第50話 甘える幼馴染
ルーシアと僕に割り振られた部屋までの道中。
「ほら、さっさと進みなさい」
「おほおおお!? ひ、膝がああ! 地面が硬いからめっちゃ痛いっす〜! き、きもていいいい〜!」
「「……」」
四つん這いになって地面を這うロータスさんは、背にアスタリアさんを乗せて喘いでいた。
僕とベルベットさんは、あまりの地獄絵図に言葉を失う。
「うわぁ、ロータスさんは相変わらずだなぁ」
「まあ、ロータスさんですから。クロくんも試しにお尻を叩いてみたらいかがですか?」
「おおっと! クロっち! 俺は女に嬲られるのは好きだが、男に嬲られて喜ぶ趣味はないっすから! 叩いたらぶっこ――あひいいいん!」
「誰が言葉を使っていいと言ったのかしら?」
「ぶひいいいん!」
「「……」」
アスタリアさんも楽しそうだなぁ。
そうして部屋まで到着し、今はルーシアとアスタリアさんがテーブルを挟んで、ソファに腰掛けて対面している。
僕とベルベットさんは部屋の端に立って二人を見守る。
ちなみに、ロータスさんは部屋の外でおすわりしている。
「焦らしプレイもいけるっすから!」
なんて言っていたので、いよいよ末期だなと僕は気にしないことにした。
「久しぶりね。ルーシア」
「は、はい。お久しぶりです」
「……です?」
「お久しぶりですわ! お母様!」
アスタリアさんの前だから、ルーシアの口調が昔のものに戻っている。
ただ、久しく使っていなかったからボロが出るのは時間の問題だろう。
かなり緊張しているっぽいし。
「……(ガクガクぶるぶる)」
ルーシアはアスタリアさんに憧れていると同時に、畏怖の対象としても見ている。
アスタリアさんを目の前にして、緊張するのも怖がるもの理解できる。しかし、ちょっと震えすぎじゃないだろか。
僕は頭を掻いてから、「失礼」と一言断りを入れてからルーシアの左隣に座り、続け様に自分の右手で彼女の左手を包み込んだ。
当然、ルーシアは驚いて僕に目を向けるが無視する。
代わりに、アスタリアさんのおっかない視線に答えておく。
「別にいいですよね?」
「……なぜいいと思ったのかしら。私はルーシアと話しているの。つまり、王族同士の会話よ。その中へ入ってくるということが分かっているのかしら」
「不敬とかで僕を咎めたいなら咎めればいいだろ。まどろっこしい。ぶっ殺すぞ」
「!?」
おっと、思わず本音が出てしまった。
しかし、言葉にしてしまったらもう遅い。
驚愕の表情を浮かべたアスタリアさんは、ふつふつと怒りを露わにして眉根を寄せる。
「うふふ。まあ、今さら不敬で罰したところで……というのはあるわよね。でも、口の利き方には気をつけなさい? ぶっ殺すわよ?」
「すみません。それはできません。僕、アスタリアさんのこと嫌いなんで」
はっきりと口に出して面と向かって言ってやると場が凍りついた。
「……ねえ。私、女王なのだけれど。よくもまあ、本人を目の前にして堂々と不敬なことが言えたものね?」
「僕、陰口とか嫌いなんで。悪口は面と向かって言うか、心の中だけに留めるタイプなんです」
「それはそれで、好感が持てるけれど。それならこの場は心の中に留めて置いて欲しかったものね。あら? ルーシア?」
と、アスタリアさんが言うので隣のルーシアを一瞥すると、ぼーっと僕のことを見ていた。
「ん? どうしたルーシア?」
「ぼー……はっ!? み、見惚れてない! 見惚れてないから!」
「急にどうした」
「……はあ、まったく」
アスタリアさんは呆れたため息を吐いた。
閑話休題。
「ルーシア。もう落ち着いたかしら」
「は、はい! もう大丈夫ですわ!」
「そう。なら話を戻すわ。あなたたちがここへ来た理由は大方予想できているわ。一応、成功を期待しておくわ」
「は、はい……!」
「まあ、あなたもそれなりに国のことをちゃんと見ているみたいだし、少し安心したわ。旧人間国との戦争終結は大きな意味を持つ。クロちゃん、あなたが魔王として十分な力を持っているか、ここで見せられなければ魔王にはなれないわよ」
「分かっています」
今、ルーシアと僕の結婚に反対しているのは魔王と大臣たちだけど、民衆だって知れば反対するだろう。
