第80話 あの時の続き

 ここからは後日談である。

 温泉国の騒動から一夜置いて、僕とルーシア、それにグレイを含めた三人はウェールズを連れて転移魔法で魔族国の首都に帰ってきた。


 そのまま、すぐに魔王と謁見してことの次第を報告する。

 事前に遣いを送って大まかな報告をさせていたため、魔王も大部分は把握しており、僕たちが来る前から温泉国の復興準備をしていたそうだ。

 話を聞くと、二日くらいで温泉国は元通りになるらしい。


 あれだけめちゃくちゃになっていた温泉国がたった二日で元通りになるというのだから、すごいものだ。

 一体、どんな方法か気になったが聞いても分からなさそうだったため聞かなかった。


「なるほどな。反魔族国勢力か。旧人間国絡みのことがやっと終わったと思えば、また面倒な」

「文句を言わずに働きなさい」

「娘に言われるまでにないわい!」


 と、魔王はルーシアに向かって声を荒げつつ、グレイに目を配る。


「にしても、温泉国に現れる巨大飛行物体の正体がドラゴンだったとはな。お前がその主人か?」

「うん。グレイって言います」

「そうか。ルーシアの下につくらしいが、なんなら俺の下につかないか? 金払いはこっちの方がいいぞ?」


「ちょっと、私のものに手を出さないでちょうだい」

「いや、君のものになった覚えはないんだけどね?」

「で? どうだ?」


 魔王の勧誘にグレイは苦笑い浮かべながら首を横に振った。


「やめておきます」

「理由を聞いてもいいか?」

「彼女と一緒にいた方が面白そうだからで〜す」

「フハハ! お前、いい性格してやがるな?」


「それほどでも〜」

「フハハ! 気に入った。ドラゴンの寝床はこっちで用意してやる。それまでは魔王城にある訓練場を使え。あそこなら広いからな」

「ありがとうございまーす」


 グレイはにっこりと笑って頭を下げた。

 魔王は満足げに頷くと、続いて僕に目を向ける。


「さて、俺が言い渡した仕事はちゃんと全うしたみたいだな」

「まあ、一応」

「フハハ。もっと胸を張ってもいいんだぜ? 俺が任せた仕事以上の成果はあげてきたんだからな」


「そうか?」

「ああ。反魔族国勢力との接敵に、ドラゴンと……それに聖槍とその持ち主を味方にしたんだからな」

「聖槍……」


 僕はグレイが背負っている聖槍に目を向ける。


『おおう……ま、魔王がうちを見ているデース』


 なんか聖槍が魔王に見られて怯えていた。


「なあ、魔王。お前って聖剣のことも知ってたけど、聖槍のことも知ってるのか?」

「ああん? そりゃあ知ってるに決まってるだろ。そいつは先代勇者が持っていた武器だからな」

「へえ、本物だったんだ」

『ちみ、信じてなかったデースか!?』


 憤る聖槍を無視すると、聖槍がギャーギャーと騒ぎ立てるがそれも無視する。


「じゃあ、聖槍にも聖剣みたいな力があるのか?」

「あるぞ。生者に対する特効が」

「生者に対する特効……?」

「まあ、簡単に言うとその槍で生きている生物を突き刺すと、どこを突いても必ず致命傷になるんだよ」


 なにそれ怖い。


「なんだか聖槍っていう感じがしないな」

「そうか? もともとは、罪人とかを苦しまずに処刑するために使われていたんだぜ?」

「やっぱり、聖槍じゃないじゃん」


「坊主はそう思うか。俺からすれば、苦しまずに相手を殺す慈悲深さが逆に聖槍たる由縁だと思うんだがな」

「……」


 僕は魔王の話を聞いて、なるほどそういう考え方もあるのかと納得した。

 でも、やっぱり怖い槍なんだなぁ。

 僕が聖槍を引いた目で見ていると、グレイがなにやらキラキラと目を輝かせていることに気がついた。


「どうしたんだグレイ?」

「ちょっと興奮しちゃって」

「興奮?」

「うん。さっきの話を聞く限り、ここには聖剣の持ち主がいるんじゃないかな?」


「まあ、いるけど」

「やっぱり! うわぁ〜どんな人だろう。会ってみたいなぁ」


 などと、グレイが盛り上がっている中、ルーシアはもう用は済んだと言わんばかりに踵を返した。


「それじゃあ、報告も済んだことだし私は帰るわ」

