出動、黄昏組

第82話 三回目の激震

 魔族国首都の北通り。

 僕がバイトをしている『六腕ハチベエの揉み屋』は、今日も営業している。


「今日は久々のバイトだからな。キリキリ働いてもらうぜ?」

「分かりました」


 僕はハチベエ師匠に頷き、気合いを入れる。

 ここ最近、旧人間国やら反魔族国勢力のことやらで、ほとんどバイトに出られなかったため、久しぶりの出勤となる。

 今日は今までサボっていた分、しっかり働いて雇ってくれたハチベエ師匠に恩返しせねばと、僕はやる気に燃えていた。


 開店してからしばらくして、ちらほらお客さんが入ってきた。

 僕はお客さんの接客をしつつ施術を行い、お昼の休憩まで働きまくった。

 そしてお昼休憩の頃合い。

 お客さんが大分捌けてきたため、お店の裏にいるハチベエ師匠に店先の看板を裏返しにしてもいいか尋ねに行く。


「師匠。そろそろお昼休憩にしても……ん?」


 お店裏の休憩室に顔を出すと、そこにはハチベエ師匠以外にもう一人――人がいることに気がついた。

 褐色肌に紫がかった髪をオールバックにした体格のいい男性である。

 ハチベエ師匠は、その男性となにやら会話をしており、測らずとも盗み聞きっぽくなってしまった。


「久しぶりだな、ハチベエ」

「お前も元気そうじゃあねえか。ガスコイン」


 二人はどうやら知り合いらしく、親しげに言葉を交わしている。


「まさかお前がこんなところで揉み屋なんてやってるとはな」

「まあな。つーか、こっちも驚いたぜ。まさかガスコインがこんなところに来るとはよ。一体、どんな用件なんだ?」

「ちょっと挨拶に来ただけだ」


「挨拶? 俺にか?」

「違う。ここに立ち寄ったのはたまたまだ。長旅で疲れたんで、体を労わりきたのさ。そしたら、偶然お前がここにいた」

「そうかい。まあ、なんでもいいが」


「それよか、お前がまさか弟子を雇っているとはな。お前がこんなところで揉み屋を開いている以上に驚いたぞ」

「ははは。だろ? 俺自身、驚いてるさ。弟子なんざ作るつもりはなかったんだがなぁ」

「くくく。ああ、折角だしお前さんの弟子に施術を頼むとするかねぇ。なあ、お前さん。頼まれてくれるか?」


 と、ここで褐色の男性が首だけ振り向いて僕に向かって聞いてきた。

 どうやら僕に気がついていたらしい。

 ハチベエ師匠もそれで僕に気がつき、時計を確認して苦笑した。


「ははは。じゃあ、昼休憩の前に悪いが、こいつの施術を頼んでもいいか?」

「えっと、はい。師匠が言うなら」


 僕は頷き、ガスコインという男性の施術をすることになるのだった。

 ガスコインさんを施術台に乗せて、上からタオルを掛け、さっそくマッサージを始める。


 背中を親指で指圧すると、弾力のある筋肉が押し返してきた。

 ガスコインさんは相当体を鍛えているみたいで、これは僕も本腰を入れないといけないなと考え、力を入れる。


「ほう、なかなか上手いじゃないか」

「ど、どうも」

「いい弟子じゃないか。ハチベエ」

「かっ、まだまだだ」


「くくく。お前さんの師匠はずいぶんと厳しいようだな?」

「あはは……」


 反応に困ることを言わないで欲しい。

 僕はガスコインさんのマッサージを続けながら口を開く。


「えっと、お二人ってどういう知り合いなんですか?」

「ハチベエとは古い友人さ。最後に会ったのは、もう何十年も前だったか」

「へえ」


 そんなこんなで三十分が経ち、ガスコインさんの施術が終わった。

 ガスコインさんは施術台から起き上がると、肩を回したり屈伸したりして体の調子を確認する。


「ふう、体が軽い。いい腕だ」

「ありがとうございます」

「くくく。お前、よかったら俺専属のマッサージ師にならないか?」

「え?」


「おい、ガスコイン! うちのバイトを勝手に勧誘してんじゃあねえよ!」

「くくく。冗談だ。そう怒るな」


 ガスコインさんはそう言って、くつくつと笑う。


「まあ、施術がよかったのは事実だ。体のメンテナンスは重要だからな。腕のいいマッサージ師は、“俺たち”からしたら貴重なんだ。冗談半分ではあったが、半分本気でもある。少し考えておいてくれ」

