第49話 マゾ竜人族
「お、お見苦しいところをお見せしました……」
ベルベットさんはテレテレと顔を赤くして、恥ずかしそうにしている。
耳もぴょこぴょこ動き回り、尻尾もクネクネと動いている。
日向ぼっこをしているところを見られたのが恥ずかしかったらしい。
「あの、クロくん? このことは他言しないでくださいね?」
「別にいいですけど。なんでですか? ベルベットさんってここで一番偉いんですよね? 一番偉い人なら何してても咎められないでしょ?」
「あのですね、クロくん。私にもイメージというものがあるのです。それに、私の秘書をしているゴブリンAさんに知られると、とても怒られるのです。好き勝手なんてできませんよ」
「へえ」
偉い人も好き勝手できるわけじゃないらしい。
僕は普段から、好き放題している幼馴染の姿を脳裏に思い浮かべてため息を吐いた。
「うちのにもベルベットさんみたいな謙虚さを身につけて欲しいですね」
「それはお嬢様に失礼では?」
「僕、別にルーシアだなんて一言も言ってませんよ」
「は!?」
ベルベットさんは騙されたみたいな反応をしているが、これは全面的にベルベットさんが悪いと思う。
「と、とにかくですね! このことは内密に!」
「分かりました」
機会があったら、このネタで強請ってやろう。
そんなことを内心で考えていると、ふいに廊下の床をカツカツと叩く足音が聞こえてきた。
「あら、この足音……」
足音はこっちに向かってきていて、ベルベットさんには誰の足音なのか分かるみたい。
僕はなんとなく廊下の先を凝視して――すぐにこの場を離れなかったことを後悔した。
「……? あらあら。まさか、こんなところであなたに会うなんてねえ? 先日の通話ぶりね。クロちゃん?」
金の装飾が施された黒色の扇子で口元を隠し、ルーシアよりも長い金髪を揺らし、燃えるような真っ赤な瞳で冷ややかな視線を僕に向けるのは――裾の長い黒いドレスを纏った魔族国の女王。
アスタリア・トワイライト・ロードだった。
一番会いたくない人に出会してしまった。
「あらあら? どうかしかのクロちゃん? まるでアホが豆鉄砲を喰らったみたいな顔をして」
「それを言うならアホじゃなくてハトでは……」
「そうとも言うわね」
そうとしか言わないわけだが。
僕がアスタリアさんの登場に顔を引きつらせていると、彼女の後から遅れて足音が聞こえくる。
「アスタリア様〜先に行かないでくださいって言ってるじゃないっすか〜」
そう言って現れたのは、頭から湾曲した角を生やした美男であった。
彼はそのままアスタリアさんに並んで、目にかかる長さの麦色の髪から垣間見える琥珀色の双眸で、僕とベルベットさんを交互に見た。
「お〜! ベルベットとクロっち!? なんでクロっちが!?」
彼はロータス・ドラゴンクロウ。
竜人族と呼ばれるドラゴンに変身できる種族で、ギルダブと同じアスタリアさん付きの護衛だ。
エリート貴族みたいな恰好で、女子からモテそうなイケメン。身長も高くお洒落な印象である。
「クロくんは、さっきこちらにお嬢様と来たんですよ」
「ふーん? ルーシアがいるのね」
ベルベットさんの言葉に、アスタリアさんの目の色が変わる。
なんだろう。アスタリアさんの視線が痛い。
「……なるほど。大方、頭の固い大臣やバカな魔王を認めさせるために、戦争を終わらせにきたというところかしら」
「あーまあ、そんな感じです」
簡潔に答えると、アスタリアさんは値踏みするみたく僕を眺め、「ふんっ」とつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「やるべきことはやろうとしているみたいね」
「ええ、まあ。あれだけ大見え切っておいて、なにもしないわけにはいかないので」
「自覚があるのね」
「そりゃあありますよ。アスタリアさんにも、認めてもらわなきゃですし」
「ふーん?」
再び居心地の悪い視線が向けられる。
なんというか、僕の浅はかな思考が全て見透かされている気分である。
僕は愛想笑いを浮かべて、適当に話題を振ることにした。
「えっとーアスタリアさんは、こちらでなにを?」
「私は外交に帰りに三日前、ここへ立ち寄ったのよ。思いの外、ベルベットが苦戦しているみたいだし……ねえ?」
「う……も、申し訳ございません……」
「いいのよ。別に。けれど、クロちゃん? あなた分かっているのかしら? 相手は残党とは言え、ベルベットが苦戦する旧人間国。本当にあなたが解決できるの? もし、失敗したらギロチン程度じゃないわよ?」
「それはもちろん分かっています」
「そう? ならいいわ」
アスタリアさんは僕の回答に満足したみたいで、扇子の下でクスリと笑った。
「それじゃあ、ルーシアがいるみたいだし、ちょっと会っておこうかしら。クロちゃん、案内なさい」
「え」
アスタリアさんがルーシアに会う……?
嫌な予感がする。
この人、ルーシアへの当たりが強いし。
アスタリアさんは、そんな僕の胸中を察したのか扇子をピシャリと音を立てて閉じた。
「別に取って食うつもりはないわ。安心なさいな。いいから、ルーシアのもとへ案内なさい」
「……」
本当だろうか。
ちょっと不安だが、本人がそう言うのなら一応信じよう。
「じゃあ、まあいいですけど」
「そう。ロータス、こっちに来なさい」
と、アスタリアさんはロータスさんを扇子でちょいちょいと呼ぶ。
「はーい! なんでございましょうか!」
「歩き疲れたから馬になりなさい」
「喜んでっす〜!」
ロータスさんはアスタリアさんの傲慢な命令に、喜色を浮かべて頷いたかと思うと、アスタリアさんの前でヨダレを垂らしながら四つん這いになった。
「さあ! どうぞっす! はあ……はあ……!」
「……」
もう言わなくても分かるだろうけれど、あえて言うと――ロータス・ドラゴンクロウは、まごうことなきドでMである。
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