「え? 帰る? 帰るって、ここは君の家じゃないの?」


 グレイから発せられた当然の疑問にルーシアは振り向き様にこう答えた。


「いいえ、私の帰る場所はクロの隣よ」


 そう言って、僕の首根っこを掴んでズルズルと引きずって歩き出す。

 やっぱり、僕は荷物らしい。


「グレイ、お前はこの城にある私の部屋を使いなさい。ドラゴンもこの城に置くのだから、お前もここに住んだ方が安心するでしょう?」

「うん。分かった〜」

「え、おい、さすがに今日来た人間を城に住まわせるのは――」


「うるさい、生ゴミ」

「生ゴミ!?」


 至極真っ当なことを言っていた魔王に対して、相変わらず辛辣な態度のルーシアはそのまま僕を引きずって謁見の間を後にする。


「なあ、いい加減さ。魔王と仲直りしたらどうだ?」

「いやよ。クロとのことで妥協はしたくないもの。絶対、あの生ゴミにも認めさせるのだわ。クロとの結婚を」


「僕としては複雑な気分だよ。ルーシアが僕のことを考えてくれているのが嬉しい反面、やっぱり魔王と仲違いしているっていうのはさ。僕は二人とも好きだからさ」

「私とあの生ゴミが同列に扱われているのは納得がいかないのだけれど」

「今の言葉のあやだからすぐにギロチンを出そうとするな」


 僕が先回りして言うと、ルーシアは「ふんっ」と機嫌悪そうに鼻を鳴らす。


「悪かったよ。でも、魔王が好きなのも事実なんだ。恩人だしな」

「分かってるわよ……それくらい。私だって、お父様のことが大嫌いというわけじゃ……ないし……」


 ルーシアは言葉尻がしぼんでいくのに合わせて歩く速度も落としていき、最終的には歩みを止めてしまった。

 僕は引きずられて汚れたお尻を叩きながら立ち上がり、ルーシアの背に向かって口を開く。


「なら、仲直りした方がいいんじゃないか?」

「それは……いやよ。さっきも言ったけれど、クロとのことで妥協したくないから」


 彼女はそう言って、僕の方を振り向く。


「私は、私とお前の結婚を全ての人に認めさせたいの」

「……でも、それは魔王も一緒だと思うぞ。魔王だって、大事な娘の幸せに妥協したくないんだと思う。だから、お前が幸せになれるために、いろいろなことを考えているんじゃないかな」

「……私の幸せはクロと一緒にいることよ」


「分かってる。分かってるよ。だから、僕は僕の持つ全てでお前を幸せにしてやる」

「クロ……」

「だけどさ、やっぱり魔王とこのままっていうのは違うと思うんだ。ちゃんと話し合った方がいい」

「……でも、どうせまた喧嘩するだけよ」


「かもしれない。けど、話をしないままよりはずっといい。いつも言ってるだろ? 僕たちに口があるのは話をするためだって」

「あとクロの料理を食べるためね」

「なんで毎度僕の料理限定なの?」

「ふふ」


 ルーシアはクスクス笑った。

 彼女の笑顔を見て、僕も笑った。


「仕方ないわね。クロのお願いだもの。聞いてあげるわ」

「ん、そっか。ありがとう」

「それじゃあ、私は戻るわ。クロはお城の前で待っていなさい」

「分かった」


 僕は苦笑して城を出ようと――したところで、「ちょっと待ちなさい」とルーシアに呼び止められた。


「ん? まだなにかあるのか?」

「そういえば、まだやっていなかったことがあったでしょう?」

「やっていなかったこと?」

「ほら、温泉国で」


 はて、なんのことだろうと首を傾げると、ルーシアはおもむろに僕の顔に自身の顔を寄せると――。


「……これで合っているのかしら?」

「お、お前……!」

「ま、間違っていたかしら? あの時、お前はこれをやろうとしていたように思ったのだけれど……」


「い、いや、まあ、合ってるけど」

「そ、そう。ならいいのだけれど」

「……」

「……」


 ルーシアは真っ赤な顔で俯いたまま、「じゃあ、私はもう行くわ!」と逃げるように去っていった。

 取り残された僕は自然と顔がにやけてしまうのが止められなかった。

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