ひとりぼっちのたたかい

第53話 張り合う幼馴染

「旧人間国との戦争で、我々にとっての勝利は敵の降伏か、和平だけです」


 東南砦の上階にある一室。


 僕に割り当てられた執務室で、ベルベットさんから必要な情報がまとめられた書類を渡された。


「降伏か和平か……たしかに、魔族国の国力なら旧人間国を数で圧倒できますもんね。それをしないのは……」


「はい、できないのです。世界平和を掲げている魔王様にとって、殲滅だけは論外ですから」


「それでも、ベルベットさんが攻めあぐねているのが不可解なんですが」


「そいつが、今前線で抱えている問題なんすよ。クロっち」


 ベルベットさんの脇からロータスが現れるや、一枚の写真を執務机の上に出した。


 写真には、白亜の鎧を着た厳つい大男が写っている。

 顔は兜で見えない。


「この人は?」


「今、うちらの前線を脅かしている男っす。名前は、チャリオッツ。ディオネスと同等の強さをした怪物っす」


「ディオネスと……」


 魔王軍の幹部最強と名高い彼女と同等なら、なるほど。


 ベルベットさんが苦戦を強いられているのも納得がいく。


「このチャリオッツという人物がいるせいで、なかなか攻められないってことですか? というか。そんな強い人が世の中にはいるもんなんですね……」


 漠然、魔王軍で負けなしの怪物揃いだと思っていたものだから、やや面食らってしまった。


「まあ、私ほどじゃないけれど」


 と、これに対して口を開いたのは、執務室のソファで紅茶を飲んでいたルーシアだった。


 僕はそれを無視して、


「このチャリオッツさんをなんとかすれば、どうにかなるんですか?」


「そうですね……チャリオッツがいなければ、このベルベットを止められる個人戦力は存在しませんから。そうなれば、敵は降伏するしかなくなるかと」


「なるほど……でも、ディオネスくらい強いとなると一筋縄じゃ行かなそうですね……」


「そこをなんとかするのがクロっちの役目なわけっすからね! こう……いい感じにチャリオッツを無力化すれば、向こうは和平交渉をするしかなくなるっすから」


 つまり、僕がやるべきことはチャリオッツの無力化なのか。


「無力化って……これ具体的にはどうすればいいんです?」


「それを考えるのもクロっちっすよ〜」


 丸投げだった。


 いや、そもそも考えついていれば僕は必要ないか……。


「でもなぁ……ずぶの素人である僕がディオネスくらい強い相手をどうこうできるとは思えないんですが……」


「まあ、私ほどじゃないけれど」


 またまたルーシアが紅茶を飲みながら横槍を入れてきた。


 一々突っ込むときりがないため今回も無視する。


「ベルベットさんはなにかありますかね?」


「申し訳ありません……ベルベットはあまり頭がよくないので……人を斬るくらいしか……」


 カチャリと、ベルベットさんが大太刀の刀身を僅かに垣間見せる。


「しかし、クロくんならなにか思いつくこともあるでしょう」


「なんですかその過大評価……」


「いえ、過大評価ではありません。仮にも幼少期か我々、魔王軍の幹部7人と面識を持ち、我ら全員と過ごしてきたクロくんだからころ……期待しているのです」


 単純な強さではないもの。


 魔王軍の幹部や魔王、そしてルーシアと過ごしてきた僕だからこそ持っている特別な強さ――。


 ベルベットさんはそれを、「経験」と言った。


「クロくんには10年にも及ぶ尋常ならざる経験があります。特殊な環境で育ったことこそが、クロくんの武器なのです」


 特殊な環境で育ったことで磨かれた度胸と、物怖じせずに言葉を伝えられる勇気、自分のことを棚に上げられる傲慢な態度など。


 僕にはそういう強みが備わっているのだとベルベットさんは得意げに言った。


「だから、自分を信じてみてください。きっとよい解決策が思い浮かぶと思います」


「……あの。今の褒められてましたか?」


 特に最後のとか酷くないだろうか。


 そんなに自分のことを棚にあげたことは……いや、あったな。

 しかもつい最近。


 アスタリアさんを相手に、ものすごい啖呵を切ってたな僕。


「……まあ、なんせよこれは僕がやらなきゃいけないことですし精一杯頑張りますけど……でも、ディオネスくらい強い相手をどうすれば……」


「まあ、私ほどじゃないけれど」


 と、ルーシアがティーカップをソーサーに置いて口にする。


「ねえ、なんなの? お前は一体なにと張り合ってるんだ?」


「別に張り合っていないけれど? ただ、私よりも強い存在なんていないもの」


「一応、魔王がいるじゃん……」


「あのゴミは近いうちに殺すから大丈夫よ」


「なにも大丈夫じゃないだろそれ」


「そんなことよりクロ。いつまで考え込んでいるつもりなの? さっさとチェストだか、ちぇりおだか知らないけどぶっ殺してきなさい」


「チャリオッツな? というかどこから来たチェストは」


「どこかの民族の掛け声だった気がしますね?」


「え? 俺はおっぱいのことかと思ったんすけど……」


「ロータスさん。下品です」


「うほおぉぉ! その蔑んだ目ぇ最高っすよ〜ベルベット〜!」


「……」


 カオスだ。


 僕が呆れて天井を仰いでいると、


「クロ。お前は誰?」


「なんだその質問」


「そうお前はただの人間なのよ」


「なにも言ってないんだよなぁ……」


「ただの人間であるお前にできることなんて、最初から限られているでしょう? それとも素人のお前が奇策でも思いつくのかしら?」


「それは……絶対に思いつかないけど?」


「そこまで卑下しなくてもいいと思うのだけれど……」


 先に僕を貶めたのはルーシアだったわけだが。


 それはともかく。


「いいことクロ? お前ができることなんて精々、お母様の時のように相手の前に立って、堂々と話しをして説得するくらいなものよ」


「つまり……チャリオッツを説得しろって……ことか?」


「お前、自分で言ってるじゃない。私たちに口が付いているのは話をするためだって……あとクロの料理を食べるためだって」


「最後のは言った覚えがないんだが」


「とにかくよ……腕力にも頭にも期待できないお前が唯一できるのは”言葉”だけよ。あとはもう言わなくても分かるでしょう?」


「……」


 ロータスさんとベルベットさんの方を見ると、二人とも最初から気づいていたのか肩を竦めて頷いている。


「なるほど……分かったよ。要するに……僕がチャリオッツを口説き落とせばいいわけだ」


「……浮気するつもり?」


「そういう意味じゃねえよ!」


「浮気したらお前を殺して浮気相手も殺して、ついでにゴミも殺すわ」


「ついでの殺される魔王の気持ちを考え差し上げろ」


 そんなこんなで――こうして本格的に旧人間国攻略が開始することなった。


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