第56話 稀代のマッサージ師


 僕はとてもバカなのかもしれない。


 都合よくレベッカたちから情報を聞き出せた僕は、早速とラーメン屋を出てすぐに街の中心に聳えるお城へ向かった。


 もちろん、そのエルフのお姫様とやらに会うためだ。


 この戦争を終わらせるキーはエルフのお姫様であるのは間違いない。


 少なくても人質がいなければ森エルフは人間に従う理由がなくなるからだ。


 これは推測の域を出ない考えだし、もっと別の理由から森エルフが旧人間国に対して隷属していることは否めない。


 しかし、チャリオッツさんをどうにかするには森エルフと旧人間国の関係をよく知っておくべきだと思った。


 だから、その第一歩としてお姫様に会えれば――なんて思ったのだけれど。


「なんだ貴様は? 関係者以外は立入禁止だ! 立ち去れ!」


 と、お城の門番に門前払いされた。


 やっぱり僕はバカなのかもしれない。

 つい魔王城に行く気持ちで、お城の門を潜ろうとしたら門前払いだ。


 考えてもみれば当然だ。


 普通はお城の門を顔パスで通るとかできないわけで、自分の常識のなさに思わず頬を引きつってしまった。


「そうだよなぁ……ここは魔族国じゃあないんだよな」


 向こうで僕が普通にやってることは、こっちじゃ普通じゃない。


 国の重要人物と知り合いでもなければ、王女と幼馴染というわけでもない。


 ここでの僕はただの普通の人間なのだ。


 そう思うと、今まで僕は無意識に魔王軍の幹部やルーシアの幼馴染であるというコネを使っていたんだな……。


「今はその頼りになるコネなんかない……」


 あるのはこの非力な体と、たいして知恵の回らない頭だけ。


 アウェイになって始めて自分がたいそうな環境で育ったことを実感した。


 それはともかく。


「どうしよう……本当に幽閉されているのか確認したいし、話を聞いてみたいし、助け出すって意味でもお姫様に会ってみたいんだけど……」


 お城に入る方法がない。

 言わずもがな、僕に潜入なんて器用な真似はできない。


 実に困った。


 他に僕ができそうなことと言えば――。


「……マッサージか」


 僕は自分の手のひらを見下ろし、脳裏にある考えが過った。


 うまくいけばお城の中に入れるかもしれない。

 入れなくてもチャリオッツに近づくチャンスができる可能性がある。


 うまく行く保証はどこにもないけれど――。


 ルーシアに言われた通り、僕にできることなんて最初から限られているのだから。


 この際、思いついたらすぐに行動だ。


 そうと決まればと……僕は行動を開始した。



 旧人間国の首都。

 その中心にあるお城の門前。


 堀にかかった橋を通った先にあるそこに、僕は再び足を運んでいた。


 門番の人は僕に気づくと革鎧の装備を強調するように胸を張り、右手に持った長槍のお尻で地面を一度だけ叩いた。


「また貴様か? 今度はなんだ?」


「いえ……ちょっと営業をしようかと……」


「営業だぁ?」


「はい。まあ、売り込みですね」


 営業とかやったことないけど、ここまで来たら腹を括れ僕。


 僕は訝しげな目を向けてくる門番に向かって続けて口を開く。


「実は僕、マッサージを得意としてまして。このご時世ですし、お城で雇ってもらえないかと」


「マッサージ?」


「ええ。兵士のみなさんも連日の戦でお疲れでしょう? 私のマッサージなら、受けたその直後からみるみる元気も湧いて、その疲労はどこへやらです」


「なんだその怪しいセールス文句……」


「あ、怪しくないですよ。ええ。どうです? ぜひ兵士のみなさんの……引いては我が国のためになればと……」


「ふーむ……じゃあ、そこまで言うならちょっと俺にマッサージをやってくれ。もし、使えそうなら上に言ってやってもいいぞ」


「ありがとうございます……」


「それじゃあ、早速だが足をマッサージしてくれや。門番ってのは、1日中ここで立ちっぱなしだからよ……ふくらはぎがパンパンなんだ」


「分かりました。それじゃあ、地面の上で恐縮ですが腰を下ろして膝を曲げてください」


 門番は僕に指示に従って地面に座って膝を曲げる。

 その際に皮の足当てだけは外させてもらった。


 僕は袖を捲り、その足に触れる。


 さあ……ここからが僕の正念場だ。


「それじゃあ行きます」


「うほっ!?」



 その日。

 旧人間国に激震が走った。


 なんでも「神の手」を持った黒髪の少年にマッサージを受けたら持病の腰痛や肩こりが治ったとか。


 はたまた戦で傷負って動けなくなった者が動けるようになったとか。


 噂を伝え聞いた旧人間国の兵士たちは「冗談」だと揶揄したが、彼のマッサージを受けた途端に「あれは神の手だ」と言って拝んだという。


 体が軽くなり、心もなんだかリラックスして日々の疲れが癒される「神の手」によるマッサージ。


 それは1人の門番から多くの人間に広まり、はてには旧人間国の国王にまで轟くことになるのだが――それはまた別の話である。


 のちに彼は、「握力がね。持たないんですよ」と数百、数千の人間をマッサージした後に語ることとなる。

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