国を牽引する代表がなんの力も持たず、功績もなく、ただルーシアと縁があるだけの能無しなら、誰も認めてはくれない。
だから、僕はここで見せなきゃいけない。
僕が魔王になれることを。
「分かっているのならいいわ。ただ、魔王になることがゴールではないことを肝に命じておきなさい。むしろ、魔王になってからがスタートなのだから」
「……」
いやだなぁ。書類の山を前に僕が忙殺されている未来が見える。
「うふふ、期待しているわ。クロちゃん」
アスタリアさんは、扇子で口元を隠してクスクスと笑う。まるで、僕を嘲笑うかのようだ。
「そうだ。特別に、ロータスをここに置いていくわ」
「え? ロータスさんをですか?」
「あなたが近い将来、魔王になるのなら七人の幹部を従えることになるわ。あなたも知っての通り、幹部たちは個性の強い……いえ、癖が強いわ。優秀ではあるのだけれどね、我が強いから私ですら扱いに困ることがあるの。そんな彼らをうまく扱えないようでは話にならないわ」
なんで「癖が強い」と言い変えたのだろう。たしかに、その通りなんだけど。
しかし、なるほど。アスタリアさんの言いたいことは分かった。
「つまり、ここでロータスさんやベルベットさんをうまい具合に扱ってみせろってことですか」
「そういうことよ。特に、ロータスは幹部の中で飛び抜けて頭がおか――癖が強いから」
今、頭がおかしいって言いかけたぞこの人。
「とにかく、あなたの働きに期待しているわクロちゃん。話は終わりよ。ベルベット、部屋まで付き添いなさい」
「承知しました」
アスタリアさんはそう言って立ち上がり、ベルベットさんを連れて部屋から去っていった。
その際に、部屋の外でロータスさんの「おほおおお!」という雄叫びが聞こえてくる。
「うわぁ」
うまく動かせる自信ないんだけど。
そんなことを内心で考えているといきなり、ぽすっとルーシアが僕の肩に頭を預けてきた。
「ん? どうした?」
「……疲れたのだわ」
「あれだけ緊張してたらな」
「クロが手を握ってくれなかったら、きっと座っていられなかったのだわ。よくやったのだわ。クロ」
「そこは、素直にありがとうって言えよ」
「クロが私のために行動するのは当然だもの」
「横暴すぎる」
「だから、もっとこっちに寄りなさい」
「はいはい。肩くらいなら、いくらでも貸してやるから」
「なにを言っているの? お前は私のものなのよ? 肩だけじゃなくて全部私によこしなさい」
「ちょー横暴」
まあ、口ではこう言っているが、僕という人間は大概ルーシアに甘いもので、お互いの肩が触れ合うくらい身を寄せてやる。
「ねえ、クロ」
「なんすか」
「私は、今回お前を見守ることしかできないわ。これはお前が一人でやり遂げなくちゃ意味がないもの」
「分かってる」
「でも……やっぱり心配なのよ。クロは非力で魔法も使えないし。特別な力もなくて、簡単に死んじゃうんだもの。あと、えっと……なんと言ったかしら……チビ……?」
「僕、身長は平均的だと思ってるんだけど……」
「ああ、思い出したのだわ。ちっぽけよ。お前みたいなちっぽけな存在は、吹けば消えてしまうから」
どちらにせよ酷いことを言う。
ルーシアはルビーが如き瞳で僕をじっと見つめる。
「ねえクロ。その寿命が尽きるまでは私の側から離れないでね。だから、絶対に失敗しちゃダメよ」
もし失敗したら責任を取るために、アスタリアさんにギロチンされちゃうだろう。
そうなったら復活もできない。
いつもとは違う。命をかけるという重みがある。
「言われなくても分かってるよ。というか、そんな心配するなよ。たまにはお前に僕のかっこいいところでも見せてやる」
そんな歯の浮くようなセリフを吐くと、ルーシアは目を瞬き、可笑しそうにクスクスと微笑んだ。
「似合わないセリフね。ぶっちゃけキモいわ」
「酷い」
「あとね、クロ。今さらお前のかっこいいところなんて見せる必要ないわ。だって、お前はもう十分かっこいいもの」
……。
改めて思うけれど、あれだな。
僕はこいつのこと大好きだ。
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