第79話 国崩し

 桃色に染まった髪をおさげにし、褐色の肌をした大男。

 見た目だけでもインパクトは大きいが、口調にもツッコミどころが多く、なんとも形容しがたい濃い人が現れた。

 大男は淡い青色の目で僕らを品定めするように眺め見る。


「ん〜? ドラゴン女に、黄昏皇女。一体、どういう取り合わせなのかしらぁん?」

「ど、ドラゴン女って私のことなのかな? 変な呼び方をしないでよ」


 グレイが自分の呼び名に異議を申し立てると、大男は「あら、ごめんなさいね?」と肩を竦めた。


「アタシ、アナタの名前を知らないものだからぁ」

「ふーん。まあ、名乗った覚えはないからね。仕方ないかな。それで? 君たちは先日、襲ってきた反魔族国勢力のお仲間かな?」

「まあ、そんなところねぇ〜」


「素直に教えてくれるんだ」

「隠しても仕方ないものぉ〜」


 と、グレイと大男の間で会話が進んでいる中、ルーシアが口を開く。


「そんなことより、そこのワカメ」

「ん〜? ワカメ?」

「間違えたわ。そこのオカマ」

「ワカメとオカマは普通は言い間違えないと思うんだけどぉー……って、アタシはオカマじゃなくてオネエよ!」


 オネエという呼び方にポリシーがあるらしい。


「オカマだろうがオネエだろうが、どうでもいいわ。お前がここになんの用で来たかは知らないけれど、反魔族国勢力がちょうど現れてくれたのは好都合だわ。ここで捕まえて、洗いざらい吐いてもらうわよ」

「あらあらぁ、オカマかオネエかは重要よぉ? でも、困ったわ〜。ドラゴンを捕まえにきたら、噂のドラゴン女に黄昏皇女がいるなんてぇ……さすがに分が悪いわねぇ〜」


 大男はグレイとルーシアに目を向けた後、流れでドラゴンと僕にも目を配る。


「加えてドラゴンともう一人――もう一人……ひと……ええ!?」


 突然、大男がこれまでとは違う野太い奇声を発したため僕は驚いた。

 それから、大男は信じられないものを見る目で僕をじっと見つめてくる。


「な、なんでこんなところにシキの野郎がいやがるんだぁ!?」

「し、シキ?」

「っ!」


 僕が困惑していると大男はなにかに気がついたようすで首を傾げて、


「あ? いや、似ているがちげえ……そうか! アンタはシキの息子か!」

「……? お前、なにを言っているの?」


 ルーシアは大男の独り言を不思議がりながら、僕を一瞥する。


「まさかお前、クロの親についてなにか知っているの?」

「っ! あっと……と、取り乱したわねぇ。ふーん? クロというのねぇ〜?」

「私の質問に答えなさい」


「はいはい、知っているわよぁ〜? シキのことはよーくねぇ」

「へえ、じゃあますますお前をここで捕まえないといけなくなったわね」

「あらやだわぁ〜、それじゃあ全力で逃げないとね〜」


「逃げられると思っているのかしら。グレイ」

「言われなくても分かってるよ」


 ルーシアとグレイが戦闘態勢に入ると、取り囲んでいた反魔族国勢力の人たちが動き出す――と、同時にルーシアの電撃が迸り、気がつけば三十人が一瞬で地面に倒れていた。


 反射的に大男に目を向けると、大男の体から煙が上がっている。

 おそらく電撃が直撃したのだろうが、大男は平然と立っていた。


「ふーん? 手加減してあげたとはいえ、今の喰らって平気なのね」

「お褒めに預かり光栄ねぇ〜。でも、ちょっと心外だわぁ。今の攻撃が効かなかった程度で褒められるなんてねぇ〜。しかも、連れてきた部下たちもみんなやられちゃって……困るわぁ〜」

「観念した方がいいんじゃないかな?」


 と、グレイが言うと大男は肩を竦めた。


「いいえぇ〜、ここは意地でも逃げさせてもらうわぁ〜」

「この私から逃げられるとでも?」

「もちろんよぉ〜。こうすれば、いくら黄昏皇女でもアタシを追っては来られないでしょ〜?」


 と、大男は言いながら腕も持ち上げる。

 すると、太い腕に血管が浮き出て、続いてただでさえ太い腕が筋肉でさらに大きく膨張。

 大男は拳を握りしめると、そのまま思い切り拳を地面に叩きつけた!


