それはともかくとして、残り一人って誰なんだ?」
「以前は勇者だったけれど、今は知らないわ」
「ふーん?」
「それよりもクロ」
「なんだ?」
「お茶。おかわり」
「……」
「クロ、お茶よ、はやくなさい」
「はあ……」
やっぱり、僕は心が折れそうです。この居候のお世話で。
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