「ええっと……」


 僕は困惑して、困った表情を浮かべることしかできなかった。

 そんな僕の反応が面白かったのか、ガスコインさんは再び笑って、「それじゃあ俺はそろそろ行く。また機会があれば来るとしよう」とだけ言い残し、お代を置いて帰っていった。


「……」


 不思議なお客さんだったなぁ。

 などと僕が思っていると、


「どうだった? 戦闘民族の体に触ってみた感想は」

「え? 戦闘民族?」

「ん? 気がつかなったのか?」

「気がつきませんでした……」


「まあ、戦闘民族は珍しいからな。だから、なかなか戦闘民族の体に触れる機会はない。いい経験になったな」

「は、はあ……?」


 戦闘民族か。

 ふと、僕の脳裏にディオネスの顔が思い浮かんだ。



 魔族国首都北通りの遊楽街。

 その入り口に、桃色の髪をおさげにした褐色肌の大男と、小柄な体躯で額に一本角を生やした少女が並んで立っていた。

 一見、齢一五歳前後の少女で、白髪の髪を後ろで一本に縛ったポニーテール、病的なまでに白い肌をしていた。


 そんな少女と大男による異色な取り合わせと独特な雰囲気に、通りがかった人々が気圧されていた。

 そこへ、一人の男が加わった。

 褐色肌で紫がかった髪をオールバックにした男性――ガスコインだ。


「もう十分からしらぁん? ガスコインちゃん?」


 大男がガスコインに問いかけると、ガスコインは鼻を鳴らした。


「ああ、もう満足だ」

「じゃあ、行くのねぇ〜?」

「ああ、行くぞ。ヴァイオレット、ヴィヴィアン」


 ヴァイオレットと呼ばれた大男と、ヴィヴィアンと呼ばれた一本角の少女は頷く。

 ガスコインは薄く笑みを浮かべて歩き出し、ヴァイオレットとヴィヴィアンは彼の半歩後ろをついて歩き出す。


「待っていろ。魔王ゲーティア」



 その日、魔王城にまたまたまた激震が走った。

 魔王城にある謁見の間。

 そこで謁見をしていた魔王の元に、「魔王様―!」と一人の兵士が慌てたようすで駆け込んできた。

 魔王は眉根を寄せ、彼の近くに控えていたアイリスは何事かと首を傾げる。


「魔王様! 大変です!」

「なんだ? 騒々しい」

「そ、それが! この魔王城に――敵襲が!」

「はあ!?」


 直後、謁見の間の扉が轟音とともに押し倒される。

 続いて押し倒された扉から片手に酒樽を持ったガスコインと、その後ろをヴァイオレットとヴィヴィアンの二人がついて歩きながら現れた。


「よう、ゲーティア」

「っ! てめえは……ガスコイン!」


 魔王は玉座から立ち上がり、突然現れたガスコインに驚愕の表情を浮かべている。

 隣で控えていたアイリスも驚いて目を丸くしていたが、ガスコインの後ろに立っているヴァイオレットを見て声を荒げた。


「む、桃色の髪に褐色肌の大男――魔王様、先日報告にあった反魔族国勢力のオカマです!」

「なっ! アタシはオネエよ!」


 オカマと言われて憤るヴァイオレットだったが、それをガスコインが手で制した。


「よせ、ヴァイオレット。今日は挨拶に来たんだ」

「挨拶だぁ?」


 ゲーティアが額に青筋を立てて言うと、ガスコインは「まあ落ち着けよ」と担いでいた酒樽を床に置いた。


「酒を持ってきた。戦意はない」

「じゃあ、どういう了見で扉をぶっ壊して入ってきやがったんだ? ことと次第によっちゃあ、てめえをただじゃ済まさねえぞ?」


 魔王が臨戦態勢に入ったことで、控えていたアイリスが身構える。

 ガスコインはやれやれと肩を竦めた。


「やり合うつもりはないって言ったんだがな」

「先に喧嘩を売ってきたのはてめえだ」

「くくく。否定はしない」


「つーかよぉ、いつまで余裕ぶっこいてやがるつもりだ? たった三人で乗り込んできて、このまま帰れるとでも思ってんのか?」

