第55話 人間国
※
捕虜として引き渡された僕は、なんやかんやと手続きを取って……人間国の首都まで連れて来られていた。
魔族国との防衛戦からたいした距離じゃなかったから驚いた。
しかし、考えてみれば当然か。
もはや旧人間国の領土はないに等しい。
僕は知っている限りでも、この首都を除けば小さな集落が点在しているだけだと聞いている。
魔族国がその気になればいつだってここはお終いなのだ。
なんというかそれは――それはとても怖いことだと思った。
まあ、それはともかくとして。
首都の土に足をつけた僕は早速首都の中を歩き回った。
もちろん情報収集のためである。
「……それにしても活気のないところだ」
閉まったお店の数々。
道端で座り込む物乞いの人たち。
道を歩く一般市民の表情は明かいものとは言えない。
家もレンガやコンクリートとなどを使いペンキでカラフルな色合いにした魔族国とは異なり、木造建築オンリーだ。
剥き出しの木材は経年劣化なのか、ずいぶんとボロボロだ。
歩いている石畳の大通りも苔などが生えて手入れがされている気配はない。
なにからなにまで魔族国に劣る印象を受ける。
が、それもまた当然か。
いろいろな国を取り込んで急成長を遂げた大国と衰弱しきった国。
ただ、こうも差が生まれるのかと面食らってしまったのだ。
「……」
こうまでして戦う理由とはなんなのだろうか。
残念ながら僕には皆目検討もつかなかった。
さて、首都の大通りを歩いていると徐々に街の中心にある大きな城へと近く。
あそこに魔王みたいな王様がいるのだろうか。
いや、魔王みたいなのはそうそういないか……。
そんなことより、チャリオッツさんのことを知っていそうな人から話を聞けないだろうか。
口説き落とそうにも相手のことを知らないのでは無理だ。
いや、知っててもできるか分からないけど。
ベルベットさんからは、
『アスタリア様の時みたいな感じで大丈夫だと思いますよ』
とかなんとか言われたけど、これっばかりは信用できない。
「はあ……まあ、ルーシアのために頑張るか……」
僕は自分に気合を入れるために自分の両手で頬を叩くと。
「おい貴様! こっちだ!」
「ん?」
なにやら聞き覚えのある声に振り向くと、大通りに繋がる路地の入り口に見慣れた屋台が見えた。
おや?
「くはは! さあ、早くこっちへ来るがいい! お客様よ!」
これは――この声は間違いない!
僕は小走りに屋台まで走って垂れ下がっていた暖簾をめくった。
「おいおいおい! なにやってだよこんなところでエドワード!」
そう――この旧人間国にはいないはずというか種族的にいちゃいけないはずの存在・ヴァンパイアロードのエドワードが堂々と真昼間からラーメン屋を開いていた。
その隣には当然のような顔でレベッカとシロが立っていて、三人仲良く割烹着を着ている。
「くはは! まあ、そう騒ぐなよ……お客様よ!」
「いや騒ぐわ! な、なんでお前がここにいるんだよ!」
「ほほう? ヴァンパイアロードがここにいるのはおかしいと? なんだ? 種族差別か? 訴えるぞ?」
「訴えるとかなんでちょっと庶民派気取ってんだよ」
こいつなら気に食わなければ殺しそうなものを。
僕のツッコミにエドワードは肩を竦めた。
「いや、俺様はイメージが大事だということに気がついてな」
「イメージ……?」
「そう! 誰彼構わずぶち殺す店では評判が悪くなってしまうだろう? だから、今後は脅して注文を取ったりしないようにと思ってな。くはは!」
脅して注文を強要させてたんだな。
なんて罪深いことをしていたのだろうかこの男。
「いや、そんなことよりなんでお前がここにいるんだよ」
「おいおい……注文もせずに店先に居座られては困るな人間……まずは注文してからにしてもらおうか! 知っているぞ? 貴様の懐は今、潤っていることをな!」
チャリオッツ攻略のために結構な額のお金をロータスさんから受けっっていたんだけど……なんで知っているのだろうか。
とにかく、注文しない限りはなにも話さないというエドワードに対して、僕は渋々注文するために椅子へ腰を下ろした。
「くはは! いらっしゃいませだな! お客様よ!」
「っしゃ〜せ〜」
「こらシロさん。いらっしゃいませ、ですわよ?」
エドワードに合わせて、シロとレベッカもそう言った。
「えっとメニューは……」
「ちなみに当店のおすすめは醤油ラーメンだ!」
「おい、前は豚骨ラーメンだっただろ」
「くはは! 俺様も日々成長しているということだ」
「その台詞も前に言ってたよね?」
どうせ醤油ラーメン以外は受け付けないんだろうしと、僕は醤油ラーメンを注文する。
「くはは! 代金は1700円だ!」
「たかっ!? 普通のラーメンの2倍ってどういうことだよ! お前、足下見て吹っかけてるだろ!」
「懐……潤っているのだろう?」
この男。
僕からお金を巻き上げるつもりだ。