「オオオラアアアア! 『国崩し』ぃ!」


 刹那、地面が大きく揺れたかと思うと亀裂が走り、地割れが発生。

 大地震だ。

 先ほど倒れた反魔族国勢力の人たちは地割れへと呑まれ、僕も危うく地割れに引き込まれかけたが、ドラゴンが僕の裾を口で咥えてくれたおかげでことなきを得た。


 地面に突き刺さっていた聖槍はグレイが回収したらしく、そのグレイはドラゴンにつかまっている。

 ルーシアはというと、大きく揺れる地面の上を平然とした顔で立っていた。


「この程度で足止めになるとでも?」

「うふふ。思ってないわよぉ?」

「なら、一体なにが目的?」


「うふふ。アタシの『国崩し』はその名前の通り、パンチ一発で国を壊す技なのぉ。この意味はお分かりぃ?」

「……っ! お前!」


 ルーシアがなぜかブチ切れて大男に襲い掛かろうとするが、大男はそんなルーシアを煽るようにわざと戯けた態度を見せる。


「あらら〜? アタシに構っていていいのかしらぁ? このままだとぉ、大変なことになっちゃうわよん?」

「このっ……!」


 ルーシアは悔しそうに歯噛みした後に、


「グレイ! クロを頼んだわよ!」


 そう言って、雷を纏ってどこかへ消えてしまった。

 一方、大男の方も気がつけば姿を消していた。


「いや〜このままだと私たちは崩れてくる天井の下敷きだね」

「呑気なことを言っている場合なのか?」


 グレイの言う通り、天井が崩れてすでに落ちてきている。辛うじてウェールズが防いでくれてはいるが時間の問題だろう。

 どうするつもりなのかと思っていると、グレイは手に持っていた聖槍を構えるや否や、天井に向かって聖槍を突き出してこう叫んだ。


「ロッゴミニアド!」

『やった〜デース! うちの活躍できる場面がきたデース!』


 グレイが叫ぶと同時に聖槍の先端から極太ビームが発射され、天井を跡形もなく拭き飛ばす。

 そして、グレイはウェールズの頭部に飛び乗ると、ウェールズに指示を出して吹き飛ばした天井からウェールズに乗って脱出するのだった。



 氷で覆われていた空間を脱出した後、僕はグレイの腰につかまってウェールズの頭に乗って、夜空を飛んでいた。


「な、なんだったんださっきのやつは……」

「パンチ一発で地震を起こすなんてとんでもなかったね。驚いちゃったよ」

「世の中にはあんなやつもいるんだなぁ」


「あはは。君は死にかけたのに呑気だね」

「お前に言われたくない」

「それにしても、やられたね。せっかく反魔族国勢力を捕らえられたと思ったら一人残さず地面の中に落ちちゃった。証拠隠滅と逃走を一発のパンチでやってのけたんだから、あのオネエは相当なやり手だね」


「ふーん。そうなのか」

「しかも、あのパンチの影響かお空の天気までいいよ。昼夜問わず天気が荒れてるはずなのに、風ひとつないときた」

「たしかに、月が綺麗に見えるな」


「ん? それはもしかして告白?」

「違う」


 僕が即答すると、グレイはクスクスと笑った。


「というか、ルーシアはどこに行ったんだ?」

「ん、下を見れば分かるよ」

「下?」


 言われて見てみたが、暗くてよく分からない。

 ふと、遠くの方が明るいことに気がついた。

 それは人工的な灯などの輝きとは違う。


 燃え盛る――そう炎のような輝きだった。

 しばらく、注視しているとその上空に雨雲が集まって雨が降り出したのが見えた。


「あれルーシアの魔法だ」

「……」


 グレイは黙って進路を雨雲の集まる方角に向ける。

 そうしてしばらく空を飛んで降り立った場所は、大きな間欠泉が吹き出していた温泉国の街があった場所であった。


 しかし、そこにはかつての面影は残っていなかった。

 中央にあった巨大な間欠泉は地割れで破壊され、街は火災があったのか家屋の多くが崩れて炭と化していた。


「これってまさかさっきので?」


 ウェールズから降りた僕がぽつりと呟くと、グレイが頷いた。


「あの一発で引き起こされた地震のせいだよ」

「ま、街の人たちは」

「空から見た感じだと、一箇所に集まっていたね。全員無事かは分からないけれど……」

「全員無事よ」


 と、さきほど消えたルーシアが現れて言った。


「ルーシア」


 声をかけるとルーシアは目を伏せて、悔しげな表情を浮かべる。


「あいつ……よくも私の国民を人質にしてくれたわね。もう少し遅かったら誰か死んでいたわ」

「でも、君が全員助けたんだろう? なら、よしとしようよ」

「でも街はこの有様よ。地震で建物はほとんど崩れたわ。火災で追い討ちよ。ムカつくわ」


「これだけの被害が出て誰も死んでないんだ。それが一番大事なことだよ」

「それはそうだけれど」

 グレイに言われてもルーシアは得心がいかないのか、表情が暗かった。

「……」


 僕はそんなルーシアを見つめて、ふと自分の手に視線を落とす。


 僕はなにもできなかった。


 どうしてこういう時、僕には力がないのだろう。

 必要な時に必要な力が僕にはない。

 そして、こういう思考に至る度に僕は自己嫌悪に陥る。


 だって、そうだろう?

 口では嫌いだなんて言ってはいるけれど、いざ持っていないと欲しくなるのだから。

 結局のところ僕は口だけの只人で、なんの力も持たない平凡な人間なのだと改めて思い知った。

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