第54話 ただの捕虜です


「クロっちがチャリオッツとちゃんと会えるお膳立ては考えてあるっすから!」


 なんてロータスさんの言葉を真に受けたのが運の尽き。


 僕はガラガラとベルベットさんが手綱を持った荷馬車に積まれ、旧人間国まで運ばれていた。


 荷馬車には僕の他にも、僕と同じ人間が複数人に座っている。


 その誰もが手錠で手足を拘束されて自由に身動きができない状態であった。


 それは僕も同じで――ロータスさん曰く。


「前の戦で捉えた人間の捕虜を返す約束をしてるっすから、そこにクロっちも混ぜて一気に敵地へ潜入っす!」


 とのこと。


 もしかして、ロータスさんはバカなんじゃないだろうか。


 とにもかくにも、そういうわけで――僕は旧人間国側の捕虜として、魔族国に囚われていたことになっている。


「お前、見ない顔だが……俺たちと同じ捕虜か?」


 と、同じ荷馬車に乗り合わせた男の人に問いかけられた時は、


「はい。誰も名前を知らないような集落で住んでいたのですが、魔王軍の襲撃にあってしまって……」


 みたいなことを言っておけば適当に誤魔化せるからと言われたから、そのまま言ったらすんなり信じてもらえた。


「そうか……そいつは災難だったな……」


 そうして、特に疑われることもなく僕は捕虜の中に溶け込んでいた。


「……」


 僕は荷馬車から見える外の景色を眺めつつ、東南砦を出る前にルーシアから言われた言葉を思い出す。


「お前は都合がいいことにどこからどう見てもただの人間だから、きっとすぐに溶け込めるわ」


 と……。


 間接的に没個性と言われている気がして、この野郎なんて思ったりもしたが――こうして溶け込めてしまっているあたり、それも否めない。


「はあ……」


「おお。どうしたんだ? 若いのにため息なんて吐いちまって? そんな不安にならなくても、もうすぐで俺たちの人間国だ。元気出せよ!」


「あ、はい……」


 もうすぐで敵地かぁ……いやだなぁ。


 バレたら斬首刑みたいな苦しまない処刑方法がいいですね。


 八つ裂きとか、串刺しみたいな簡単に死ねない処刑は遠慮してもらいたい……。


 しばらく、馬車が揺れて――ふいに馬が鳴き声をあげて足を止めた。


 御者台に目を向けると、手綱を握ったベルベットさんと――そのすぐ目の前に白亜の鎧に身を包み、右手に巨大な槍状の武器を持った大男が立っていた。


 ――チャリオッツさんだ。


 まさかいきなり出てくるとは思わず、僕は面食らった。


「……おや、まさかあなたが捕虜の引き渡しに出てくるとは思いませんでした。チャリオッツさん」


『……貴君が引き渡しに現れると聞いたため我輩が参った』


「なるほど……それはお手数をおかけしましたね。チャリオッツさん」


『それより、なにゆえ貴君が引き渡し役に参った。魔王軍がそれほど人手不足だとは思えないのだが』


「私もあなたが来る可能性を考慮してですよ」


『……なるほど。お互いにいらぬ警戒をしていたようだ』


 チャリオッツさんは兜の中からくぐもった野太い声で応答する。


 これがチャリオッツさんか――。


 僕には気配で相手の力量が分かるような便利機能はないけれど、チャリオッツさんが身に纏う空気は尋常でないことだけは感じ取れた。


「それでは捕虜の引き渡しをしましょう……どうぞ確認してください」


『……うむ』


 ベルベットさんの進行にチャリオッツさんは首肯し、何人かの兵士を連れて荷馬車の荷台に回る。


 僕たち捕虜は兵士の人たちの指示で荷台から降りて、名前などを質問された。


 それらの質問に対して、僕は先ほど同様に「小さな集落で〜」と答えたら怪しまれなかった。


「それじゃあ、捕虜の引き渡しも終わったので私は帰るとしましょう……」


『……次はまた戦場で会うことになろう』


「その時はまたぜひに……」


 ベルベットはそう言って大太刀の強調し、チャリオッツは右手の槍を傾ける。


 そうして、ベルベットさんは馬車に乗ったまま踵を返して東南砦へと戻っていく。


 残された僕は兵士の人の指示に従って再び荷馬車に乗らされた。


 これから向かう先は旧人間国。


 さてはて、僕はこれから一体どうなってしまうのやら――未来のことを考えると憂鬱でならない。


「はあ……」


『む……どうしかしたか少年。ため息など吐いて』


「え」


 馬車が動き出すと同時にため息を吐いた僕に、馬車の隣を泰然と歩いていたチャリオッツさんが声をかけてきた。


 まさか向こうから声をかけてくるとは……。


「ええっと……やっと魔族から解放された〜みたいな安堵のため息です」


『ふむ……そうは見えなかったが。とても憂鬱そうに見えたのだが……』


「気のせいです」


『そ、そうか……? しかし、なにかあれば遠慮なく申すとよい。我輩にできることなら力になろう』


「……思ったより優しいんですね。もっと怖い人かと」


『いや、そんなことはないとも。ただ未来ある若人である少年が、住んでいた集落を失い、家族を失ったと考えると気の毒でな……だからこれは優しさではなく哀れみだ」


 あー……そういえば、作り話でそんなことを口走ったな僕。


 集落は焼け払われ、家族はどこにいるのかも分からない云々。


 周りを見ても同じ捕虜の人たちも、僕を哀れむような目で見ていた。


 ちょっと良心が痛んだ……!


「ええっと……まあ、あの……気にしないでください」


『うむ……とにかく困ったことがあれば遠慮なく言うがいい。できる限り力になろう』


「……」


『む……? 我輩の顔をそんなにじっと見て……なにかついているのか?』


「あ、いえ……なんでもないです」


 別にチャリオッツさんがいい人だから、思わず魔王軍を裏切ってやろうかなとか――そんなことはこれっぽっちも考えていない。


 とりあえず、魔王軍サイドは僕の待遇をもっとよくして欲しい。

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