さすがに、僕もこれには腹が立って――。
「……うし」
ぽつりと呟く。
すると、
「ガクガクぶるぶる」
「ああ!? お、お兄様!? お、お気をたしかに!?」
エドワードが突然体を硬直させたかと思ったら、白目を向いて気絶してしまった。
※
エドワードが気絶した後。
僕はレベッカとシロが作ってくれた醤油ラーメンを完食。
ラーメンはとても美味しかった。
ちなみに、エドワードは今も気絶したまま店の裏で横になっている。
「それで……どうしてお前らがここに?」
「簡単なことよ。えっと……しじょうかくだい? のためよ!」
答えたシロは自分でもよく分かってないのか、首を傾げてそう言った。
「……市場拡大でもなんでもいいけど、どうやって潜り込んだんだ? お前ら魔族だろ? たしか、街の入るとこの検問で人間かそうじゃないかを判別する種族判別してただろ?」
「あたしは人間だから問題ないわね!」
「わたくしとお兄様は人を操るくらいなら簡単ですので……ちょちょいと検問官を操っただけですわ」
「……」
こいつらが非常識なのもあるけど、検問もなかなかガバガバだなと思った。
これだけガバガバだとスパイとか入りたい放題だろうに。
まあ、そんなこと考えても僕には分からないから横に置いておいてだ。
「で、本当に市場拡大のために来たのかよ?」
「本当はわたくしの占いで、ここへ来るのは吉と出たので来てみたのですわ」
「思ったより雑な理由だった」
というか、レベッカが普通に僕と話している。
慣れてきたのだろうか。
「ほら、わたくしたちは毎日場所を変えて営業しているので……」
「常連さんいるんだろ? 困るんじゃないのかそれ」
「いえ、毎日といってもある一定の周期がありまして」
なるほど。
7日ごとに場所をループしているらしい。
「でも、まさかこっちの方に毎回来てるわけじゃないんだろ?」
「ええ、まあ。今日は占いで出た場所へ行く日ですので」
「あ、そう……」
「ねえ、それよりあんたはどうしてここにいるのよ?」
と、僕が使ったお皿を洗いながらシロが尋ねてきた。
「僕はあれだよ……ちょっとな……」
「実績を得て爵位をもらうために、戦争を終わらせに来たんでしょ?」
「おいなんで知ってんだよ」
「ほら、店長って情報通なラーメン屋店主を目指してるじゃない? このラーメン屋、すごく情報が集まるのよね〜。おかげで私も捕まらずに済んでるし!」
「へえ……あれ? そういえば聖剣は?」
「聖剣ならそこにいるわよ?」
と、シロが指し示したのは店の外だった。
見ると、店前の看板の隣に立てかけられていた。
「なにしてんの……」
『聞くでない……看板娘ならぬ看板聖剣じゃと……』
「ああ……そういう感じ……」
「実際、聖剣がそこにいるおかげで物珍しく思ったお客さんが増えたのよ! さすが聖剣よね! たまに盗もうとする人もいるけど」
「……」
僕は盗もうとした人をどうしたのかは、あえて聞かないことにした。
閑話休題。
「そうだ……前に、僕と情報を無料で教えてくれるって約束したよな?」
「そうですわね……なにか入り用で?」
「うん。この国のこととか、触りだけは知ってるんだけど……あんまり詳しくないからさ」
「なるほど。この国についてですか?」
「それと……チャリオッツって人のことを詳しく知ってたら教えてもらえるとありがたいかな」
「……承知いたしました」
レベッカは頷くと、旧人間国について教えてくれた。
まとめると、旧人間国は魔族国と内乱によって国力は完全になくなっているとのこと。
今、人間国を率いているのは過激派と呼ばれる人たちで、「降伏するくらいなら滅ぼされてやる!」みたいな精神を持った人たちらしい。
この絶望的な状況でも戦っているのはそういう理由だったか。
旧人間国の残り少ない領土の中には、森エルフと呼ばれている人たちが住んでいる森があるという。
魔族国にもダークエルフとか、ハイエルフという種族がいるからその近縁種だろうか。
ともかく、旧人間国はその森エルフ族を隷属して、奴隷として戦場へ送っているとのこと。
「そして、その森エルフの最強戦力こそがチャリオッツなのですわ」
「森エルフの最強戦力か……でも、どうして森エルフは旧人間国に隷属してるんだ?」
「なんでも旧人間国の人間たちに、森エルフの姫君を攫われたとか……わたくしたちも噂程度にしか存じませんわ」
「……それが本当なら人質を取られた仕方なく隷属してるってことになるのか」
「おそらくは。ですので、チャリオッツを口説くのなら姫の奪還が最も手取り早いと思いますわ」
「ふーん……そのお姫様はどこにいるのか知ってるか?」
「これも噂程度のものですが中心に建っているお城に幽閉されていると聞いておりますわ」
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