第78話 反魔族国勢力

「「!」」


 ウェールズの咆哮によって二人の注意をこちらに向けられる。

 僕は空かさずルーシアとグレイに向かって、「ストーップ。ストップ、ストップ」と待ったをかけながら対峙する二人の間に割って入った。


「っ……クロ。なんの真似かしら?」

「そうだよ。私と彼女の戦いに水を差さないでくれないかな? 今、いいところだったんだから」


「ナチュラルな戦闘狂なのかよ……」

「失敬な。私は正義の味方だよ? そんなわけないでしょ」


 多分、正義の味方ならそんなことは言わないと思うが――ともかく。


「戦いはやめてくれ。お前たちが戦う必要はないんだから」


 そう言うと、二人して異を唱えてきた。


「なにを言っているのかしら。この女は私の所有物に手を出したのよ?」

「闇の組織の一員を見逃すわけがないでしょ?」

「あーはいはい。ちょっと僕の話を聞いてくれ」


 僕は頭を掻きながら続ける。


「まず、グレイ。さっき言ったけれど、僕は闇の組織にはなんの関係もない」

「でも、その証拠がないんじゃないかな」

「さっきはな。今はある」


 僕は言って、ルーシアに目を向ける。


「こいつはルーシア・トワイライト・ロード。黄昏皇女だ」


 ルーシアは「ふんっ」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 対して、グレイはやはり信用できないのか訝しげな視線を僕に向けてきた。


「それを信じろって?」

「信じるもなにも、今戦ったお前なら本物かどうか、分かるんじゃないか?」

「む……それはたしかに。これだけの強者と戦ったのは初めてだったけれど」


 グレイは僕が本当のことを言っているのか確認するように、ルーシアに目を向ける。

 ルーシアは彼女の視線を受けると、面倒臭そうにため息を吐いて口を開く。


「そうよ。私はルーシア・トワイライト・ロードよ」

「ふーん。分かった。信じるよ」

「どうして僕の言うことは信じないのに、ルーシアが言ったら信じるのだろう」


「君みたいな悪知恵が働きそうな顔をした人間よりも、一度拳を交えた彼女の方が信用に値するかな」

「理不尽」


「ふんっ、だいたい私が黄昏皇女であるということくらい見れば分かるでしょ? お前、この私の顔を見たことがないの?」

「お恥ずかしながら俗世には疎くてね」


 グレイは苦笑いを浮かべた後、おもむろに僕へ向かって頭を下げた。


「ごめんね。私の勘違いだったことを認めるよ。本当に悪いことをしたね」

「う、うん。そんな素直に頭を下げられると、なんだか拍子抜けだな」

「言ったでしょ? もし、君が本当に闇の組織と関係がなかったら、素直に謝罪するって」


 そういえば、そんなことを言っていたような気がする。


「ねえ、私を差し置いて和解ムードになっているけれど、私は許したわけじゃないわよ? ちゃんと事情を説明なさい」

「分かった。分かったから体から電気を出すな。ビリビリするから」


 僕はここまでの経緯を全てルーシアに話した。

 反魔族国勢力、闇の組織――全て話終えると、ルーシアは「ただの勘違いじゃない」とグレイを睨みつけた。


「勘違いでこの私に喧嘩を売るなんてね」

「いやぁ、ごめんね〜」

「悪びれている感じがしないなぁ」


 これはルーシアもブチギレ寸前かと思われたが、思いの外ルーシアは冷静で、「まあいいわ」と矛を収めた。


「とりあえず、事情は分かったわ。お前が最近、温泉国の上空に現れていた巨大飛行物体の正体ということもね」

「その節はお騒がせして申し訳なかったね」

「別にいいわ。それより、話にあった反魔族国勢力の方が気になるわね。そういう輩がいるとは聞いていたけれど、死なずの研究をしている連中と繋がっていたなんてね。これはちょっと面倒ね」


「ん、ルーシアにしては珍しく焦った顔だな」

「当たり前でしょ。反魔族国勢力の戦力で正面から私たちとやり合えないわ。けれど、その死なずの研究を悪用して――例えば、死なない兵隊なんて作られたら、戦局がどうなるか分かったものじゃないわ」

「そ、そうなのか? アイリスさんとか、ディオネスがいてもか?」


 尋ねると、ルーシアは頷いた。


「死なない、つまり不死身ってそれだけ厄介なのよ。早めに知れたのはよかったわ」

「へ、へえ……」


 僕が思っていたより、今はかなりまずい状況らしい。

 ルーシアは顎に手を当てて考える素振りを見せつつ、グレイに目を向ける。


「ねえ、お前……グレイと言ったわね」

「うん。なにかな?」

「お前、私の配下になりなさい」


 急になにを言っているのだろう。


「お前はよく説明を省く癖があるよな。ちゃんと説明しないとグレイだって混乱――」

「いいよ」

「軽いなぁ」


 僕は宙を仰いだ。


「グレイはなかなか強いし、ドラゴンがいるもの。これほどの人材を野放しにしておくのは勿体ないわ」


「あ、ウェールズ――ドラゴンが住める場所はあるのかな?」

「用意させるわ」

「うん、なら君の配下になるよ」


 グレイはやはり頷く。

 僕は気になって、「どうしてそんなにあっさり?」と尋ねると、


「闇の組織をあぶり出すには反魔族国勢力を叩くしかない。なら、ここは同じ目的を持った彼女の配下になった方が効率いいし、ウェールズが死なずの材料に狙われている現状、魔族国の庇護に入った方が安心だからね。まあ、そう簡単にウェールズを倒せるわけがないけど、一応ね」

「ふーん」


 グレイにもグレイなりの考えがあったらしい。


「それじゃあ、グレイ。お前には後で黄昏組のメンバーに合流してもらうわ」

「黄昏組って?」


「私直属の配下よ。三人いるわ」

「へえー。いいよ。分かった」


 黄昏組ってなんだろう。初めて聞いた。

 というか、なんだろう。

 二人の間でいろいろと話が進んでいる光景を見て、「本当にさっきまで凄まじい戦いをしていたのだろうか」と呟くと、ルーシアが「バカにしないで」と唇を尖らせた。


「あの程度、ただの様子見よ。グレイもそうでしょう?」

「うん。ここは狭いし、本気を出したら君やウェールズを巻き込みかねなかったからね」

「あれで二人とも本気じゃなかったのか」


 本気を出したら僕は戦いの余波だけで死ぬんだろうなぁ。

 僕はしみじみそう思った。

 ふと、ウェールズがなにかに気がついたかのように首を持ち上げて、「グルル」と喉を鳴らす。


 続いてルーシアとグレイもなにか感じたのか、視線を出入り口に向けた。

 とりあえず、僕もみんなに倣って視線を同じ方向へ向けると、出入り口からゾロゾロと人がやってきた。

 それを見たグレイは眉根を寄せてこう言った。


「反魔族国勢力……」

「なんですって?」


 グレイが発した単語にルーシアが顔をしかめる。

 人はさらに入ってきて、気がつけば僕たちは剣や槍で武装した人たちに取り囲まれていた。


 見ると、人間や獣人、他にもハイエルフやダークエルフ、ドワーフなどいろいろな種族で構成されており、数は全部で三十人ほどだろうか。

 そして、最後に出入り口から現れたのは――二メートルはあろうかという体躯と筋肉隆々とした男だった。


「あらぁん? 一週間前、ここへドラゴンを狩るように命じた部下たちが帰ってこないから様子を見にきてみえればー。どうしてこんなところに黄昏皇女がいるのかしらぁん?」


 男はわざと低い声を高くして、女口調でそう言った。

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