第47話 盲目のネコ剣士

 エンドヘイム大陸東南部。

 黒い海を背負って戦争をしている旧人間国と、反乱分子を一掃せんとする魔族国の境界線――戦争の最前線。

 僕は今、そこに連れて来られていた。


「転移魔法って便利だよな。僕にも使えないかな」

「クロには使えないわよ」


 ルーシアは僕の胸中を見透かしたみたいに冷たく告げる。

 知ってた。

 僕はため息を吐いて、改めて周囲を見渡す。


 ここは最前線の後方にある東南砦の前。

 周囲を岩石に囲まれた不毛な土地に立つ本砦は、旧人間国との戦争で重要な拠点となっている。


 以前、ゼディスさんに押しつけられた書類仕事の中に、東南砦への物資供給に関する報告書などを見たことがある。

 ここには武器庫や食糧庫など、戦争で消費される物資の他、生活必需品の備蓄がされている。


 万が一にも、東南砦が落ちれば前線が一気に崩壊することになる。

 だから、この砦には魔王軍の幹部が一人待機し、前線の指揮を任されていると聞いた。


「それじゃあ、砦に入るわよ」


 砦に向かって歩き出したルーシアに、僕も一歩分遅れてついていく。

 砦の門を守る兵士たちは、ルーシアを見るや否や驚いていたが、なにも言わずにルーシアを通した。


「顔パスか」

「当たり前よ」


 門を抜けると、開けた場所に出た。

 訓練場のようで、周囲を砦の外壁が囲んでいる。

 ふと、訓練場に人が集まっているのが見えた。


 注視してみると、どうやら兵士たちが訓練をしているようだった。

 兵士たちは武器を持って誰かを取り囲んでいる。

 その中心に立っているのは、僕のよく知る人物だった。


「先生……」


 ルーシアも件の人物を見つけたのか、ぽつりと呟いた。

 その人物はというと、白く長い髪を靡かせて、やや褐色の細くしなやかな肢体で、身の丈以上の大太刀を鞘に納めたまま片手に持ち、屈強な兵士たちを前に泰然と立っていた。


「さあ、兵士のみなさん。いつでもかかってきてくださいね」


 ピコピコと頭に生えた三角耳を動かして、両の瞳を閉じたまま彼女――ベルベットさんは言った。

 それを皮切りに、兵士たちが一斉に襲いかかるのだが――瞬きをした後には、兵士たちが地面にうめき声をあげながら転がっていた。


「え。今、なにがあったんだ?」

「お前には見えなかったの?」


「ぜんぜん」

「今のくらい見えなくどうするのよ。ちょっとは、鍛えたらどうかしら」


 物事をお前の基準で捉えるな。僕は戦闘面じゃ素人だ。

 ルーシアは、これみよがしにため息を吐きつつも教えてくれた。


「居合切りよ」

「居合切り?」

「大太刀から抜刀すると同時に、全員峰打ちで倒したのよ」


「抜刀してたのか?」

「していたわよ」


 それすらも見えなかった。

 なんというか、本当に次元が違うなぁ。

 などと僕が遠い目をしていると、ベルベットさんも僕たちに気づいた。


「あら? もしかして、ルーシアお嬢様とクロくんですか?」

「久しぶりね。先生。元気そうでよかったわ」

「いえいえ。それより、今日はどういったご用件で?」


「詳しいことは中で話すわ」

「そうですね。そうしましょう。それでは、遣いの者を呼びますので先に中の応接室でゆっくり待っていてください。私は、後片付けをしてから行きますので」


 ベルベットさんはそう言って、気絶している兵士たちに目を向ける。


「分かったわ」

「それでは遣いの者を……」


 と、ベルベットさんは周囲に目を向けるのだが彼女は見ての通り両眼が見えていない。

 たしか、昔の戦争で失明してしまったとか。

 ベルベットさんは、なにか察知したのか近くにいたゴブリンに声をかけた。


「あなたはゴブリンAさんですね?」

「え? わ、私はゴブリンBでございますが……」

「あらあら。ごめんなさいね。えっと、じゃあこっちの方がゴブリンAさんですね?」


「え? 私はゴブリンMですが……」

「あらあら。それじゃあ、あなたがゴブリンAさん?」


「え? おで、オーガZでごわす……」

「あら、これは困りましたね?」


 ベルベットさんは恥ずかしそうに耳を垂れ、顔を真っ赤にしてそう言った。

 うん。やっぱり、見えてないよな。


 見えてない……はずなのだけれど、昔から僕やルーシアの判別はつくんだよなぁ。

 僕はいまだにゴブリンAを見つけられないでいるベルベットさんを眺めながら首を傾げた。


 ベルベット・エースブレイド。

 愛くるしい猫耳と美しい容姿とは裏腹に、目にも留まらぬ神速の抜刀術を誇る盲目の剣士。

 盲目でなければ魔王軍幹部最強と謳われる実力者であり、あのルーシアが「先生」と敬う数少ない人物である。


 先生の由来はルーシアの教育担当がベルベットさんだった、というだけのことで深い意味はない。

 さて、砦内の応接室に通された僕とルーシアは、ソファに背を預けて紅茶を楽しんでいた。


「紅茶がうまいな」

「そうね。お前、料理はともかくお茶がまずいものね」

「あれ緑茶だからなぁ」


 あれ苦いから、単純にルーシアの口に合わないだけである。

 僕はティーカップをソーサーに置き、気になっていたことを尋ねた。


「なあ、昔から気になってたんだけどさ。ベルベットさんって目が見えてないんだよな?」

「ええ。そうね」

「だけど、ルーシアには気づくだろ? あれってなんでだ?」


「別に不思議なことじゃないわ。先生は獣人だから鼻や耳がいいのよ」

「ふーん」


 その割には、ゴブリンさんたち間違えられていたし、最後種族ごと間違えていたけれど。


「ねえクロ。お前もこれを機に、紅茶を――」

「やだ」


 そんなこんなで、しばらく待っていると応接室の扉が開かれた。


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