「まあ、ここには幹部の連中もいるからな。数の不利は認める。だが、本当にここでやり合っていいのか? ゲーティア」

「――」


 ガスコインの問いにゲーティアは黙った。


「くくく。かつては勇者を含めて三強と呼ばれた俺たちが、こんなところでやり合ったら国が滅ぶぜ? それでもいいなら、ここでやり合うのもやぶさかじゃないが?」

「……ちっ」


 ゲーティアは舌打ちをして、身構えていた部下たちを手で制した。

 それを見たガスコインはくつくつと笑い、「これでようやく話ができる」と肩を竦めた。


「それで、なんの用だ。ガスコイン」

「くくく、それじゃあ、単刀直入に言うぜ。俺は今、反魔族国勢力を率いている。今日は魔族国に宣戦布告しにきた」

「せ、宣戦布告だぁ!? なめたこと抜かしやがって!」


「なめたことをしているのはお前の方じゃあないのか? ゲーティア」

「ああ? なんだと?」

「だって、そうだろう? 平和な世の中の創造? 綺麗事を言うなよ、ゲーティア。そんな時代、本当に来ると思っているのか? いや、来るとしても俺が来させはしないがな」


 ガスコインは酒樽を開けて片手で持って、中の酒を呷る。


「俺は戦闘民族だ。戦うために生まれた。俺の存在意義は戦うことにある。平和な時代? 笑わせるな。この俺がいる限り、戦いの時代は終わらせない」


 言って、ガスコインは酒樽をゲーティアに向かって投げる。

 ゲーティアは投げられた酒樽を片手で掴んだ。


「だから、反魔族国勢力なんざ作ったってのか? どうして、そこまで戦いに固執しやがる」

「それは俺が戦闘民族であるからに他ならない。俺の体は常に闘争を求めている――平和な時代なんざクソくらいだ」


「……」

「……」


 ガスコインとゲーティアの視線が交わる。

 たったそれだけのことで空間が軋む。

 周囲で二人のやり取りを静観していた兵士たちは、想像を絶する威圧感に襲われて気絶してしまうものまでいた。


 アイリスは油断なくガスコインの後ろに控えている二人を監視し、一方のヴァイオレットとヴィヴィアンもアイリスを警戒し、お互い一挙手一投足に注意を配っていた。

 そんな緊迫した状況下で、ガスコインとゲーティアの笑い声が同時に響いた。


「フハハ! 正面から堂々と宣戦布告とはお前らしい。嫌いじゃあねえな」

「くくく。それはよかった。俺は下手な小細工が嫌いでな。戦うなら正々堂々とやろうじゃあねえか」

「いいだろう。この俺に喧嘩を売ってきたこと後悔させてやる」


「余裕でいられるのも今のうちだ。俺はこの日のために魔族国と対等に渡り合えるだけの戦力を用意した。楽しみにしているといい」

「フハハ! そいつは楽しみだな」


 ゲーティアとガスコインはお互いに歩み寄り、謁見の間の中央で対峙すると――どちらからともなく拳を突き出した。

 二人の拳が激突する。


 それだけで大気が揺れて、謁見の間にあったステンドガラスが全て割れた。

 これが二人にとっての――開戦の合図。


「じゃあ、俺は挨拶も済んだことだし、帰るとしよう」

「ふんっ、さっさと帰れ!」

「言われなくても」


 ガスコインはやれやれと肩を竦めて踵を返す。

 すると、そのタイミングで騒ぎを聞きつけたディオネスが、謁見の間の入り口から幾人かの兵士を連れて現れた。


「下劣な賊め! この私が成敗――って、え……」


 しかし、現れたディオネスはガスコインを見て固まってしまった。

 ガスコインもディオネスに気がつき、「ほう?」と目を細める。


「あ、兄上……? なぜこちらに……」


 ディオネスは震える声音でそう言った。

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