第48話 日向ぼっこ
「お待たせしました。ルーシアお嬢様」
応接室に入ってきたベルベットさんは、僕とルーシアが座るソファの向かいに腰を下ろした。
「それで、どういったご用件でしょうか? またお嬢様がなにか問題を?」
「ねえ先生待って。待ってちょうだい。聞き捨てならないことを言われたが気がするわ。なぜ私が問題を起こしている前提なのかしら?」
「あら、違うのですか? お嬢様が問題を起こしたから、その尻拭いにクロくんが一緒にいるのかと思ったのですが?」
「待って。ちょっと待って。私、魔王の娘よ? 問題なんて起こしたことないわ」
どの口が言ってんだ。
僕は偉そうにふんぞり返っているルーシアを尻目に事情を説明する。
「……って、ことなんですけど」
「なるほど。クロくんがついに……。幼きころから見守っていたお二人が、ようやくなのですね。まずはおめでとうと言っておきましょう」
「えっと、ありがとうございます……?」
とりあえず、お礼を述べるとそれが可笑しかったのかベルベットさんはクスクスと笑った。
「お話は分かりました。クロくんの力を大臣や魔王様に示すために必要なことであるなら、このベルベットもお手伝いいたしましょう。こちらもお二人の手を貸していただけるのなら助かりますから」
「いいんですか? これってベルベットさんの手柄というか、仕事を取ることになると思うんですけど」
「別に構いませんよ。私は出世したいなんて思ったこともないですし。それより、お二人のことが知りたいのですが、どこまで行ったのですか?」
「「え」」
恍惚とした表情で聞いてきたベルベットさんに、僕とルーシアは驚いて顔を見合わせた。
ルーシアを見ると、顔をトマトみたく真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
「ど、どどどどこまでってなにかしら!?」
「いやですね〜。チューまでしたのか〜とか、もっとど偉いことまでやった〜とか、そういうことを聞いているに決まってるじゃないですか〜」
「ちゅ、チュー!? そ、そんなことするわけないでしょ!? いくらなんでもはやすぎるわよ! 子供ができたらどうするのよ!」
「え? あー……」
ベルベットさんは天井を仰ぐと考える素振りを見せた。
「なるほど。性知識の方はまったく進歩してないごようすで……」
「いや、どうしてそこで僕を見るんですか? 僕のせいじゃないですよ。社会が悪い」
「どうしてそこで社会に責任転換を……そうではなくてですね」
僕の隣で、一人であたふたしているルーシアを他所にベルベットさんはため息混じりにこう言った。
「お嬢様に知識がないことをいいことに、ど偉いことをしてはいませんよね?」
「ど偉いこと?」
なんだよ。ど偉いって。
「例えばですね。ぴー(自主規制)を、ぴー(自主規制)みたいな特殊プレイはお嬢様の教育上よくないので」
「いや、本当にど偉いこと言わないでくださいよ! そんなことしてませんから! まだルーシアは綺麗なままですよ!」
「ねえ、さっきからなんの話をしているの?」
「お前は入ってくるな」
ルーシアは、ベルベットさんの言葉の意味が分からなかったらしく首を傾げていた。
まあ、知らなくていいことだろう。僕とルーシアには、関係のない世界の話だ。
「うーん。でも心配ですね〜。クロくんの趣味は、ややアブノーマルですから」
「え? え? ちょ、ちょっと待ってください。なんの話ですか?」
「あら? アイリスあたりから聞いてないのですか? お嬢様が、クロくんのベッドの下とかに隠されていた本の内容を幹部たちに言いふらしてるので、みんなクロくんのアブノーマルな趣味を知ってますよ?」
なんてこったい。
※
幼馴染に僕の性癖を不特定多数にばらまかれていたというショックで、僕はしばらく茫然自失としていた。
ルーシアはあの本が、世の中でどういう風に見られるものなのかを知らない。だから、悪気があって言いふらしたのではない。
これは口止めしなかった僕のミスだ。
はあ……影でアイリスさんとかに笑われていると思うと気が重くなるなぁ。
閑話休題。
ひとまず、今日のところは砦内の数ある部屋を使わせてもらえることになり、そこで休むこととなった。
砦の兵士たちに僕たちのことを報せることや事務作業の引継ぎ等のため、本格的な動き出しは明日からになる運びとなった。
僕は与えられた部屋で一人黄昏ながら、先ほどメイドさんが持ってきてくれた紅茶に口をつける。
「うん……うまい……」
「そうね。クロの出すお茶よりは美味しいわね」
と、ルーシアが当然の顔で僕の部屋でお茶を嗜んでいた。
「おい。なんで、僕の部屋にいるんだ?」
「先生にここを使えと言われたのよ。むしろ、どうしてお前がここにいるの? ここは私の部屋でしょう?」
「僕もベルベットさんに、ここの部屋を使うよう言われたんだ」
「ふーん? ならいいわ。特別にお前もここの部屋を使っていいわよ」
「……」
お前の家かここは。
僕はそう口にしかけて、ぐっと言葉を呑み込んだ。
部屋の内装は、妙にピンクな装飾が施されている。ベッドはキングサイズで“二人”くらい余裕で横になれる大きさがあった。
なんならベッドに置かれた枕も二つと――これは変な気を回しているなと僕は天井を仰いだ。
なるほど、いらない気を回されたらしい。
僕は部屋にいても落ち着かなかったため、腰掛けていた椅子から立ち上がって部屋から出る。
その際に、ルーシアから「どこにいくの?」と聞かれたので、「便所」とだけ返した。
部屋を出た先は、岩石を四角に切り出して造られた簡素な廊下が左右に伸びていた。廊下には窓があるが、ガラスも木窓もなく、外の空気が廊下に流れこんでいる。
気晴らしに廊下を歩いていると、偶然ベルベットさんの姿を発見した。
廊下から窓の外を見ているのだろうか。窓から差し込む陽光を受けて、白い髪がきらきらと輝いて見える。
「ベルベットさん」
「……」
一応、声をかけるが無反応。
僕はベルベットさんにもっと近寄り、もう一度声をかける。
「あのー? ベルベットさん?」
少し待つが、やはり無反応である。
無視されているのかとも思ったが、すぐに違うと分かった。
「これ寝てるな……」
「……すぴー……すぴー」
ベルベットさんは鼻提灯まで作って、可愛らしい寝息まで立てて、すこぶる気持ちよさそうな顔で寝ていた。
この人、いつも両眼を閉じているから寝ていても分からないんだよなぁ。
起こすのも可哀想だしと、そのまま立ち去ろうとするとベルベットさんの鼻提灯が、パチンッと音を立てて割れた。
「はっ!? ね、寝てないですよ! 寝てないですからね!? 指揮官であるこのベルベットが、日向ぼっこをしていたら寝てたなんてことありませんからね!? だから、勘違いしないでくださいねゴブリンAさん!」
ベルベットさん。僕、ゴブリンAさんじゃないですよ。
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